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地元の中学生が使っている理科の教科書(1分野 下巻)に、こんなことが載っている。
[資料]電池のあゆみ
1932年、ドイツの考古学者が、イラクのバグダッド近郊の遺跡から、2000年ほど前につくられた電池らしい物体を見つけた。銅の円筒容器中に鉄の棒をつり下げたもので、酢を入れたら電圧が生じた。
ボルタは1800年、そんな古い話は知らずに電池を作った。身近なマンガン乾電池は1868年に考案され、とり出せる電気の量が多いアルカリマンガン電池に進歩している。(以下略)
『古代の電池』って、有名なトンデモ説じゃないだろうか。
もちろん、
こんなものが、電池であるはずがないのだけれど…
中学3年で学習するとおり、
電解質水溶液に2種類の金属さえあれば電池になるのだから、
『銅の容器&鉄の棒』に酢を満たせば電圧が生じるに決まっている。
電圧が生じている以上、”電池”と呼んでもかまわないが、
そんなもので電圧が生じても、当時は何の用途もないのだから、
誰も電池としては使用しなかったに違いない。
(発生した気体を逃がす仕組みがなく、そもそも電池になりえない、という話もあるそうだ)
だいたい、『電解質+2種の金属』さえそろえば電池だというのなら、
金属鍋のシチューをスプーンでかき混ぜてたら電池だとでも言うのだろうか。
(もちろん、このとき、シチュー鍋とスプーンの間に電圧が生じていることは間違いない)
教科書にこんなことが載っていて良いのだろうか……。
人から聞いたことを鵜呑みにせず、間違っていたら、
ちゃんと、「おかしくないですか?」と言える大人に育って欲しい。
と思っているのだが、学習塾の授業では、そこまで話す時間がとりにくいのが残念なところだ。
といいつつ、授業の時間を使って話してしまった(笑)
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