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rockin"onのホワイトアルバム特集、こんなジョンの言葉が書いてあった。「ここでは、おれは運よくポールと子供の時からの知り合いで有名になった○○だけど、アメリカではアーチストあつかいしてくれるんだぜ!」
引き続き、「オイゲン・ヘリゲル著 弓と禅、または瞑想修行」です。
大雑把に言って、日本の仏教は、中国道教が被さったもので、本来の仏教から遠く離れています。その中にあって、どういうわけか禅宗は、ブッダ本来の瞑想修行を主体としています。いま流行りのマインドフルネスも、ほぼそのまま、ブッダのリパッサナー瞑想です。
アップルのジョブズとビートルズのジョンですが、二人とも、日本の禅に傾倒していたようです。ジョンの場合は、ヨーコの影響でしょうが、極秘に日本に来て神社や禅寺をまわったそうです。ジョブズが座禅を組んでいたのはもっと有名なことです。(ポールが菜食主義なのは、このさい関係ないか)
この現代テクノロジー文化の最先端を引っ張っていたような二人が、こてこての日本文化である、禅または瞑想に惹かれていたというのは興味深いことです。(グレン・グールドは「草枕」です)
オイゲン・ヘリゲルという戦前のドイツ人哲学者が、日本で五年間、師匠について弓を習った体験談を語った「弓と禅」という本を読みました。哲学者ですから、論理的に書いて伝えたいのでしょうが、結局、言葉では伝わらないという本です。
自分を無くして、意識しないで弓を射らなければいけない。意識しないでする動作なので、言葉にすることもできない。師匠について体験して、本人が会得しなければわからない、という内容です。日本の禅文化は、基本的にすべてそうであって、「菊と刀」とか一部の本で、海外に紹介されているけれども、伝わっているはずがない。
もうちょっとわかりやすい文学としては、中島敦の「名人伝」がある。弓の名人になるのに、弓の練習は必要ないというお話だ。極端に目を鍛えれば、的に当てることはなんでもなくなる。
ピアノの先生に、ピアノを習いに行ったのに、何年間も音楽の基礎勉強をするだけで、ピアノに触らせてもらえないようなことです。似たような話としては、器楽を習いに行ったら、ひたすら音を出す練習をさせられて、いつになっても音楽の演奏をさせてもらえない、ということはあるようだ。
おすすめの「弓と禅」という本の、内容は伝えられないので、このように連想したことを書いているだけになってしまう。周りの電磁波の流れと重力によって、ここにブラックホールがあると、推定されるだけである。本体は目に見えないし、言葉では伝えられない。
ヘリゲルさんは、ドイツに帰りました。運悪く、第2次世界大戦ナチスの勃興期です。戦後に入ってきたアメリカ兵に、家財道具もろとも、師匠からいただいた弓も持っていかれたそうです。
「残そうと思うものは残らない」
「残そうと思うな」師匠の言葉を思い出しました。
カント派哲学のトップとして大学教授をしていたヘリゲルさんは、大量の文献や、本人の著作原稿を所有していました。残っていたものは死ぬ前に、すべて焼いたそうです。他のところに偶然残っていた講演の原稿を元に、この本が出版されました。
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