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『ただ愛すればいい』
岡野俊之 オイコス出版 から一部抜粋
人は死ぬまで幸せを求めます。
若いうちは仕事に励み、老後は楽しいことを計画し、死ぬまで幸せに生きたいと願います。
しかし、私たちの人生は、自分のやりたいことを好きなようにやりながら死んでいく、
というようにはつくられていないようです。
恋愛結婚して楽しい生活を始めても、やがて子どもが生まれ、親となり、
「子どもに仕える生活」が始まります。母親は、自分が眠くても、疲れていても、
夜中も起きて赤ちゃんにお乳を与え、日に何度もおむつをかえ、子どもに仕えなければなりません。
少し成長してハイハイするようになると、危険なものを口にしないかと気を配り、
親は子どもから目が離せなくなります。
もっと大きくなると、幼稚園の送り迎えで時間を縛られ、
小学校の毎日の持ち物チェックや学校行事に追われます。
中学生や高校生になると、教育費がふくらみ、親は、子どもたちのためにひたすら働きます。
そして、ついに子どもたちの自立する時が来て、ほっと一息、夫婦でのんびりしようと考えますが、
そこに待っているのは、年老いた親の介護です。
そして、やっと親の介護から解放されたかと思えば、次の夫の介護や妻の介護が待っています。
人間は死ぬまで、だれかを愛し、だれかに仕えて生きるように造られているようです。
神様が、私たちをそのように造られたのです(『ただ愛すればいい』143頁)。
律法の全体は、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」
という一語をもって全うされるのです。」(ガラテヤ5:14)
「愛の人で、幸せでないという人はいないと思います。
なぜなら、愛の人は、与えることに生きがいを感じることのできる人だからです。
失うことを恐れたりしません。
なぜなら、愛の人は、自分に死んで、仕えることに生きがいを感じることのできる人だからです。
人に仕えることに時間を奪われて、自分の好きなようにできないということを不満に思ったりしません。
命をも捨てられたイエス様のような人たちなのです」(同上145頁)。
「クリスチャンの多くのが、受けることを通して満足を得ようとします。
教会の多くが、自分を大きくすることによって満足を得ようとします。
しかし、聖書の教えは逆なのです。
真の幸せとは、与えること、失うこと、犠牲を強いられること、好きなようにできないこと、
仕えること、死ぬことなのです。
赤ん坊に、朝も昼も夜も夜中も自由を奪われた母親のように、
だれかのために愛して使えることに満足し、喜びを感じることのできる人は、
本当の幸せをつかんだ人です」(同上146頁)。
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果たして、自分は自分を捨てられるだろうか?自分のエゴや自分の欲求を抑えることが出来るのか?
とてもとても無理難題極まりないことのように思えて仕方がないのですが、
そのエゴや欲が原因で、自分や他人を傷つけてしまい、またそれを思い煩い苦悩する。
きっとそんなことの繰り返しで、自分は生きていくのだろう・・・。
では、結局「愛の人」になる生き方のほうが、難しくとも心は楽なのではないかとも思えたりして。
神様が人間をそのように造られ、自然の法則で「仕える人」になってゆくならば、
自分の人生はそういうものだと謙虚に受け入れて健気に生き、
与えられるより与えることに幸せを見出すことが少しづつでも、経験できていくならば、
逆らって生きていくより、満たされ幸せだと感じる生き方が必ず出来るのだろうと、
そんな風に考えさせられた一文です。
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その法則確かにその通りだね〜。
常日頃、自分が思っていることでもありますね〜。
人生とは、そんな法則に沿って動いているのかもしれないね〜。
子供の手がかからなくなってきて、楽になったとは思いながら、
違う大変な物が現れてくるんだよね〜;ポチ
2010/2/15(月) 午後 9:28
たちこさん☆
ポチをありがとうございます♪
共感してくださり、嬉しいです。
私もこの本を読んで、人間の人生って、きっとこんなものだと実感しました。なんだかなぁ~っと思いつつも、自分も仕えられて成長してきたのだから、今度は仕えるものとして生きていかなきゃなんですね。普段の生活で気に留めなくても、この法則を知ってると、心が楽になる気がしてます。^^;
取り留めのない文となりましたが、読んでくださりありがとうございました♪
2010/2/16(火) 午前 9:35
若いときは不満や憤り・劣等感などなどで浮き沈みの激しい時期ですが段々大人になるに連れて親のありがたみや子供達の慈しみを教えられちょっとはいっちょ前になってるような気がします。。。
ちょっと言葉が合ってるかわかりませんが・・・
「若者笑うな着た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」
みたいな話を聞いたことがあります。
僕にも共感できるところもあります!
