tomの自分史

備忘録として利用させて頂きます。

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写真上は荒尾市月田区の我が家付近から第1中学校を望む。昭和29年(1954年)2月撮影、ボイラー工場の煙突が目立つ。
写真下は二造荒尾の今昔図(出典:二造会記念誌)
二造荒尾は1938年(昭和13年)測量開始から1945年終戦までの数年間、多くの人的・物的エネルギーが投入されました。来る総力戦に備えて、当時の最新鋭の火薬工場が建設されました。隣の大牟田市には
石炭化学コンビナートが構築されており、原料調達に適した立地であったと思います。
20世紀、世界の列強と競った証として、貴重な歴史遺産として、記録を後世に残すべきと考えます。
私自身、二造荒尾の縁で、小・中・高校と荒尾で過ごしました。終戦後の極貧時代を経て、大学に行けたのは父が火薬工場に再就職できたお陰です。

1942年4月
大分県北海部郡坂ノ市国民学校へ入学。
翌年、熊本県荒尾第一国民学校へ転入。
父の代からの転勤生活は以後引継がれる。

父が勤務していた第二造兵廠荒尾製造所についての断片的な記憶
・現在の荒尾高校、荒尾市民病院がある周辺の広大な敷地
・月田区周辺の広大な官舎群(荒尾と大分坂の市の官舎は同じ造りであった。)
・現在の荒尾第一中学校は、造兵廠の技能者養成所があった。高い煙突つきの
 ボイラー工場が併設され、大きな厨房設備があった。
 戦後、数棟の建物を移動配列して、荒尾一中の校舎に利用された。
・1943年3月坂の市から荒尾の官舎に転居。転居日の夕食は技能者養成所から届け
 られた。バケツのような容器と旨い味が記憶にある。
・造兵廠から有明海までの4Kmに陶磁器製の2本の排水溝が設置され、有明海出口
 には巨大なプール2個があった。廃水は硝酸系の強酸で、悪水と呼ばれていた。
 子供のころ、有明海で泳ぐ際には、この排水口からの黄色い悪水には触れないよ
 うに気を使った。→この時代に、公害対策を講じた関係者に敬意(生石灰で中和)
・終戦後、父の職場に入ることができた。当時、各工場間は舗装され、電動車で貨物 の運搬は行われていた。私は大人のまねをして、後方の連結車に飛び乗り、転げ
 怪我をした。
・私の父は工務掛機械に所属していた。自宅で、からす口を使って製図していた姿
 が思い出されます。機械屋だったので、火薬のことは語らなかったのでしょう。  (二造集合写真にいます。)
・二造の正門には、剣付き鉄砲を携えた護衛兵がおり、物々しい雰囲気であった。
・当時、自動車は殆どなく、官舎から荒尾駅まで駅馬車があったのが、印象に残る。
・荒尾駅から二造まで引込線があり、電車(当時、だるま電車と称されていた。)が
 貨車を牽引していた。戦後、市電となり、時々通学で利用した。
・尾形山には、高射砲陣地があった。一中時代の農業実習の想い出での場所でも
 ある。
 二造は工場が分散配置されていたためか、空襲の被害は殆ど無かったようである。
 戦後、機械類は占領軍へ賠償供出された。
・終戦後の食糧難の時代、有明海の海の幸に助けられた。干潮時に貝類は豊富に得ら
 れた。また、造兵廠の有明門近くの共栄会炊事場で、父が一時パン屋さんをして
 いたことが想い出される。

