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★今朝街頭で無料新聞を配っていました。その新聞の名称は「頭條新聞(トップニュース)」。
10歳の子供が親に罰せられ、トランクに詰め込まれて一夜を明かし、酸素不足で重体、命を取りとめても脳に障害、痴呆のおそれガあると報じられていました。
★バレンタインデーに耳にした「彼女」の身に起こった話:
ワタシは生まれついてこのかた言葉が話せません。
母の乳房を離れる前に、ワタシは子供をつくらない夫婦にひき取られました。
お養父さん、お養母さんは、ワタシをとっても可愛がってくれました。
夫婦で美容院を経営していますが、実力と商売上手では、お養母さんが実権を握っています。
お客様の評判もよくて、ワタシも一人一人の顔を覚え、お養父母さんのお手伝いをしていました。
といっても、声ではおもてなしが出来ませんから、ワタシの魅力を精一杯ふりまきました。
いろんな方に買ってもらったオモチャの数は、数え切れ無いくらい。
お客様が買って来てくれるアイスクリームを、冷房の一番よくきいている場所に陣取って、
コーンもクリームも、そして香りまでも、ぜーんぶ頂きました。
いつもその方は、小さなビニール袋から、お菓子を取り出し、ワタシにくれました。
ある雨の日、その方が入ってこられた時、すぐにあのビニール袋が目につきました。
ワタシはその方が、袋から出して下さるのが待ちきれなくて、勝手にその袋を持っていきました。
まだおなかが空いている訳ではなかったので、宝物置き場にそっと隠しておきました。
その方が帰る時に、落ち着かない様子の目で、あちこち何かを探しておられました。
ワタシも何を探してらっしゃるのだろうと、一所懸命その方の目から読み取ろうと
努力したのです。でも、その方の目はワタシよりも素早く探し当てられました。
もう!って、笑いながら、ワタシの宝物の置き場から、あの袋を取り出されたのです。
今度買って来てあげるからねとやさしい声でおっしゃいました。
ワタシがお菓子が入っている袋だと思ったのは、折り畳みの傘だったのです。
でも、あの方は、いつもおんなじ色の袋からお菓子を出してくれたので、
てっきりプレゼントに違いないと思い込んで、ドジ踏んでしまいました。
ある時、お養父母さんの都合で、ワタシはしばらく親戚に預けられることになりました。
ワタシは一人娘としてとても可愛がられ、何不自由無く楽しく過ごして来ましたが、
その親戚の家は、兄弟げんかの絶えない、とっても不衛生な環境でした。
いつ迎えに来て下さるのだろうと、お養父母さんの乗っているのと同じ車が家の前に止まると
真っ先に駆け出していったのですが、いつも人違いでした。
早くお家に帰りたい。環境が全く違ううえに、アニキや姐御の粗雑な態度が堪らなく怖かったのです。
お姫様がいきなり荒野に置いてけぼりにされたような、とても悲しい淋しい毎日でした。
お養母さ〜んと心の中で大声出して泣きました。
あの方のビニール袋から出される美味しいプレゼントを思い出しました。
そして、しくしく泣いて、なきしぐれました。
でも一月に一回はお養母さんが会いに来て下さいました。
でも、何かしら疲れ切っているような表情を見て、ワタシは今自分がとても辛いことを
正直に伝える事ができませんでした。お養母さんは、また来るからねといって帰られる
その車の後ろ姿を、目に涙いっぱい浮かべ、いつまでもいつまでも見送っていました。
またいつかお養母さんと一緒に暮せることを堅く信じて。
以心伝心と言うのでしょうか、いつも兄弟たちから一目置かれている大兄貴が、
優しい態度でワタシに近づいて来たのです。
ワタシもてっきり、彼が本心で慰めようとしてくれているのだと思い込みました。
ところがワタシに近づいた彼が豹変して、いきなり後ろからワタシを動けなくして、
ワタシのからだにグイグイと押しつけて来るのです。
必死になって逃げようともがき、大声をいっぱいあげましたが、
遠くのお養母さんに聞こえるわけもなく、周りの誰も助けてくれようとはしません。
ワタシも思春期に近づいているので、おおよそは察しましたが、こんな不衛生な所で、
こんな汚い奴に身を汚されようとは思いもよりませんでした。
それはいまだに想像もしたことのない、長いナガ〜イ悪夢でした。
いえ、夢ではなかったのです。しばらくして、ワタシの身体の状態がいつもの様子では
