エッセイ集

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この記事は音声でお聞き頂くことが出来ます。 (約4分)
http://www.geocities.jp/arata_tokyo_jp2004/essay-138.mp3

最近では、ダウン症の子や障害者の人たちと、駅のホームや電車の中で見かける事が多くなっているように思います。
しかし、一人で笑っていたり、奇声を発したり、変な行動をとっていると、正直言って、気味の悪いものを感じてしまう事があります。
でもこのグリコさんの記事を読みますと、先入観が変わってきます。
ぜひ多くの人たちに読んで頂きたいと思います。
以下、グリコさんのブログの記事からの転載です。



「誰でもサポーター・知的障害児・自閉症・ダウン症などの理解と支援の為に・・・」

こんな人を見かけたら・・・ 
やさしく声をかけて下さい。
あなたのサポートが必要かもしれません。

1.コミュニケーションがとれないことがある。

返事ができない。
言われたことを繰り返す。
同じことを繰り返し言う。
突然大声を出す(泣く・笑う)。
奇妙な声を出す。
言葉が話せない。
言葉が聞きとりにくい。
目が合わない。

2.激しいパニックに陥ってしまうことがある。

自分を傷つける。
ひっくりかえる。
泣き喚く。
服を破いてしまう。
「ダメ!」という言葉に興奮する場合もある。
物にあたる。
かん高い声や乳幼児の声が苦手で興奮する。
 
3.社会のルールがよく分からない。

食料品のパックに穴を開ける。
人と物と自分の物の区別がつかない(食べ物等)。
お金を払うことが出来ない。
電車の中を走り回る。
乗り物等で決まった席にこだわる。
順番が待てない。
ボタンを押すのが好き(エレベーター・インターホン等)。

4.不審に見える行動をとってしまうことがある。

ピョンピョン跳ねる。
急に走り出す。
突然うごかなくなる。
キョロキョロする。
体を前後左右に揺らす。
手を叩く・ひらひらさせる。
他人の髪の匂いが気になって嗅ぐ・触る。
顔を近づける。
独り言を言う。

5.恥ずかしいことが分からない。

言って良いことと、悪いことの区別がつかない。
ところかまわず服を脱いでしまう。
ズボンの中に手を入れる。

6.危険なことが分からない。

手すりやフェンス等、高い所にあがる。
道路に飛び出してしまう。
線路に侵入する。
駅のホーム際で遊ぶ。
赤信号でも渡ってしまうことがある。
遮断機が下りていても、線路に入ってしまうことがある。

「こんな時は・・・・」 

簡単な言葉で、ゆっくりと話しかけて下さい。
伝わらない時は、危険がないように見守って下さい。

「もしパニック状態になったら・・・」

刺激せずに、おさまるまで静かに待って下さい。
無理に抑え込もうとしないで下さい。
周りを困らせようとしているのではありません。

だけど声をかけても通じない・・・そんな時はご連絡下さい。
本人の自宅など、保護者の連絡先が記入してあるものを持っていませんか?
「名札」、「愛の手帳」、「療育手帳」、「身障手帳」、携帯電話など・・・

確認してみて下さい。
ご理解とご支援、よろしくお願い致します。      
                  


以上ですが・・・ 
グリコさんは、多くの人たちに障害者の実情を理解されることを望んでいますので、ご自分の記事が転載されることを喜んでいます。
心あるかたは、グリコさんのブログから転載して下さい。
グリコさんのグログはこちらです。
http://blogs.yahoo.co.jp/megamieruyouninaritai

この記事は、音声でお聴き頂くことが出来ます。(7分)
http://www.geocities.jp/arata_tokyo_jp2004/essay-137.mp3
 
今回の記事は、私のエッセイではなく、視覚障害者をご家族にお持ちの、グリコさんのブログの記事を転載させて頂きました。
内容が具体的に書かれていますので、非常に勉強になります。
尚、視覚障害者のかたたちが使用している音声読上げソフトでも、綺麗に読み上げるように、句読点などを入れて、原文を修正している箇所があります。
少し長いですが、どうかお読み下さい。



