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一人旅の四日目(4/8)の朝、せっかく温泉地の「温泉津」にいるのだからと、早朝から少し散歩をした後、朝風呂に入ることにしました。僕の中で、温泉での朝風呂は最高に贅沢なことだと思うんですが、どうでしょうか? 前日は、純和風な趣のある浴場「元湯」さんに行ったのですが、この日は明治の洋館のような浴場「薬師湯」さんに行きました(一枚目と二枚目の写真)。ここには屋上にテラスがあり、無料でコーヒーを飲ませてもらうことができました。朝焼けの中、湯上りに暖かい一杯。本当に贅沢なひと時でした(^^) 朝のうちに「温泉津」を発ち、山陰線に乗って「大田市駅」まで30分、さらにバスで揺られること20分、この日の観光の目的地である「石見銀山」の「大森代官所」に到着しました。ここから、実際に銀を採掘していたという遺跡の「龍源寺間歩」までは、さらに30分ほど歩きました。この道のりは、三枚目の写真のような武家や町家の並ぶ昔からの街並みを眺めながら、途中、おみやげ物屋や食べ物屋に立ち寄りつつ、楽しんで遊歩できました。 そうしているうちに「龍源寺間歩」に到着し、実際に中に入ってみることにしました。中は、四枚目の写真のように通路の天井が低く、何とか二人で並んで通れるくらいの狭さで、実際に銀を採掘していたと思われる坑道(五枚目の写真)となると、這って進まないと入れないのではないかという狭さでした。ここで長時間の作業をしていたなんて信じられないことなんですが、江戸時代になると、中に新鮮な空気を送り込むための扇風機のような機械や、土を掘って出てくる水を外へ出すためのポンプを使用して、作業をしていたそうです。 帰路は、同じ道を通ったのですが、ふと道の横に古い大きな墓が見え、近づいて良く見ると「大久保長安」という人物の墓でした(六枚目の写真)。大久保長安は、戦国時代の末期から江戸時代の前期を生きた人物で、江戸幕府の吏僚であり、徳川家康にこの地の奉行に任命されていたようです。詳しくは、日本史の記事の方に書こうと思いますが、ここに墓が立てられていたとは知りませんでした。 こうして石見銀山を後にし、また海を眺めながらの山陰線の旅を再開しました。この日は長駆して、宿を取っていた鳥取まで足を伸ばしました。鳥取はもう暗かったのですが、鳥取城跡で夜桜を楽しむことができました(七枚目の写真)
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2007年04月15日
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