それでも毎日楽しく暮らさせていただいてることに感謝感謝です。
僕はまだお尻が真っ青でちょっぴりウ○コがついている若輩者ですが・・・(笑)
2010/2/16(火) 午後 3:52
レイセフォー兄さん☆
途中まで、ああ〜、良いこと書いてくれるなぁ〜とウルウル(。❁ฺω❁ฺ。)していたら、
最後の文で、お腹を抱えて笑うことに〜!ププ―(*゚艸゚)―ププ
2度泣かせていただきましらよ〜♪
そうですね!どんな状況になっても感謝して生きてれば、Happy人生間違いなしですね♪
2010/2/16(火) 午後 4:48
順番なんだろな〜、と思っています。
親が自分を育ててくれたから、今度は自分の番、いずれは子供が孫を育てて・・・そうなってくれればうれしいです。
2010/2/16(火) 午後 9:51 [ うようよじ ]
わたしって欲深い人間だなっていつも自分で思います。
今の幸せを感謝せず、いつも上を見てしまったり、
他人をうらやましいと思ったり。。。
すべてをうけいれて幸せだといえる人間になりたいな。。。
まずはそこから始めてみようと思いますが。。。
あ〜〜〜、難しいです。(苦笑)
2010/2/17(水) 午前 4:10
私は、落ち着かないで、時々叫んだり、うなったり、細かく足踏みして歩き回ったりして、気持ち悪がられたりしますが、それでも今住む家があるのが感謝なので、
そんな、時々気持ち悪い、オロオロしている私ですが、やってみます。
2010/2/17(水) 午後 3:34
みょうしょうじ1633さん☆
まさしく順番なんでしょうね。難しく考えないで、自然の流れに任せていけば、自然とそうなっていくのでしょうね。
でも、そこに自分のエゴや雑念が入ってくると、ややこしくなるんでしょうね。。。^^;
2010/2/18(木) 午後 3:21
くろ犬さん☆
くろ犬さんのブログを拝見させていただいていますが、十分に今の幸せを感謝されて、楽しく過ごされていらっしゃるのが、写真や丁寧な文章から読み取れますよ〜♪それでも、そのように思われて実践されていこうとしていらっしゃることが素晴らしいことだと思います。
嬉しいコメントをありがとうございます!
2010/2/18(木) 午後 3:29
まいった碧眼のポンコツさん☆
訪問&コメントをありがとうございます。
私も色々難しく考えていたのですが、皆さんのコメントを拝見させていただいて、気楽な気持ちで自然体で構えていれば、そうなっていくのではないかと思いはじめました。ですが「自然体」というのが、これまた難しいですが、自己中心的な考え方やエゴ、雑念などをいかに払拭出来るかによるかと思いますが、自分の力ではなんとも・・・。
それはもう、まいった碧眼のポンコツさんもご存知でいらっしゃる主に祈り、より頼むほかないんじゃないかと思っています。^^
2010/2/18(木) 午後 3:51
絵みたいです。。
2010/3/6(土) 午後 1:06 [ - ]
ジヒョンさん☆
上の写真ですか?
旦那さんはだるまさんみたいで、嫌だぁ〜!!と言ってました。^^;
2010/3/7(日) 午前 2:45
いいねえ。この記事。岡野ご夫妻が私の教会に来てくださいました。同じお話をしてくださいました。トラバさせてくださいね。共感のぽち!
2011/7/19(火) 午後 4:30
道さん☆
共感ポチありがとうございます♪
岡野ご夫妻のお話を直接聞かれたのですね。すばらしい時間を共有されたことと思います。自然の法則に従って謙虚に生きていきたいと思いつつ、実践するのは難しいと感じる毎日です。
2011/7/20(水) 午前 7:31