「視覚障害者と出会ったら - その1」

駅や道路で、白い杖を使っている視覚障害者に出会ったことのある人は多いでしょう。
しかし手助けをしたいと思っても、どうすればよいのか分からず、声も掛けにくかったと思います。
参考にして、思いきって実行してみてください。

「まずは声をかけてみましょう」

「どこまで行くのですか?」、「何かお手伝いしましょうか?」など、声のかけかたはなんでも結構です。
手助けする前に、まず声をかけてください。
そして、肩か腕につかまらせてください。
もし、あなたの申し出を断わったとしても、気にしないでください。
その場にとても慣れているか、誰かを待っているのかもしれません。

視覚障害者は相手の表情がわからないため、必然的に声が大きくなることがあります。
また、左右どちらかの耳が不自由な人もいます。
確かめて話しかけてください。

「誘導するときは・・・」

腕をつかまれたり、後ろから押されたり、白杖を持たれると、とても不安になります。
あなたが視覚障害者をつかむのではなく、逆につかまらせてください。

誘導の基本形は、白杖を右手で使っている人には、視覚障害者の左側に立って、右腕、右肩を貸してください。 
そして、視覚障害者には左手で、あなたの右腕、右肩につかまらせてください。
こうすると、安心して歩くことができます。



「道路の横断では・・・」

いきなり腕をつかまれ、道路の反対側まで連れていかれると困ってしまいます。
「向こう側まで渡りますか?」と、聞いてから肩や腕を貸して一緒に行ってください。
「今は赤です」、「青になりました」、「段差がありますよ」など、言葉だけでもとても助かります。

「歩道と階段・・・」

歩道を上がったり下がったりする時は、直前で「上がります」、「下がります」と、言うだけでわかります。
階段に手すりがあれば、使ったほうがよいか聞いてください。
その時は、手すりまで(エスカレーターはベルトまで)手を導いて触れさせてください。

「電車やバスの乗り降り・・・」

外出慣れしている視覚障害者は、電車やバスの乗り降りも心得ていますが、のり降りする直前に、いきなり後ろから押されたり、白杖を持たれたりすることがあり、とても驚き危険です。
乗り降りの時は、先ず声をかけて手助けしていただくと、とても助かります。
もし 一緒に乗り降りする時は、手すりに触れさせ、あなたが先に乗り降りしてください。

また、電車とホームのすきまの広さや高さの違い等も教えてください。
目の前の席が空いていてもわからないものです。
この場合も、まず座席にかけるかどうかは聞いてください。
つかまるところがあれば、立ったままでいたい事もあります。
「ここに椅子があります」、「ここが椅子の背もたれです」と、手を導いて、椅子の背もたれに触れさせてください。
いつのまにか列が動き、一人だけ取り残されてしまうことがあります。
列が動いた時に、動いたことを教えてください。




「視覚障害者に出会ったら - その2」

「色々な状況での説明の仕方・・・」

身振り、手振りが分からないことがあります。
「この位の大きさ」ではなく、「煙草の箱くらいの大きさ」のように、具体的な説明を入れて話してください。
「あそこに椅子があります」とか、「前のほうに自転車が道をふさいでいます」と言って、方向を指差して示してもわかりません。

視覚障害者が今向いてるほうを基準にして、「すぐ前に、なになにがあります」とか、「前方10メートルくらいに、自転車が右側の壁に寄りかかっています」など、具体的に詳しく言って下さい。

「食事の時には・・・」

一緒に食事をする時などは、「手前6時の所にごはん」、「9時の所に味噌汁」、「12時の所に刺身」、「2時の所にお茶」、「4時の所に漬物があります」といったように、時計に見たてて説明していただくとよく分かります。

「トイレでは・・・」

慣れない場所のトイレでは、中の様子を教えていただくと助かります。
同性の場合には、一緒に入って洋式か和式か、トイレットペーパーや水を流すレバーの位置などを教えてください。
異性の場合には、そこに居合わせた人に案内をたのんでください。

