|
天才になりたい?なんて思わない。だって天才は、なろうとしてなれるものではないから。
やりたいことをただひたすら懸命にやっていると、いつの間にか人は天才になっている。好きなことをいつまでも続けられるということが、人をその道の天才に導くことができる。 だからやりたいことが見つからない?それで何もやらなかったら、その人の天賦の才は発揮されない。そして人は必ずしも、好きなことだけにしか天才にはなれない?ということはない。 要するにどれだけ頭を使ってひとつのことに集中して、それを続けられるか?だろう。 |
思考
[ リスト | 詳細 ]
|
仮に錦織圭が二人いたとする。グランドスラム大会で、1週目は弟が出て勝ち続ける。そして2週目からは兄が出て決戦戦まで戦う。
これを実現するために、双子の兄弟に幼き頃から全く同じプレースタイルのテニスを仕込む。これでグランドスラムで優勝できたとしても、嬉しい訳がない。 今年の全仏は、優勝したナダルに錦織は負けた。錦織に勝った選手は優勝する?ならばウィンブルドンは、やはりナダルを含めたビッグ3の優勝争いになるのか? ジョコビッチかフェデラーが錦織に勝てば、どちらかが制するのかもしれないし逆に錦織が勝ったら?それでもナダル、ティーム、ズべレフ、イズナー、ラオニッチにデルポトロ。そして4大大会で唯一、ウィンブルドンだけ優勝していないワウリンカだっている。 はたして誰が錦織を倒すのか?誰も錦織を倒せなかったら、錦織は優勝できる。 |
|
これまで数多くのプロ野球選手を見てきたが、野球に愛されるほど野球を愛し続けた人はあまり見たことがない。イチローがその筆頭に挙げられるが、松井秀喜や大谷翔平なんかもその一人だろう。
野球に愛されるとは?つまりそれは観客や、ファンに愛されるということ。お客様は神様であり、野球の神様というのはあくまでもプレーを見てくれるお客様なのだ。そうですよね、長嶋茂雄さん。 だから現役最後の試合で、そんな神様から大いに祝福される数少ない選手にとって引退というのは、野球に愛されたいという念願の夢が叶った瞬間でもある。野球だけではない。仕事だって音楽だって、それに愛される人は幸せ者である。 |
|
ビートルズは、この世で初めて音楽そのものを主役にしたのではないだろうか?
それまでの音楽は、BGMであったり映像を盛り上げるための脇役であった。でもビートルズの音楽は、それだけで聴いていて気持ちいいし、歌詞もなかなかよくて歌も上手いし演奏も素晴らしい。 それは聴く人が易々とのめり込める音楽で、当時の人たちを元気にする不思議な魔力を持っていた?かのような、それまで聴いたことのない新しい音楽。自分はある程度邦楽や洋楽も聴いた上でビートルズを聴いたから、どこかそれはロックの原点というか、全てのポップスやロックはここからきているなと感じたのをよく覚えている。 モーツァルトは今でもよく演奏されるし、好きな人も多いがビートルズも今でもよく流れるし、カバーする人も多い。音楽の歴史は、革命の歴史でもあるのかもしれない。 |
|
ZARD1日20曲以上を聴いて歌い始めてから、はや2週間が経過した。明らかに発声が変わった。
裏声が裏声ではなくなり、ZARDのキーをまるで地声のように歌える。そして、それを無理なく自然な感じでできる。それでいて十分すぎる位の声量。 要するにZARDを聴きながらそれを繰り返し頭の中で歌って、坂井泉水と自分の声が全て一致して自分も歌っているのに、なぜか坂井泉水の歌声しか聴こえない。まさにこれが自分の目指すところなのだ。 こんなことを毎日やっているやつは、はっきり言って変態である。でもそれができる才能を遊ばせておく手もない。ただ、これをやっているとZARDとラジオで流れる曲以外は、なかなか聴くことができない。 アリアナ、Aimer、アレッシアやエルトン・ジョン。そしてWANDSもどこにいった?まあ、それも全てはZARDを歌うためだからそのうちまた♪ |






