アート サモトラケのニケ

9月3日から8日まで、春日部中央公民館で絵画展中。

ビートルズあたり

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

Strawberry Fields Forever 2

イメージ 1

 Let me take you down 'cause I'm going to Strawberry Fields
Nothing is real And nothing to get hung about


この曲の最初の印象が悪かったのは、今までの曲と違って、メロトロンという変わった音の出るオルガンみたいな楽器のせいが大きいのではないかと思います。その上で、ジョンが「I Am The Walrus 俺はせいうち」みたいな電気加工された声で歌います。違和感ありあり。

 コンサートツアーを止めて、レコーディングに十分な時間を取れるようになったために、かつてない多重なオーバーダビングや、テープ切り離しや逆回転などの技巧の限りをつくしたサージェント・ペパーセッションの中でも、特に力を入れている曲です。

『ANTHOLOGY 2』には、なんと特別扱いとしか思えないが、3つのバージョンが入れられています。ジョージ・マーティンも気になっていたのだろうか。
1.Strawberry Fields Forever (Demo Sequence)
2.Strawberry Fields Forever (Take 1)
3.Strawberry Fields Forever (Take 7 and Edit Piece)
(正確には、ポールのベースが入ったTake7のモノヴァージョンに、最後尾のドラム部分などを加えたもの)

Strawberry Fields Forever  [Magica Mystery Tour]
この正式発売盤はTake 7にTake 26がつなぎ合わされたもの。
(Take 26はベースなしで、低弦、たぶんチェロ)

 ジョンは、完成したTake 26は、勢いが、圧力が強すぎると感じたようで、ちょっと弱めのTake 7で、開始したかったのでしょう。(しらんけど!)

 ジェフ・エメリックによると、開始からちょうど1分の所、このピッチを変えてテープをつなぐ編集は、エンジニアがやったもので、ジョージ・マーティンはいなかったかのように書いてある。ちなみに、ビートルズとプロデューサーが関与したのは、モノミックスまでで、ステレオ盤は、エンジニアが楽しく作ったそうだ。ほんまかいな。クラシックなんて、1955年からステレオ録音ですけど!

 ジョージ・マーティンは後で、こう回想している。
「実は今になって、あのときこう言えていたら、と思う。今聴いたままの歌で十分だ、と。あのときのまさに初めて通して聴いた音をテープに録音して、それを発売したかったと、どれほど残念に思ったことか」

Strawberry Fields Forever 1

イメージ 1

 こんばんは、ビートルズ大好き絵描きのニケです。
 どういうわけか長年、この絵のサブタイトルを「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」としている。たいていの絵に、何らかの曲が関連づけられている。(のであるが特に公表はしていない)
ニケ邦題 「いちご畑でつかまえて」


 初めて聴いた頃は、特に何とも思っていなかったというか、どちらかといえば嫌いな曲だったのだが、時間が経つにつれて、自分にとってかけがえのない曲になっているものがある。初めて中学生の時に友だちに聴かせてもらったときは、ビートルズの曲なのに嫌な曲だった。ところが何十年も経って、いまだに散歩中に聴いていて飽きない。


 たしか以前、ブログに載せたはずの以下の本が、ビートルズのカテゴリーに入っていないので、自分でもわからない。この本の、記憶によっているところが多いと思う。
ジョージ・マーティンの『メイキング・オブ・サージェント・ペパー』
ジェフ・エメリックの『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』
レコーディング記録としては、ジョン・カルショウの『リング』並におもしろい。

「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」(Strawberry Fields Forever)は、1967年2月にビートルズが発表した14枚目のオリジナル・シングル曲である。両A面シングル曲で片面は「ペニー・レイン」
Strawberry Fields Forever / Penny Lane」
アビー・ロード・スタジオ(1966年11月24日 - 12月21日)
チャート最高順位2位(イギリス)8位(アメリカ)

「ラブ・ミ・ドゥ」以外の、ビートルズのシングルで、初めて1位にならなかった。両A面という形式にチャート計測が対応していなくて、片面だけカウントされたのではないかという説もあるが、今までの曲に比べて人気がなかったのは確かだ。