・ここで製造されていた火薬は何でしたのでしょうか。
 (黄色薬と茶褐薬は直ぐ分かりましたが、白色薬は分からず雑誌などに質問する
  など難問でした。2012.9月に三池カルタ歴史資料館の荒尾二造展でこれを発見
  し、嬉しかったです。また、TNTのプロセスフローシートや配置図も見られ、
  ほぼ全貌を把握することができました。当時の科学技術レベルの高さに感心
  させられました。)  
 火薬には発射薬・推進薬(薬莢)と爆薬・炸薬(砲弾)がありますが、ここでは
 後者を作っていたようです。日ロ戦争で活躍した下瀬火薬、即ちピクリン酸が
 黄色薬と思います。
 原料は石炭酸やクロルベンゼンで、これを混酸(硝酸と硫酸)でニトロ化します。
 石炭酸やクロルベンゼン + 混酸 → トリニトロフェノール(ピクリン酸)
 茶褐薬はTNT(トリニトロトルエン)でしょう。
  トルエン + 混酸 → トリニトロトルエン(TNT)
 では、白色薬は何でしょうか。
<工場配置図から茗亜薬とあります。これはテトリル(トリニトロフェニチル
  ニトロアミン、テトラニトロメチルアニリン)です。補助装薬(Boosters)
として使われました。>

・二造会記念誌から工場を整理してみます。
第1工場
黄色薬工場(トリニトロフェノール、ピクリン酸) 2棟 
シダ室
(石炭酸を先ず硫酸で2,4-ジスルホン酸とし、次いで硝酸でニトロ化して
 トリニトロフェノールを製造)
クロベン室
(クロルベンゼンを混酸でニトロ化し2,4-ジニトロ化物をつくり、
 苛性処理してジニトロフェノールをつくり、更に混酸でニトロ化し
 トリニトロフェノールを製造)

茶褐薬工場(トリニトロトルエン、TNT) 2棟 
 トルエンを混酸でニトロ化してトリニトロトルエンを製造
(バッチ式2段ニトロ化、TNTは最終的には水洗だけて、精製されて
 いないので不純物が若干残っていたものと思われる。)

白色薬工場 1棟 (テトリル)
 (ジメチルアニリンを混酸でニトロ化してテトリルを製造)

第2工場
    (炸薬型成)第1工場からのトリニトロフェノール(ピクリン酸)、
     トリニトロトルエン(TNT)、テトリルを爆弾用に型成

 黄色薬は最盛期(昭和19年)に全国生産量の約3割、茶褐薬も約2割、
 合計生産量の最大は300トン/月
 原料は大牟田の三井染料から供給されたようです。(当時、原料は石炭系で、
 石炭酸やベンゼン・トルエンは八幡製鉄所からも供給されたものと思われる。
 後年、私の職場 でもありました。)
<当時の原料製法>
 石炭をコークス炉で乾留(蒸し焼き)すると、軽油とコールタールが副生します。
 軽油の主成分はベンゼン、トルエン、キシレンです。蒸留で簡単に分けられます。
 ベンゼンを塩素化してクロルベンゼンが得られます。
 コールタールを蒸留すると、カルボル油が得られます。これを苛性ソーダで抽出
 して石炭酸(フェノール)を得ます。フェノールは凝固点が約40℃なので、
 取り扱う際には加熱が必要です。
 <混酸>
 濃硫酸と濃硝酸の3:1の混合物。アンモニアを空気酸化して生じるNO2を硫酸に
 吸収させて作る。荒尾ニ造では硫酸と硝酸を別々に受入れていたようである。

 また、製品の爆薬は小倉造兵廠に送られたものと思われます。
  http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/40698147.html
 立地が荒尾に決められた訳がうなずけます。
 これは坂の市造兵廠と近くの住友化学との関係も同じと思われます。
 よく事故を起こさなかったと思います。管理が行き届いていたのでしょう。
 (私は化学屋ですが、ニトロ化反応はフラスコ実験では怖くて出来ません。工業
 的には厳密に温度制御された連続プロセスにより合成できるものと思われます。
 近代的な爆薬工場である中国化薬蠅任睚神8年にTNTの精製工程で爆発事故を
起こしている。)
 終戦直後、筑豊で起きた火薬庫の爆発事故はすさまじかったようです。
  http://blogs.yahoo.co.jp/naomoe3/52811517.html

 沿革
 1938 測量開始
 1939 5ヶ年計画の工場建設着工
 1940 月田の丘陵切り通し工事、国鉄市尾ガード工事、官舎建築
 1941 本事務所完成
 1942 万田駅〜二造間の専用鉄道開通
 1942 第1工場(黄色薬工場、茶褐薬工場、白色薬工場)、第2工場(炸薬型成)
    完成、操業
 1945 8/15 終戦

