プチ歴史読本

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久しぶりに歴史の記事を書いてみます(^^;)

ヤフーブログに映画の「レッドクリフ」の背景が追加されましたね。試しに使用してみると黒と赤のみの背景で、あまりにも不気味すぎてすぐにやめました。このブログタイトルにあった題材なので、良いと思ったのですが、あのデザインは何とかしてもらいたいです。

余談はさておき、映画「レッドクリフ」は、三国志の「赤壁の戦い」を描いたものです。「赤壁の戦い」とは、曹操の軍勢と孫権劉備の同盟軍による三国志最大の決戦ですね。

当時、中国のほぼ北半分と都と皇帝を手中に入れていた曹操は、一気に天下を統一しようと南下をはじめました。曹操の南下によって一番最初に衝突するのは孫権の勢力でしたが、抗戦を主張する者と降伏を主張する者とで国内は二分しており、孫権も決断できずにいました。(この時、劉備は軍勢は持っていましたが、勢力としての地盤はなく、根無し草のような状態でした)結局、周瑜ら抗戦派の主張が通り、劉備と同盟することで曹操と対決することになりました。

決戦の場は、長江流域の赤壁と呼ばれる場所でした。両軍の水軍は激しくぶつかり合いましたが、孫権軍の宿将の黄蓋による偽の降伏により、曹操軍の船団に油がかけられ、火矢によって大火災が起こります。折からの強風にあおられ、炎は対岸の曹操軍の陣にまで達し、曹操は撤退を余儀なくされました。

この時、劉備軍は何をしていたかというと、はっきり言って何もしていません。脇を固めていただけですね。劉備軍がしたことといえば、撤退する曹操軍に追い討ちをかけたことぐらいですね。しかも、その間に曹操が確保していた荊州南部をまんまと奪い、ここで勢力としての地盤固めを行いました。劉備は漁夫の利を得たと言えるでしょう。

蜀びいきの三国志演義では、大決戦の「赤壁の戦い」で、劉備軍が何もしなかったではまずいと思ったのか、諸葛孔明に妖術で強風をおこしたというちょっと信じがたい役割を与えていますね。しかし、実際に孔明がやったことと言えば、孫権に同盟を求める使者となったくらいですね。しかも、周瑜ははじめから抗戦派だったわけですから、群臣を論破し、周瑜を言葉巧みにそそのかし、降伏に傾きかけていた孫権軍を動かしたということはなかったと思います。

三国志演義の周瑜は、最初から最後まで孔明にやられっぱなしという不名誉な役割を与えられていますが、実際には孔明など足元にも及ばない戦術家ですね。曹操が後一歩で天下統一を果たせなかったのは、まさに周瑜のせいであったと言っても過言ではありません。しかし、周瑜は赤壁の戦いのすぐ後に病死しています(暗殺だったのかもしれません)孫権にとって大きな痛手であったことは間違いないでしょう。

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