 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の収録の最初に録音されたのがこの曲である。3曲目が、「ペニー・レイン」、2曲目が「64歳になっても」だ。(英文で打つのが面倒なので、勝手に訳した)

 2曲目は、ポールが10代の頃に作った曲。だからして、このアルバムは当初、リヴァプールを回想したようなコンセプトだったのだ。ところが英EMIのごり押しで、先行シングルを出さなくてはいけなくなった。残念なことである。

 ジョージ・マーティンは、アルバムのB面真ん中あたりに、比較的出来の悪い曲をならべる傾向がある。「64歳になっても」は、好きではなかったようだ。明らかにビートルズらしくない、ジョージの曲の後の、口直しに入れているようだ。リヴァプールにもどりますよ!

 後年、元気いっぱいコンサートツアーを行なっているポールは、「64歳になっても」変わらない、と言っている。(私も「神田川」の世界から、あまり変わっていない)

 アルバムコンセプトも、タイトルのように変更になった。(ゲット・バックがレット・イット・ビーになったのとは違うが)おかげでアルバムから、いちばん良い曲が抜けることとなった。だから演奏の凝り方はすごいものの、楽曲じたいは、他のアルバムに劣ると思っている。再度、残念なことである。

イメージ 1

『ビートルズの真実 里中哲彦・遠山修司』という本です。ありがちなタイトルです。ビートルズの本なんて何十冊も読んでいるし、だいたい文庫本なので、読んだことのある本の再発売かと思っていたら、昨年12月の新しい本でした。歴史の本を読んでいると、この話もその話も何度も他の本で読んだことがある、と思うことが多いが、不思議なことにこの本にはそんなところはない。それどころか、読んだことがある有名な本からの引用も、気づかなかったような話がたくさん出てきます。
以下、最初の方に出てくるところを書き出しました。


 ポールとジョンが主として才能の源であったことは疑う余地もない。音楽的な面から見ても私たち5人は対等ではなかった。二人の力が大きすぎ、残りの3人はたいしたものではなかった。(ジョージ・マーティン『耳こそはすべて』)ジョージ・マーティンはまた、ポールのことを『20世紀を代表する音楽の天才』とまで述べています。

 ビートルズの中ではポールが一番ミュージシャンとしての才能をもっていた。始めてあった頃、彼はピアノを上手に弾けなかったが、そこからレディ・マドンナまでは本当に短時間だった。ポールはまた、リンゴを含むほかの誰よりも技術的にうまくドラムを叩くことができた。(ジョージ・マーティン)

それ以前のディランは、「フォークの神様」を演じなくてはならなかったので、「ビートルズに夢中になっていることは、自分の胸にしまっておいた」らしい。2007年のローリング・ストーン誌のインタビューで、ポールのことを『自分が畏敬の念をいだいている唯一の人物』とまで語っている。


 ジョンはポールに完全に圧倒されたわけだ。ジョンは決心を迫られます。自分より実力のあるポールがクオリーメンに入ったら、リーダーの座が危ぶまれるのではないか。ひょっとしたら、ポールが自分のバンドを結成するかもしれない。そうしたら、自分たちのバンドはひとたまりもない。「ぼくはその時までは親玉だった。さて、あいつと組んだらどうなるだろう。要するに、ぼくはポールに惚れてしまったんだ」

 ポールはジョンと会う前から、作曲をしていました。さすがのジョンも驚いたようです。ポールはかなり早い時期からプロとしてやっていくつもりでいたのでしょうね。つくった曲はすべて二人の共作として発表することまで決めていました。

 ジョンのポールに対する嫉妬心が、二人を希代のソングライティング・チームにしたんじゃないかなあ。ジョンは演奏技術においても、流れるようなメロディを作曲する能力もポールにかなわないと思っていたんじゃないか。そこでジョンはポールにないものを探した。のちにジョンは「ぼくが音楽界にした大きな貢献は、ポール・マッカートニーを発掘したことだ」と語っています。

