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先日、知人に誘われて、久しぶりに京都タワーに登りました。約20年ぶりだったんですが、地上100メートルの高さにある展望室は、ほぼ当時のままの姿で少し感動しました。おみやげ物のコーナーや、展望室を取り巻くように設置されている望遠鏡は、やや古びてきていて、こんなに狭かったかなと思いましたが、前に登ったときは小学生だったんで、大きく感じたのは当たり前ですね。そして、目の前に広がる京都の夜景を見ていて、少し恥ずかしい経験を思い出しました。 20年前、小学生だった僕は、家族で京都タワーに登りに行ったわけですが、どういうわけか、エレベーターが怖くて怖くて仕方がありませんでした。昔、「タワー・オブ・インフェルノ」というビル火災の映画がありまして、エレベーターに取り残されるシーンがあったと記憶しているんですが、その影響だったと思います。普通は、展望台まで直通のエレベーターがあって、それを利用するんですが、僕は怖くて乗りたくないと言って断固拒否しました。もうチケットを買っていたので、困った両親が係員の人に相談した結果、階段を登らせてもらえることになりました(たぶん、普通は階段は利用できません・・・って言うか、好んで階段を利用する人はいないでしょう) 何とか展望台まで登りきることはできたんですが、もう家族全員バテバテです。なんせ、50メートル以上も螺旋階段を歩いて登っていくわけですからね。さすがに帰りは、家族全員に説得されて(半ば脅迫されて)、エレベーターを使って降りたんですが、そのときの僕の顔色ったらなかったそうです。 京都タワーに登った人は多いと思いますが、階段を使って歩いて登った人はそうはいないと思います。恥ずかしい話ですが、今思うと貴重な経験でしたね。 京都タワーは、京都の景観を損ねるということで、完成前から非難を浴びていました。今は、京都駅ビルが出来てしまって、めっきり影が薄くなった印象を受けます。でも、僕は、そんな京都タワーが大好きなんですね。子供の時、どんなに遠くに出かけても、迷子になっても、京都タワーを目指して歩けば、家に帰り着くことができました。今でも、旅行から帰ってきた時等に、京都タワーを見ると「帰ってきたんだな」という気持ちになります。いつか取り壊される日が来るかもしれませんが、それまで京都の町の夜をやさしく照らし続けて欲しいですね。
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古都 京都
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京都について(なるべく歴史や史跡にからめて)書いています。
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今から420年ほど前、織田信長が天下統一を掲げ、その勢力がまさに絶頂であったころ、部下の明智光秀の裏切りにあい、京都の本能寺で命を落とします。いわゆる「本能寺の変」ですね。 なぜ、光秀が裏切りに及んだかというと、信長に母親を見殺しにされただからだとか、些細な失態を攻め立てられたからだとか、領地の移動を命じられたからだとか言われています。また、実行犯は光秀であるが、黒幕は、羽柴秀吉であったとか、徳川家康だったとか、朝廷の命であったとする異説もあります。いずれにしても、光秀が信長に対して深い恨みの感情を抱いていたのは間違いないのではないかなと思います。そこに気のつかない、あるいは気のつかないふりをするところが信長の弱点であり、また人間的なすごみでもあったとも思います。 本能寺の変の直前、光秀が軍勢を率いて京都に入った時、戦勝祈願のため愛宕山を参詣しています。ある言い伝えによると、光秀はその時三度御籤をひいたといわれており、それぞれ、凶、吉、大吉でした。占い好きの部下が「これは、命令に従わず領地に帰るのが凶、命令に従ってこのまま中国攻略の援軍に向かうのが吉、そして、兵を率いて本能寺へ向かうのが大吉であるというお告げではないか」と進言します。これは三国志演義で、入蜀をためらう劉備に諸葛孔明が示したという三つの策の話をパクッたものではないかと思います。実際に愛宕山に登ってみるとわかりますが、京都の市街地の景色を一望できるんですよね。信長のいる当時の京都の町並みを遠望し、光秀は何を思ったか・・・なかなか考えるに容易ではありませんが、感慨深いものがありますよね。 さて、裏切りの舞台となった本能寺ですが、当時は大伽藍を有する京都でも屈指の大寺院でした。今の本能寺を見たら「こんな小さな寺に襲撃されたら信長でもひとたまりもないよな」と思ってしまいそうですが、そうではないんですよね。信長も安全を考えて、京都の中でも最も防御の固い場所を宿舎として選んだんだと思われます。当然、当時の本能寺は襲撃の際に焼失したため、今は別の場所に再建されています。 現在の本能寺は、寺町商店街の一角にひっそりとたたずんでいます。近所の住民の憩いの場所であり、僕は寺町通りから河原町通りへの近道として境内を通過することもあります(^^)本能寺の変の面影はあまり感じられませんが、夏場は影が多いので少し涼しくて、猛暑の京都観光の小休憩としても使えると思うので、ぜひ足を運んでいただきたいと思います。信長の墓とされる信長公廟もここで見ることができます。 |







