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https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/63/f6/arasi_fuuto/folder/1231095/img_1231095_58666693_0?20100122050900

心が疲れてしまって、
復職できないクライアントに対して、
「仕事をしないからいけない」と
平気で話す精神科医のことを記事にしたことがあります。

人の話を聞くだけのカウンセラー、
人の話を一切聞かない宗教家もたくさんいます。

このような心がわからぬ
精神科医やカウンセラー、宗教家はたくさんいます。

お間違えないで頂きたいのですが、
確かにご立派な方もおられます。

でも、心がわからぬ人がいる
という現実を抑えておかなければならないと思うのです。

苦しい思いをさせられるカウンセリングなどであれば、
すべてを信じる必要はない、ということです。

例えとして、
適切ではないかも知れませんが、
警察官であっても、犯罪を犯す人もいます。
教師であっても、子どもを虐める人もいます。
管理職であっても、部下を指導できない人もいます。
血がつながっていても、身内を苦しめる人がいます。
配偶者であっても、「モノ」のように扱う人もいます。
それが一部の人であっても、そういう人は存在するということです。

特に、
「心」を扱うお仕事をされている方であれば、
クライアントに程度を超えて
「苦しい思い」をさせてしまうのであれば、それだけで失格です。

苦しい思いを抱えて藁をもすがる思いで訪ねたところ、
今以上に、苦しい思いを増殖されてしまいます。

繊細なる人は、
またしても「心の蟻地獄」に陥ってしまいます。

だからこそ、こういう記事を書かせて頂いているものです。

精神科医・カウンセラー・宗教家は、
一般の人に比べ、一定の知識は持っていることでしょう。
しかし、人柄は別なんです。

いくら優秀な成績を収めていても、
「人として」という部分は異なることはご理解頂けると思います。

資格や役職名などで騙されてはいけません。
最初から疑うのではなくても、

程度を超えて苦しい思いをさせられているのであれば…

自分の心と身体を守るために…




※人間は未熟です。
例え、立派な精神科医・カウンセラー・宗教家であっても、
人間である限り、未熟な存在です。
お互いの波長というものも必ず存在します。
「あの人は、完璧すぎるから嫌い」というのも人間なのです。






{ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人

転載元転載元: 天邪鬼のひとり言

心配と不安の境界線

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/63/f6/arasi_fuuto/folder/1231122/img_1231122_58691915_0?20121005213530

人間は不安感に襲われるとどうしようもなくなります。
人は、「心配するなよ」と言います。
そんな簡単なものではないのですね。
そもそも「心配」と「不安」は異なるものなのですから…。

「心配する」と言いますが、
「不安する」とは言いません。

何故だかわからないが、
「不安」なんですね。
自らの意思で、
「心配しよう」はあっても、
「不安しよう」はあり得ません。

直接的理由=直接的な対象がないのが「不安」です。
言葉上においては、若干の混同はあります。

「電車に間に合うか不安だ」と言うこともあるでしょう。
対象が、「電車の時間」ということだけではなく、
「遅れることによる影響」への不安もありますから、
一概に否定は出来ないとも言えます。

けれども、
それが解決出来ることであれば、
その「不安」はすぐに解消されるものです。

本来の「不安」というのは、
対象がないものです。
そうたやすく解消するものではないのです。
「何故だか不安」「不安で不安で、苦しくなる」
このような心理は、経験のある方、
経験がなくとも、デリカシーのある方には理解出来ると思います。

人間には、心の波があるように、
生物においても、自然においても「波」はあるものです。

すべての人間にとって、
「不安感」というものも、
神が与えた必要なる感情の一つですが、
それが、程度を超えて、
心を徹底的に痛めつける「不安」は、
とてつもなく苦しいものです。







[天邪鬼のひとり言] 嵐風人

転載元転載元: 天邪鬼のひとり言

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/63/f6/arasi_fuuto/folder/1231015/img_1231015_55335962_0?20121005203225


こんなところに咲いていたんだね。

でも、とっても綺麗だよ。。。







花も人もココロも…

[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人

転載元転載元: 天邪鬼のひとり言

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/63/f6/arasi_fuuto/folder/1463894/img_1463894_58526412_0?20110503075117

うつ病者は、
心理的には崖っぷちで何かをしている


ということが理解できないと、
なかなかうつ病の言動は理解できない。

外側だけを見ていけばうつ病になる人は、
時に、
「あんないいことばかりして何が不満なんだ」
と思われることも多いからである。

うつ病者は正体不明なものに脅かされている。
何でこうなるのか本人も理解ができない。

うつ病はモラルの問題ではなく、
脳内化学物質の問題であるという点の理解が大切である。

ある時、
テレビで視覚障害者がサッカーをしているところが放映された。
すると皆が「偉い!」と言う。

しかしうつ病者がサッカーをしても「すごい!」とは言わない。

うつ病者が何もしないでいる姿を見て、
人はうつ病者の「やる気」のなさを批判する。
その点でうつ病者は不当な批判にさらされてきたと言うべきである。

「できない」ということが
普通の人に理解できないからである。

足の裏に怪我をした人が「歩けない」と言えば普通の人は理解する。
それは人は足で歩いていると思っているからである。

人は足で歩いているのではない。
人は脳で歩いているのだ。

― 心の休ませ方 加藤諦三著 PHP研究所 より ―




ここでの「普通の人」とは何でしょうか。
これは、唯我独尊的思考の人のことだと思います。

小さな小さな自分の物差しで、
わずかしかない自分の経験で、物事を判断する人のことだと思います。
自分の意見と異なることには否定しか出来ない人ということです。

確かに、人間は自分の経験則で物事を判断します。
それでも、
「何故なんだろう」
「どうしてなんだろう」
と考えることが欠如していては
人間としての成長がないのですね。

人間は、未熟です。
完璧な人など存在しないのです。

だからこそ、
自分とは異なる考えや知らないこと、
小さな自分では想定も出来ないことが
一杯あるということを認識するべきなのだと思います。

未熟なことを嫌悪する必要はないと思います。

自分は未熟だと考えることが出来るということ、
これはとても素晴らしいことだと思います。

時に、わかったような顔をして「理解している」なんて人も見かけます。
これは、専門家と称する人にもたくさんいます。

うつ病の方に、
いじめを受けている子供たちに、
DVで苦しんでいる方に、
それ以外の悩みをお持ちの方に、

「私には、想像も出来ないほどの苦しみをお持ちなのでしょうね」
こういう姿勢だと思うのです。

「悩みに上下はない」
こういうことも理解出来ることだと思います。

残念ながら、そういう姿勢がない人が多い人間の世の中であって、
そういう人が多いという一点から、
この理不尽な世の中においては、それが普通の人ということになるのだと思います。

そうであるならば、「普通」と呼ばれる多数派には入りたくないものです。







[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人

転載元転載元: 天邪鬼のひとり言

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/63/f6/arasi_fuuto/folder/1231122/img_1231122_49100516_0?20120809040337

嫌われるの
こわがって
我慢しちゃ
この先きっと
傷つくことになる

筑波さくら著 白泉社 / 花とゆめコミックス



それが、
あなた本来の
やさしさを
取り戻す
近道だと
思います。




[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人

転載元転載元: 天邪鬼のひとり言


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