なくなってきたことに誰もが気づきました。
ワタシの身体に、あたらしいのちが芽生えたのです。
でも、それが何を意味するのか、ワタシには理解できませんでした。
だんだん身体が重たくなって、歩くのさえ辛くなって来ました。
ワタシはますますお養母さんのところに帰りたくて、おいおい泣き暮らす毎日でした。
お養母さんと離れて何ヶ月が経ったのでしょうか、再びワタシの悪夢が始まりました。
六つ子が体内にいたのです。生まれて来たのは5つのいのち。
一つがむずかって、どうしても出て来ません。
ワタシは苦しくて、今にも死ぬのかとさえ感じました。
お養母さんの親戚が、お医者のところへ運んでくれたのですが、すぐに大手術。
おなかの子供と、ワタシの子宮も一緒に取り除いてしったのです。
生まれた五つ子の姿はとても可愛く、
お養母さんや、お店に来るお客さんが買ってくれたオモチャを思い出しました。
手でちょっと触れると動くんです。よちよちと歩く姿が珍しくて、転がしていました。
まもなく五つ子は、みんな動かなくなって、冷たくなってしまいました。
知らせを受けて、懐かしいお養母さんが来てくれました。
うれしさのあまり飛び付きました。
お養母さんが悲しそうな眼差しでワタシを見つめるのです。そして、小さい声で言いました。
ごめんね、おまえに、女としてのあり方を教えて上げられずに、親戚に預けてしまって、、、
生まれて直に引き取ったから、なんにも知らずに大きくなって、
人の世界では、ワタシがしたことは殺人罪になるんですって!
でもワタシ、何も知らなかったんです。赤ちゃんにお乳を含ませ、
毎日体中を舐めて上げなければいけない、口に咥えて振り回したり、転がしちゃいけないことを。
子供が死んじゃったのは、なにも知らずに大きくなったお前のセイじゃない、
ワタシも子供は生めないけれど、、、といって涙ぐみました。
そうなんです,今までとすっかり雰囲気が違うのは、お養母さんがげっそり痩せこけているのです。
お養母さんがリコンしたこと、ずっと前に子供を産まない手術をしていたことを知りました。
ワタシたちは、同病相憐れむ間柄になったのです。
いままでお養父さん、お養母さんは休み無く働き、近所の人たちからは仲良しで、よく頑張る夫婦との評判が高かったのです。ところが数年たって、お養母さんとその夫との間に騒動が持ち上がったのです。それは夫が妻のすきを見付けては、何度も賭博をして負債をつくり、いつも妻が後始末することから次第に深刻になっていきました。けれどもワタシは、生来そなわっていた「感」と愛敬をいかし、二人の心の交流のバイパス役に成りきりました。
でも、お養父さんが、ふとしたきっかけで、サウナで知り合った女性のトリコになってしまいました。そしてお養母さんの目を盗んで家を借り、そこにサウナの女性を住まわせていたことが発覚して、夫婦の間にどうしようもない亀裂がうまれたのです。擦った揉んだの末、とうとう離婚することになってしまったのです。お養母さんは言いました。これからは、いつもおまえと一緒に暮そうね、、、
ワタシを親戚に預けたお養父さん、お養母さんを少しも恨んでいません。
でも、あの野卑な、ごろつきのようなアニキや姐御は今も好きになれません。
親戚の人も信用できません。長い間一緒に暮したけれど、お養父さんは、おバカさんだったと思います。
再び懐かしいお養母さんのお店に住むようになったのですが、この数ヶ月間に受けた大きな打撃が、
いまも、お店のお客様に、とくにあの方にさえも、ちゃんとご挨拶できないのが、
心苦しくて堪りません。もう少し時間を下さいネ。
お養母さんも気を取り直して、お店を頑張っていますが、前のように元気ではありません。
いまは、お養母さんから一歩も離れずにいることが、互いに最高の安心なのです。
追伸:
ワタシの体験から、幸せに過ごすには、互いの信頼関係のなかで、いろんな世代との交流が欠かせないこと、そして生まれ育った環境が一生を左右することになることを、ご理解頂きたいと願ってこのブログを書いて頂きました。作者はバウリンガルをお持ちでないので、あるいはワタシの気持ちが十分に表現できていないかも知れませんが、お読み下さった方にはご理解頂けると信じています。どうぞ、あなたが、ご家族ともに、ますます健康で、幸せでいられることをお祈り致します。
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