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古代ギリシア時代、現代にもその名を残す数々の哲学者が輩出されましたが、その中に少し風変わりな人物がいました。その人物の名をディオゲネスといいます。 ディオゲネスは、ソクラテスの孫弟子に当たる人物です。彼は、シノベの出身でしたが、通貨偽造の罪で国外追放処分を受けたため、アテナイ(アテネ)にやってきました。そこで、師であるアンティステネスに弟子入りをしました。 ディオゲネスは、キュニコス派という一派に属し、その思想は、禁欲と徳を重んじるものであり、無為自然を理想としました。彼は、キュニコス派の極致ともいえる体現者であり、一切の所有物を持たず、住む場所すらありませんでした。ある時は、樽の中で寝起きしていたことがあり、そのため、「樽の哲人」と呼ばれるようになりました。アテナイ人からは変人扱いされていたため、「犬のディオゲネス」と呼ばれることもありました。 唯一の所有物として、水をすくって飲むための椀を持っていましたが、ある時、いつものように川へ行って椀で水をすくって飲んでいると、子供が手で水をすくって飲んでいるのを見て、「私は子供にすら負けてしまった」と言い、その場でその椀すら叩き割ってしまったといわれています。 その後、ディオゲネスは、海賊に誘拐され、奴隷として売られて、コリントスという町にやってきました。そこで、かのマケドニアのアレクサンダー大王との出会いがありました。 遠征の途上、コリントスに訪れたアレクサンダー大王は、ディオゲネスにとても興味を持ち、招聘しようとしますが、ディオゲネスはそれに応じず、会いにいこうとはしませんでした。仕方が無く、大王自身がディオゲネスに会いに行くことにしました。その時、ディオゲネスは、日向ぼっこをしていました。大王が「私は、アレクサンダーである。あなたに何でも望みのものを与えることが出来る。あなたは何が望みですか?」と話しかけると、ディオゲネスは「ならば、そこをどいていただきたい。あなたがそこにいると私に陽の光が当たらないのだ」と答えました。アレクサンダーは、その場を立ち去りました。そして、帰路、「もし、私がアレクサンダーでなかったら、私はディオゲネスになりたかった」と語ったといわれています。 数々の戦いに勝利し、多くのものを得たアレクサンダー大王でしたが、それ以上に失ったものも大きかったのだろうと思います。そんなアレクサンダー大王が、はじめから何も所有しないディオゲネスの姿を見て、何を思ったのでしょうか?非常に興味深いですね。 伝承では、ディオゲネスとアレクサンダー大王は、奇しくも同年同月同日に死んだとされています。ディオゲネスは、90代での大往生でしたが、アレクサンダー大王は、まだ30代で、アラビアへの遠征を目前にひかえた無念の病死でした。
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そんなご縁があるんですね〜。しかし何故「犬」のディオゲネスなんでしょう??媚びない奔放さ、いいですね〜
2006/8/20(日) 午後 3:54 [ pea*l*_gate**in ]
ぱぁーるさん、コメントありがとうございます。当時のアテナイ人といえば世界屈指の文明人なので、自由人(平民)なのにホームレス生活をしているディオゲネスを蔑んで「野良犬のようだ」と思い、「犬」と形容したのだと思います。しかし、野良犬のような生活こそディオゲネスの求めたもので、本人は「犬」と呼ばれて喜んでいたのではないかと思います。
2006/8/20(日) 午後 10:07 [ ユウ ]
なるほどねぇ〜〜^^。世界史は、うとい!けど、少しずつ良くなってる気がします!ありがとう〜
2006/8/21(月) 午前 11:06 [ - ]
ぱぁーるさん→いえいえ、質問、大歓迎ですよ!僕もまだまだ知らないことが多いので、もっと勉強して、なるべく皆さんに面白い話題が提供できればいいなと思っています。
2006/8/23(水) 午後 11:26 [ ユウ ]