「声を掛ける時は・・・」

親しい人でも、誰の声なのか分からなかったり、雑踏の中では、誰に話し掛けているのかわからなくなります。
肩などにそっとさわったり、叩いたりしてください。
また「私はBです、Aさん おはよう」などと、まず自分から名乗ってくださるととても助かります。

「席をはずす時は・・・」

話し相手がそこにいるかどうか分からなくて、空いた席や空気に話し掛けてしまうことも珍しくはありません。
席をはずす時、戻った時は知らせてください。
待っている時などに、空間におきざりにされるのはとても不安なものです。
たとえ短時間であっても、「ここが壁です」などと、近くの壁や柱、机や椅子などに触れさせてください。

「盲導犬と歩いてる人に出会ったら」

盲導犬に声をかけたり、食べ物を与えたり、きを引くような行為はやめてください。
盲導犬の仕事の妨げにならないため、温かい心でさりげなく見守ってください。



以上が、グリコさんのブログの記事です。
この他にも、なにか気が付かれた事がありましたら、コメントでおしらせください。
記事に追加していく可能性もあります。
グリコさんのブログはこちらです。
http://blogs.yahoo.co.jp/megamieruyouninaritai

この記事は、音声でお聴き頂く事が出来ます。
http://www.geocities.jp/arata_tokyo_jp2004/essay-136.mp3

ニュースより・・・

来年の今日、2008年8月8日のオリンピック大会を控える北京は今、市民の公衆道徳向上をめざし、さまざまな対策を打ち出しているが、どれも効果はいまひとつだという。

ハード面(建設分野)の環境整備は簡単だが、ソフト面(国民のモラル)の環境改善は困難として、中国人の悪しき習慣を早急に改める必要性を強調。

特にゴミのポイ捨て、列の順番無視、どこでも喫煙し、タンやつばを吐く、言葉遣いが悪い、の4つの行為。
これ以外にも、不衛生な公衆トイレや熱狂的中国人サポーターによる暴動行為などが、国家の恥となるとして、国民への教育の徹底が叫ばれている。
はたして北京オリンピックまでに間に合うのか?
・・・という事です。



私の個人的な意見としましては・・・
国民の生活感情を、たった1年間で変えるのは無理だと思います。
中国政府の長年の悪しき教育の成果ですからね。

日本のマスコミでは今まで放送されませんでしたが、中国政府に対する中国国民の怒りや不信感はかなり大きいのではないかと思います。
民主化運動の弾圧、宗教弾圧、強制労働、貧しい家庭の人身売買による幼児の労働、残虐行為・・・などなど。

中国人の犯罪者が日本で犯罪を犯すのは、もし捕まって刑務所に入っても、三度三度食事は出るし、労働には賃金が支払われるし、中国での貧しい生活よりも待遇が良いからだそうです。

インターネットでは、残虐オリンピックとか、ボイコットという言葉もチラホラ見かけます。
もしかすると、外国の観光客やマスコミが注目する来年のオリンピックの最中に、民主化運動など、問題を起こすのではないかと心配しているのは私だけでしょうか?

詳しいことはこちら・・・Yahooニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070808-00000003-rcdc-cn

このエッセイは、音声でお聴き頂く事が出来ます。
http://www.geocities.jp/arata_tokyo_jp2004/essay-135.mp3

民主党のS議員のブログで問題が起きました。
原文は次のような内容の記事でした。

「新潟での被災者救援募金活動」

昨日、新潟に行きました。
平成の黄門様のW代議士を筆頭にして、スケさんのK代議士、カクさんの私という珍道中でした。
新潟市で、地震被災者救援 街頭募金活動をやっているKさん(民主党参議院 新潟選挙区候補者)の募金活動にみんなで参加しました。
Kさんや地元から参加したN代議士は、ビシッと防災服に身を包んでいました。
二人とも地震発生当日に震災現場に行って、ひどい状況を視察してきた由。
Kさんは、候補者のたすきをせずに、ひたすら救援募金を募っていました。



