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差料紹介 その2は、居合刀です。購入した際、長さは2尺3寸5分(だいたい71cm強くらい)ということでしたが、もう少し長い気がします。鍔は鶴丸、鞘は黒石目、肥後拵えとなっています。 もうすでに真剣で稽古をしているので、最も使用頻度の少ない刀となっています。 真剣を使用しない他流では、見かけは真剣と変わらないような高価で立派な居合刀を使用される方も多いですが、僕の場合、いずれは真剣に切り替えるつもりでいたので、とても安価なものを使用していました。それでも、2万円程度はします(^^;)合金製なのでギラギラと光っていますが、真剣はもっとくすんだ光を放ちます。 ほとんどの居合刀には「樋」というものが入っています。樋とは、刀身にまっすぐに入っている溝のことです。真剣の場合は、重量を軽くする目的で樋を彫ります。また、樋を彫ることで刀を振ったときに「ヒュン」という風を切る音が大きくなるので、居合刀の場合、音を出すことを目的に彫っているようです。 あまり使わなくなった居合刀ですが、初心者の僕を支えてくれた刀なので、今でも手入れは欠かしていません。
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先日、「居合刀の選び方」というトラックバックを頂き、思いつきまして、僕の差料(愛刀)の紹介をしようと思います。 まず、一つめは「木刀」です。まあ、ただの樫の木の木刀なんですが・・・(^^;) 僕の所属する流派では、初心者でも真剣で稽古を行うことが望ましいとされています。ですが、真剣は高価であり、いきなり購入できる人は少ないので、ほとんどの場合は居合刀を購入して稽古します。 では、はどういう場合に木刀を使うかと言うと、はじめのうちは素振りです。真剣でも素振りをしますが、いきなり真剣で行わず、木刀で慣らしておくと肩を痛めにくいと言われています。 また、段位が上がってくると、「組太刀」の稽古にも使用します。組太刀は、二人組みで行う型稽古ですが、実際に刀を打ち合うので、真剣を使うわけにはいかず、木刀を使用するわけですね。 しかし、木刀と侮るなかれ。その一撃はなかなか強力で、本気で打てば命にも関わります。宮本武蔵は、櫂を削って作った木刀の一撃で佐々木小次郎を倒したわけですからね。
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所属する居合道の団体の支部会計を任されることになり、引継ぎが終わりました。本部会計が「勘定奉行」なら、支部会計は「勘定組頭」と言ったところでしょうか? 入会一年以内で会計を任されるのは僭越なことなのですが(ただの雑用かもなぁ・・・)、他人のお金を預かるのはちょっと緊張します。責任重大ですよね。 支部会計の帳簿を数年前からエクセルで入力していってるようなんですが、それをフロッピーに保存してあるんですよ〜家のパソコンでは開けません・・・(T_T)まぁ、どこかでフロッピーの使えるパソコンからUSBメモリーにでも移すつもりですが。 エクセルは便利なんですが、僕的には、手書きで出納帳につけていくほうが好きです。アナログですが、手書きのほうがお金を扱っているって気になりませんか?家計簿なんか、いまだに手書きの人も多いのではないかと思います。
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久しぶりに歴史の記事を書いてみます(^^;) ヤフーブログに映画の「レッドクリフ」の背景が追加されましたね。試しに使用してみると黒と赤のみの背景で、あまりにも不気味すぎてすぐにやめました。このブログタイトルにあった題材なので、良いと思ったのですが、あのデザインは何とかしてもらいたいです。 余談はさておき、映画「レッドクリフ」は、三国志の「赤壁の戦い」を描いたものです。「赤壁の戦い」とは、曹操の軍勢と孫権・劉備の同盟軍による三国志最大の決戦ですね。 当時、中国のほぼ北半分と都と皇帝を手中に入れていた曹操は、一気に天下を統一しようと南下をはじめました。曹操の南下によって一番最初に衝突するのは孫権の勢力でしたが、抗戦を主張する者と降伏を主張する者とで国内は二分しており、孫権も決断できずにいました。(この時、劉備は軍勢は持っていましたが、勢力としての地盤はなく、根無し草のような状態でした)結局、周瑜ら抗戦派の主張が通り、劉備と同盟することで曹操と対決することになりました。 決戦の場は、長江流域の赤壁と呼ばれる場所でした。両軍の水軍は激しくぶつかり合いましたが、孫権軍の宿将の黄蓋による偽の降伏により、曹操軍の船団に油がかけられ、火矢によって大火災が起こります。折からの強風にあおられ、炎は対岸の曹操軍の陣にまで達し、曹操は撤退を余儀なくされました。 この時、劉備軍は何をしていたかというと、はっきり言って何もしていません。脇を固めていただけですね。劉備軍がしたことといえば、撤退する曹操軍に追い討ちをかけたことぐらいですね。しかも、その間に曹操が確保していた荊州南部をまんまと奪い、ここで勢力としての地盤固めを行いました。劉備は漁夫の利を得たと言えるでしょう。 蜀びいきの三国志演義では、大決戦の「赤壁の戦い」で、劉備軍が何もしなかったではまずいと思ったのか、諸葛孔明に妖術で強風をおこしたというちょっと信じがたい役割を与えていますね。しかし、実際に孔明がやったことと言えば、孫権に同盟を求める使者となったくらいですね。しかも、周瑜ははじめから抗戦派だったわけですから、群臣を論破し、周瑜を言葉巧みにそそのかし、降伏に傾きかけていた孫権軍を動かしたということはなかったと思います。 三国志演義の周瑜は、最初から最後まで孔明にやられっぱなしという不名誉な役割を与えられていますが、実際には孔明など足元にも及ばない戦術家ですね。曹操が後一歩で天下統一を果たせなかったのは、まさに周瑜のせいであったと言っても過言ではありません。しかし、周瑜は赤壁の戦いのすぐ後に病死しています(暗殺だったのかもしれません)孫権にとって大きな痛手であったことは間違いないでしょう。
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昨日、居合道には様々な流派があると書きましたが、それぞれの流派にはそれぞれの極意や奥義のようなものがあると思います。 僕の所属する流派の最終目標は、「抜かない」ということにあります。 ???と思った方も多いでしょう。「刀を抜く居合道なのに刀を抜かない」なんて、まるで禅問答のようですね。では、何で型の稽古や「試斬」なんてやっているんだ?と思いますよね。 剣術の場合、お互いが刀を抜いてしまうとそこでもう生きるか死ぬかの果し合いになってしまいますよね。ところが、居合の場合は抜く直前まで刀は鞘の中にあり、相手と対峙していてもまだ戦いを避けること(逃げる、説得する、脅す等)ができるわけですね。「争いに至る前に争いを収める努力をし、相手との共存共栄を図る」これこそが居合の真髄、つまり、活人剣です。 あえなく果し合いになった場合に己の身を守るため、必殺の技を極める。これが居合における殺人剣であり、普段の稽古であるわけですね。 つまり、居合の極意は「殺人剣を極めて活人剣に至る」ということです。実力差のひらいている相手には容易に攻撃を仕掛けられませんからね。ライオンに襲い掛かるウサギはいないということですね。 未熟者の僕には、何年修行を重ねてもこの極意に至ることはできないかもしれません。
ですが、この「抜かない」ことを目標とする居合道は、非常に優しい武道であると思いますし、そこに魅力を感じています。 |