 世間が仲違いをしていると思いこんでいた頃、ジョンとポールはロサンジェルスで再開(74年)、二人にしかわからない昔話に花を咲かせたり、スタジオでのジャム・セッションを楽しんでいる。70年代の後半には、ポールはジョンの住むダコタ・アパートを何度も訪れています。ジョンは「ポールの悪口を言っていいのは俺だけだ。他の人間が言うのはゆるせない」とまで発言している。

 ソロになってはじめて、共作者の存在がどれほど大きなものだったかを痛感したようですね。ジョンにしても、ポールの存在がいかに大きかったかは、ソロ作品の数枚を聴けばわかります。ポールは90年のインタヴューで、「共作者がほしいね。実際ジョン・レノンを越える人間なんているはずがないと思っていたし、その考えに今も変わりがない。彼はベストだった。ベストの上はないんだよ」との心情を吐露しています。

イメージ 1

☆これぞ変わり者、アメリカ盤『A Hard Day's Night 』


 このように、イギリス本国で6枚のアルバムを出した時点で、アメリカ盤は、曲数を少なく(水増しというか水減らし)して、8枚も出したのだが、さらに他にもあった。映画のサントラである『A Hard Day's Night 』は、キャピトルではなくて、別の会社から出ていたのだ。

 『A Hard Day's Night 』はイギリスオリジナルでは、A面が映画音楽、B面は映画と関係のない曲という構成だ。やはりここでも大幅な水減らしをして、A面曲とあとは、間に映画関係のインストルメントル曲で埋めて、1枚のアルバムとしている。

 でかでかとSTEREOと書いてあるが、映画用音源を使っているため、疑似ステ疑惑もある。持っているのはLPのため、確認していない。これってCD化されていないよね。


 そんでもって、この『The Capitol Albums, Vol. 1』という4枚組CD。パソコンにコピーできない。つまり携帯音楽プレイヤーで聴けないではないか。パソコンに挿入すると、なにやらCD独自のプレイヤー画面が出てきて、それで再生することができるだけで、コピーはできない。

 ポールの最近のCDでもそうだけれど、今時こんな、姑息な手段を使うとは。なんらかの裏コピーツールを使う手もあるのかもしれないが、そこまで頑張ることもない。デジタルでダメなものはアナログ録音で行きましょう。

 誰でもできる簡単な方法としては、ソニーの携帯音楽プレイヤーの録音機能を使う。CDプレイヤーのヘッドホン端子から録音する。シンクロ録音というのを使うと、再生と同時に録音が始まり、曲と曲の間に、トラックナンバーを入れる。ただ、最初の音の入りで、録音がほんの少し遅れるためか、つんのめったような音でスタートする。

 もうひとつ、CDレコーダーで、別のCDにアナログでコピーする。細かく書くと、CDプレイヤーから光ケーブルでCDレコーダーにつなぎ、音楽用CD−RWに録音する。そのCD−RWから、記録用CD−Rにコピーする。それをパソコンに録音する。

 CD−RWからでは、録音できなかった。しかしCD−Rからでも、不要ファイルが2つ挿入されたあげく、最後の1曲が、エラーとなり録音できなかった。どんなコピーガードなんだ、いったい。

 最後の1曲と言っても、ステレオのあとにモノが、つまり2重に曲が入っているので、モノの1曲が抜けても、どうせ聴かないから問題なし。さすがに携帯音楽プレイヤーより、こっちの方が、断然音質がいい。

 今となっては、この2トラック録音のステレオが、とてもいい。

イメージ 1

☆『SOMETHING NEW』もLPで持っている。曲が少ない。


SIDE-A
1. I'll Cry Instead ぼくが泣く
2. Things We Said Today 今日の誓い
3. Any Time At All エニイ・タイム・アット・オール
4. When I Get Home 家に帰れば
5. Slow Down スロウ・ダウン
6. Matchbox マッチボックス