・・・というものでしたが、
当然の事ながら、この記事に対して多くの批判的なコメントが書き込まれました。
そして、その後に修正 加筆した記事は次のような内容になっていました。

「新潟での被災者救援募金活動」

昨日、新潟に行きました。
W代議士を筆頭にして、K代議士、私で赴きました。
新潟市で、地震被災者救援 街頭募金活動にみんなで参加しました。
地元から参加したN代議士は、ビシッと防災服に身を包んでいました。
地震発生当日に、震災現場に行って、ひどい状況を視察してきた由。
民主党で集めた募金は、1円残らず現場の救援ボランティア グループに渡されます。

その募金活動中のことです。
一人の中学生が、意を決したごとく私の前に寄って来て、「使ってください!」と言って募金してくれました。
その額、なんと1000円!
降りしきる雨の中、正直言って一瞬涙が出ました。
大人でも、100円だまを入れる人が多かったのに。頭が下がりました。
新潟の少年よ、ありがとう!あなたは偉い!

・・・というものですが、これがまた多くの批判を受ける結果となりました。
このブログの記事に対するコメントは1000件を超えています。



では、このブログの記事に対する多くの批判を、私自身の疑問点も含めてまとめてみたいと思います。

地震の被災地に「珍道中」という表現。
黄門様とスケさんカクさんとの物見遊山のイメージが、「被災地視察」「募金活動」と一致しない場違いな表現であり、被災者や亡くなられた方々に対して大変失礼である事。

何故、その被災地である新潟で募金活動をするのか。
何故、他の地域で募金活動をして、被災地の新潟の人たちを助けないのか。
地元の「民主党参議院 新潟選挙区候補者」と書いているところを見ると、募金活動というよりも、目立つ場所での選挙活動なのか、と疑われても仕方がない事。

募金というものは、100円よりも1000円の方が偉いのか。
募金は心や善意ではなく、金額の大小で差別するものなのか。
中学生の1000円は、その子の親からもらった小遣いではないのか。
自分自身で汗水垂らして働いた給料からの募金が(金額の大小にかかわらず)尊いのではないのか。
募金というものは、一部の人からの大金よりも、多くの人たちの共感と協力という事が最も大切な事なのではないのか。

中学生の1000円の募金に涙した。
・・・と、わざわざ書き足していますが、たった1000円の募金に涙するという感受性の強い人格と、「珍道中」という無神経な表現が一致せず、嘘っぽく感じてしまう事。

新潟の少年よ、ありがとう!あなたは偉い!
・・・という言葉を修正後に付け加えた事も、「新潟の人を褒め称える」という「お世辞」のように感じられてしまう事。

自民党の失言に対しては、野党やマスコミが大騒ぎをして、辞任に追い込むのを たのしんでいるように見えるほどなのに、民主党の場合は何故許されるのか。
そういう野党とマスコミの偏りに対する疑問と不満。

民主党で集めた募金は、1円残らず現場の救援ボランティア グループに渡されます。
・・・という言葉は、当たり前の事なので殊更書く必要はない事。
それとも、募金活動の一部を着服する政治家がいるという事を言いたいのでしょうか。

新潟選挙区の議員が、候補者のたすきをせずに、ひたすら救援募金をしていた。
・・・というこの言葉も、当然の事なので書く必要はない事。
もし候補者が選挙のたすきをしていたら、それこそ選挙活動と思われて、笑われてしまう事でしょう。



全体の印象として感じる事ですが・・・、
もしかすると、詳しく被災地の視察をせずに、直ぐに募金活動を始めてしまったような印象を受けます。

被災地で緊急に必要なものは、食料や飲料水や水洗トイレなどの生活用水ではないかと思うのです。
100円や1000円をのんびり集める募金活動なのでしょうか。
募金活動というのは、かなり時間がかかるものなのではないでしょうか。

「民主党で集めた募金は、1円残らず現場の救援ボランティア グループに渡されます」
・・・と書くよりも、その募金が一体何に使われるのか(何に役に立つのか)を具体的に書いた方がよかったのではないかと思います。



