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不思議写真では、ありませんでした。 |
中國、香港の風景
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終戦記念日。 小泉首相は靖国神社に参拝され ました。中、韓の両国は強い反 発をするでしょうね。 白ハトよ、伝えておくれ、 平和は一人一人の願いから。 『日本は、戦争の反省を踏 まえ、戦後61年間、1回も 戦争せずに平和国家として発 展してきましたよ』と。。。 終戦前に生まれた私は空襲爆撃の 恐ろしさは経験していませんが、 戦後の貧困を野草を食べて大きく なりました。多くの同級生は父や 兄をを戦争で亡くしていました。 (香港市立図書館前の彫像です。) 平和の中で命の栄えを享受できる これほど貴いことはないと想います。
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漢方眼科李卓力眼科中醫へは北角 から徒歩で50〜60分、運動に はちょうどお誂え向きなのです。 でも最近の30度を上下する気温 では徒歩による往復は大きなダメ ージを受けてしまいます。 行きは路面電車、帰りは徒歩で、 そんな毎日を繰り返しています。 ちょうど中間点にあたる、数年前 50万人の抗議デモがあったヴィ クトリア公園は、都心には数少な い緑地です。 運動場がいくつかあって、時々この 公園の瀟洒な外観の公衆トイレを利 用します。 他の施設と違うところは、入り口の 男女の結界です。 象形文字から現代に至るまでの発展 の歴史を「男」と「女」の文字で学 ぶことができるのです。 中国の漢字が大変長い歴史を持って いることを知ることができます。 カシオ電子辞書に収められている「学研」の「漢字源」によれば、
男の象形文字では、農耕が成立してから造られ、「女」は王朝が成立し、美しい衣装をなびかせる舞姫が登場した頃に形作られたようですね。
こんな記述も見付けましたが、もちろん、第二水準までしか収録していない漢和辞典を開いても、当時の文字を目にすることはできませんが。。。また、文字をシンボルとして眺めた時、キリスト教の信者のシンボルが魚であることを思うと、洋の東西で発想法もずいぶん違うものになるなと感じたものです。 温故知新、歴史を学んで欲しい? 鞍(馬)の上、枕の上、厠の上は思索にふける最良の場所だそうです。 当局又は設計者は、このトイレを利用する香港の人たちが、「中国返還(祖国復帰)後」も金儲けできる方法について、歴史をふり返ることにより、自信を持って更に発展して欲しい。と、願ったのでしょうか。 広い公園でやっと見付けたトイレ、その入り口の結界を一目みて、何じゃこれ? 陶然と用を済ませて出た時は、結界の篆刻文字のことはスッカリ忘れていました。 二回目か三回めに利用したあと、ふと入る時のことを思い出して、撮影していたことも忘れていました。 中のトイレはオールステンレスで、絶えず排水され一応清潔ですが、
男性用はかなり臭うのが惜しまれます。(^^♪ |
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縁起の良い言葉、行事の協賛団体名、看板制作会社名が大書されています。 お釈迦さまの誕生を祝うだけでなく、長州という島の民間行事と、譚公という神さまのお祭りと合同して華やかな香港の春を演出しようというもののようです。 骨組みは全て竹でつくられています。 派手な看板ですが、伝統行事にはよく使われています。 環境保護の面から見れば、後始末にも最良の材料だといえます。 二段目の写真は中国内地からの小人数観光客、紅い提灯の下にぶら下がっているのは、 祈願札。沢山のボランティアが配っていました。ヒョウタン型の見開きのカードに、 個人の祈願内容を書き、自分で又はボランティアの人たちに吊り下げてもらっていました。 下段の写真は、装飾性の「伝統」と「モダン」の共演、、、?
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お釈迦様の誕生日でした。 この写真は4月20日頃、セントラルの長州、坪島フェリーで撮影したものです。 観光こそが香港の将来の本命とばかり、大変な飾りようです。 街に引き出されたお釈迦様には、大変ご苦労様です。 きっと初めての体験なのでしょうか、少女が水かけの動作だけをして去ろうとしたところ、 祖母らしい人から、 『お願いごとせなアカンやん!』と言われ、手を合わせていました。 六角堂に安座しておられるお釈迦様は、 あまりにも多くの善男信女の願いをお聴き下さっているためか、 まだお祭り当日のずっと前なのに、いささかお疲れの表情でした。
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