SIDE-B
1. Tell Me Why テル・ミー・ホワイ
2. And I Love Her アンド・アイ・ラヴ・ハー
3. I'm Happy Just To Dance With You すてきなダンス
4. If I Fell 恋におちたら
5. Komm, Gib Mir Deine Hand 抱きしめたい(ドイツ語版)


 アメリカ盤8枚CDのアマゾンによる解説。
 −『The Capitol Albums, Vol. 1』アメリカのキャピトル・レーベルが1964年に発売した4枚の編集盤『MEET THE BEATLES』 『THE BEATLES SECOND ALBUM』 『SOMETHING NEW』 『BEATLES '65』が、ボックス収納で登場!87年(この年イギリス・オリジナル盤が正規盤としてCD化。これに伴い各国編集盤はすべて廃盤)以来、17年ぶりにアメリカ編集盤がCDで蘇る。
各アルバム、ステレオ・ヴァージョン&モノ・ヴァージョン両方を収録。全45曲中12曲がイギリス・オリジナル・アルバム未収録曲。−

 −『The Capitol Albums, Vol. 2』は、イギリスでのリリース順に従って、3月に『The Early Beatles』、6月に『Beatles VI』、8月に『Help!』サントラ盤、そして12月に『Rubber Soul』US盤と、ビートルズのスタンダードを初めてモノラルとステレオの両方で収録した。
 イギリス盤の『Please Please Me』と『Beatles for Sale』はモノラルしかないため、「Please Please Me」、「Twist and Shout」、「Kansas City/Hey Hey Hey Hey」、「What You're Doing」、「Every Little Thing」を始めとする本作収録曲の大半がステレオ録音による初のCD化となっている。また、『Help!』のケン・ソーンの副産物的な音楽(ジェイムズ・ボンドの007シリーズのテーマもイントロとして収録)、ワイドセパレーションのステレオ・ミックスでの『Help!』と『Rubber Soul』(1987年イギリス盤のジョージ・マーティンのデジタル・リミックスではない)の初CD化でもある。
 92曲中82曲がこれまでCD化されていなかったのだ。『The Capitol Albums, Vol. 1』ほどの音速の啓示はないが(あちらは32曲の初ステレオCD化が含まれていたが、本作では14曲のみ)、聴く価値のあることは間違いない。−
(以上、アマゾンの説明です)


 ビートルズも後期になると、モノとステレオのミックスは、別テイク物を使っているようで、微妙に違うみたいだ。今回手に入れた、このアメリカ盤4枚組CDは、1枚に、最初はステレオ、それに続けてモノで、両方入れてある。それでも50分ちょっとである。

 現行のイギリス版CDは1987年の初CD化の時に、ジョージ・マーティンがリミックス・リマスターしたもの。したがって、このアメリカ盤CDに入っているモノは、現行CDのモノとは、違うようだ。解説書によると、ビートルズ現役時代のモノミックスに戻された形と書いてある。

 オリジナルのモノ、ステレオミックスをモノラル化したもの、ジョージ・マーティンがリミックス・リマスターしたもの。の3つが、どのように違うのか?
 今回新たに、米キャピトルのデュオフォニックという疑似ステレオまで出てくるとは。

さらに、シングルで出ていた曲は、モノラル音源しかなかったようで、他の曲にあわせるため、そのキャピトルの疑似ステレオがかけられている曲が7曲あります。日本版は、逆に、全部モノに合わせたようです。ステレオミックスをモノラル化したものと元々モノラルだったシングルです。

 オール・マイ・ラビング(ALL MY LOVING)には、赤盤仕様もあるそうだが。

 私の持っている古いイギリス盤LPの「プリーズ・プリーズ・ミー(PLEASE PLEASE ME)」は、ちゃんとステレオなんだけど、どのような位置づけになるのだろうか。キャピトルのステレオと同じものなのか、違うのか。昔買ったLPは、国内外問わず全部ステレオだし、シングルは「レット・イット・ビー」に至るまでモノなんだけど。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
nike
nike
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事