さて、このくらいにしておきます。
私は政治・経済には疎い方ですので、こういう内容のものは書かない方なのですが、私が特に感じました事は、(繰り返しになりますが)これがもし自民党の議員であれば、マスコミが必要以上に大騒ぎをして辞任にまで追い込もうとする筈なのに、この記事はほとんど無視しているという偏った事実です。

しかし、マスコミには叩かれなくても、現在ではネットで一般の人たちから叩かれる時代になったのだなーと痛感しました。
そしてインターネットの影響力も、ある場合には国を動かすほど大きなものになっていると実感しています。

例えば、現在の中国政府のニュース報道です。
ネットで現実をバラされたあとで、色々な規制を強化しているところをアッピールしているのがよく分かります。

問題のブログはこちらです。
http://suematu.blog39.fc2.com/blog-entry-103.html#comment

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http://www.geocities.jp/arata_tokyo_jp2004/essay-131.mp3

前回の1部では 現在の大人の社会が 悪を容認する社会である事を確認した上で、そしてこの事が子供の社会にも影響を与えているのではないかと指摘しておきました。
ですから1部の結論は、「大人の社会に虐めが存在する以上 子供の社会に虐めがなくなる事は無いであろう」という事でした。
それでは実際に現在虐められている子供たちは一体どうすればよいのでしょうか。
守るすべはないのでしょうか。
教育はどのようにすればよいのでしょうか。



先ず私は「自然界に学ぶ」・・・という事からお話ししたいと思います。

その1・・・ピラニアの話

ピラニアについて検索で調べてみますと・・・
「歯のある魚」という意味で淡水魚であり、全長25〜35センチ。
鋭い歯で知られるが、性質は極端に臆病であり狂暴さも無いので、熱帯魚として家庭で飼育する愛好者も出てきているとの事です。

しかし別の辞書で調べてみますと・・・
場合によっては 川を渡る牛や馬や人までも集団で襲いかかり、その肉を食いつくしてしまう事があると書いてあります。

つまり小さな体のピラニアが 川を渡る大きな動物たちの中から 体の弱っているものや一頭だけ離れているものなどを狙って大群で襲い掛かるわけです。

その2・・・蜜蜂とオオスズメバチの話

オオスズメバチというのは、お盆過ぎになると自分の子を養うために 蜜蜂の子や蜂蜜を狙ってくるそうです。
これも検索で調べてみますと・・・
スズメバチは蜂の中でも最も攻撃的で強い毒を持つ昆虫であるが、オオスズメバチはそれより遥かに大きく 小型の犬程もある。
獰猛な肉食の生き物であり、自分達と幼虫の空腹を満たすために 単独から少数で狩りを行う。
5センチくらいのものを見た人の話でも かなり恐ろしく感じるようです。

さて、このような大きくて獰猛なオオスズメバチが 小さな蜜蜂を襲ってくるわけですが、これに対して蜜蜂はどのような方法でこれに対処するのでしょうか。
オオスズメバチの体というのは大きいだけではなく、蜜蜂の針では役に立たないくらい堅いのだそうです。

先ず蜜蜂は、当然集団で戦わなければならないわけですが、その前に蜂蜜をたっぷり吸って体に貯めておくのだそうです。
それでなにかの合図で一斉に 一匹のオオスズメバチに襲い掛かります。
そして羽を震わせるのです。
そうすると、その振動と蜂蜜の影響もあって、熱が発生して50度まで上がってくるそうです。
オオスズメバチは この熱によって死んでしまうのだそうです。

その3・・・サルの話

詳しい事は忘れましたが・・・
サルという動物は普段はそれほど仲が良くないそうですが、大きな天敵が現れた時には集団になって戦い、そして危険が去るとまた元に戻って サル同士で喧嘩などをしていると聞いた事があります。

この3つの例で得られる事は・・・
先ず臆病で小さな弱い生き物は 大きな強い生き物に対して集団で戦うという事。
もう一つは 戦う相手の強い動物を単独にする事、孤立させる事です。
またどんなに強そうに見えても 必ず弱点があるという事です。



次に「歴史に学ぶ」・・・というお話です。

「ほんのうじの変」・・・これも検索で調べてみました。
織田信長は出兵準備の為に京都に逗留していましたが、秀吉への援軍を命じていた筈の明智光秀軍が突然現れて信長を攻撃しました。
その時に100人ほどの手勢しか率いていなかった信長は 自ら槍を持って戦いましたが、負傷した為に居間に戻って自害したといわれています。

破竹の勢いで天下を取ろうとした織田信長でしたが、孤立した隙を突かれて明智光秀に裏切られ敗れました。
どんなに恐ろしい人物であっても、例え殺しても死なないような人物ではあっても、孤立してしまえば集団には簡単に負けてしまうという事実です。
これは自然界の掟と変わらないわけです。



もう一つは私個人の経験談です。
それは私が小学校の低学年で、2人の兄が上級生か中学の一年生の頃の事だったと思います。
普段は男ばかりの3人兄弟ですから喧嘩もよくして、それほど仲の良い兄弟というわけではなかったのですが・・・
ある時 近くの神社で3人で遊んでいる時に、自転車に乗った不良少年のような高校生くらいの子が私に対して話しかけてきて虐めようとしました。
私は非常に恐怖感を感じました。
その子の目を見ると、確実に私を狙っている事が分かったからです。

その時に、二人の兄が直ぐに私をかばって その子との間に入って 盾になって私を守ってくれたのです。
兄たちにとってもその子は怖い存在だった筈なのです。
それは弟を守ろうとする 兄としての本能なのでしょうか。
それとも責任感や義務感なのでしょうか。

その子はしばらくの間私たち3人の周りを自転車でグルグルと回っていましたが、その内に諦めたのか捨て台詞を残して去って行きました。
この時くらい兄というものが頼もしいものだと感じた事はありません。

つまり普段は仲が悪くても良いのです。
危険な時にだけ団結すれば、弱い者たちみんなが助かるのです。
相手は1人でこちらは3人ではありますが、弱いものは先ず数の多さで勝たなければならないのです。

またその時には、不良少年が私たちの「兄弟愛」というものに心を動かされた可能性があるのです。
この「愛情のある集団」という事も非常に大切な事で、虐める側が攻撃しにくいものだと思います。

「愛情のある集団」という事で思い出しましたが・・・
現在の学校と先生と家庭の状況は一体どうなっているのでしょうか?

学校側は ジェンダーフリーなどと言って男女を同じにしてしまい、体育や水泳の時間の着替えを男女同じ部屋でさせています。
先生たちは 君が代斉唱や国旗掲揚に関して、自由を振りかざして好き勝ってな事をやっています。
また親たちは給食費を払わないという勝手な事を始めました。
つまり学校という一つの社会の中で、ルールなどは守らなくてもよいと子供たちに教えているようなものです。
そういう学校で育った子供たちの中には、自由を振りかざして「家庭の中でのルールや社会のルールも守らなくても良いのだ」と勘違いをしてしまう子供も出てくるのではないかと思います。



最後に教育についてのお話しをして終わりにしたいと思います。
世の中には、虐めというものは「虐める方が悪いのか」、「虐められる方に原因があるのか」、「見て見ぬふりをするのが悪いのか」、「学校や先生が悪いのか」、「社会が悪いのか」などという議論があるようですが、全く意味をなさない議論だと思います。
このように個人攻撃のような批判をし合うのではなく、みんなが一致団結する事が大切な事だと思います。

またボランティアなどで、虐めの撲滅を訴えて活動しているかたたちもおられますが、全国の学校や生徒の数に比べて、そのような活動はごく少数です。
1人でも助けたいという気持ちは尊いものではありますが、やはりそこには限界があると思います。

ここで私は、学校や先生のかたたちに「このような教育をして頂きたい」という提案をいくつか出してみたいと思います。

例えばここに、「1年3組」というクラスがあったとします。
もしこの教室の誰かが、他のクラスの子に虐めにあった時には、このクラス全員で助けて欲しいのです。
普段は仲が悪くても良いのです。
生徒の中には好きな子もいれば嫌いなタイプの子もいると思いますし、はっきりと仲の悪い子たちもいると思います。
しかし、もし虐めにあった時だけは みんなが団結して守って欲しいのです。

これは、ボランティアや先生や学校に頼る以前に、弱い生徒同士が「自分たちの力で自分たちを守る」という方法なのです。
ココが非常に重要なポイントなのです。

例えばこのクラスの中に、虐めをする子がいたとします。
しかし、もしその子が他のクラスの生徒や上級生の番町などに虐めにあった時には、この時にもこのクラスの生徒たちが集団になって守って欲しいのです。
普段は自分を虐める生徒に対してもです。
担任の先生というものは、そのクラスのどの生徒たちに対しても愛着があると思います。
それと同じように、そのクラスに対する愛情や友情を、生徒たちにも教えてあげて欲しいのです。
例えて言えば「自分のクラスへの愛」とでも呼べばよいのでしょうか。
これによって、1年3組の生徒は団結し、他のクラスの生徒たちからは虐められる事が少なくなってくるのではないかと思うのです。

では、もし子供たちだけの力だけではどうしようもない時にはどうすれば良いのでしょうか。
例えばナイフなどの凶器を持っている不良少年などが現れた時の事ですが・・・
こういう場合には 携帯電話で警察に連絡をするしかないのですが、この時に大切な事があります。
それは、警察といっても110番には電話をかけない事です。
何故かと言いますと、これは学校側が嫌がるからです。
マスコミに知られて騒がれる事は、誰にとっても嫌なものです。
ですから、110番ではなく、もよりの警察の電話番号を生徒たちに教えておくのがよいと思います。
これは、私が大学の警備員の仕事をしている時に得た話です。
「学校は生徒を守り、また生徒も親も 学校を守る」というような考え方になります。



もう一つの提案は・・・
ある学校では防犯の為に、防犯ブザーを子供たちに配っているのをよく見かけます。
しかし私は、防犯ブザーではなくて、笛に紐を付けて首にぶら下げてみてはどうかと思っているのです。

防犯ブザーの欠点というのは・・・
音量が一定である事。
電子音なので無表情である事。
電池がなくなったら使えない事。
うっかり間違えてブザーが鳴ったら止めにくい事。
ですからブザーを鳴らすのに慎重になってしまう事。
なにかが起きた時に 人間は一瞬パニック状態になりますから、声も出なくなるかもしれませんし 上手く使えるかどうかが分かりません。

笛の長所は・・・
ブザーの電子音よりも、危険を強く遠くまで感じさせる事が出来る事。
危険の度合いを音量で知らせる事が出来る事。
少し危険を感じた時には小さく吹いて犯罪を予防し、
また本当に危険を感じたら、思いきり強く笛を吹き鳴らして周りの人たちに伝える事が出来ます。
人間が直接吹くので、その時の表情が出る事。
「ピー」と一回だけ吹いたり、「ピー・ピ・ピ・ピー」などと、状況に合わせて変化や表情をつけられるという事です。
また笛をぶら下げているのを見れば、犯罪者も一瞬は躊躇するのではないでしょうか。
つまり犯罪の予防になります。
また、その笛の音を聞いた他の弱気の生徒たちも、同じように笛を吹き鳴らす事くらいなら出来ると思うのです。

最近では、デザインの良い笛も100円ほどで買えますから、これならば女性でも痴漢の多い満員電車の中や、夜道のひとりあるきの時などにも利用出来ると思います。

何故私が 防犯ブザーに対して疑問を感じているのかといいますと・・・
以前防犯ブザーを玄関のドアや窓などに6年間使っていた事があるのです。
しかし、この電子音をもし聞きつけても、近所の人たちは何も感じないのではないだろうかと思ったのです。
でもこれが笛の音であれば、緊急な危険を知らせることが出来るのではないだろうかと感じたからなのです。

これで私の提案を終わりに致しますが、この未熟な提案に対して ただ批判をするのではなく、国民のひとりひとりが自分の提案を出して欲しいのです。

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