 土地 947,415坪  建物 523棟(23,500坪) 最盛期には数千人が働いていた
 ようである。

東京第2陸軍造兵廠 は11の製造所と一つの研究所から成っていた。この内、父が所属した所○
坂市製造所(火薬) ○ 発射薬を作っていた。大分県
宇治製造所(火薬) ○           京都
荒尾製造所(火薬) ○           熊本県
岩鼻製造所(火薬)
曽根製造所(火薬)
多摩製造所(火薬)
深谷製造所(火薬)
忠海製造所(火薬)
香里製造所(火薬)
板橋製造所(火薬) ○
櫛挽製造所(火薬)
東京第2造兵廠研究所

 参考資料
 ・二造会記念誌
・熊本の戦争遺跡
 ・「近代化遺産 荒尾二造変電所等の重要性について」近代化遺産 荒尾二造
  変電所等の利用を考える市民の会
・三池カルタ歴史資料館で平成24年に開催された荒尾ニ造展から火薬製造の
  新たな知見を得た。
 ・向陽台通信 http://www.koyodai.org/article/mytown/wagamati26.html
  二造荒尾の兄弟造兵廠と思われる二造多摩の記録。造兵廠設立の歴史的背景や
  戦時中の記録

 今後も、調査補充していきたいと思います。

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荒尾二造は軍の施設であったため、その情報は機密でありました。私も二造のことが知りたくて、資料を集めようとしましたが大変難しく、その意味では、機密は見事に保たれていると思いました。唯、ぼんやりと残っている遺構を眺めるばかりでした。
二造で働いていた人たちが、二造会という集まりをされていて、第3回の会合で記念誌を発行されています。その方々の記憶を綴ったこの記念誌は貴重な歴史資料であります。
以下にアップしますが、執筆された方の個人名が載っていますので、期間限定とさせていただきます。暫くしましたらリンク切れとなりますので、ファイルをダウンロードされておいて下さい。
http://2nd.geocities.jp/bougakuan2/nizou.htm
(続く) 削除

2009/6/11(木) 午後 11:39 [ つじ ] 返信する

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(続き)
13頁の機構図に「有馬技手」と書かれています。この方が有馬さんのご尊父様でしょうか。
有馬さんが書かれております排水溝やプールの話もあります。小生は化学には詳しくはありませんが、黄色薬や黒褐薬、白色薬、クロールニトロベンゼンなどという火薬と思しき言葉が出てきます。
荒尾の北部は炭鉱を中心として形成されたまちでありますが、中央部は陸軍によって整備されました。今もその基盤が使われていますが、二造のことはそれほど知られていません。
有馬さんのご記憶も荒尾のまちの歴史の貴重な記録であります。よろしければ、その時代のお話をお聞かせいただければ幸いに存じます。 削除

2009/6/11(木) 午後 11:41 [ つじ ] 返信する

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つじ様、貴重な情報誠に有難うございました。二造の輪郭が大分クリアになって来ました。火薬の種類は思い違いしていました。
二造は全国に分散されていますが、各々の役割も知りたいと思います。

2009/6/12(金) 午後 9:57 [ tom ] 返信する

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有馬さま、お邪魔致します。私は大牟田の近代化遺産の周知にいくらかでも寄与できればとHPを立ち上げましたが、荒尾二造については、ほとんどその知見に接することなく、今日まで過ごしてきました。有馬さまにきっかけを作っていただき、つじさまのデータを拝見して物凄いものが築かれていたのを改めて知りました。これまでも少しだけ、二造の遺構には接しましたが、ある程度本腰を入れて見学に回ろうかという気持ちになりました。これからもいろいろご教示ください。よろしくお願いします。 削除

2009/6/14(日) 午前 7:24 [ 山田元樹 ] 返信する

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二造がこのような高性能爆薬を作っていたとは知りませんでした。当時としては、世界最高の技術水準であったと思います。日露戦争を勝利に導いた下瀬火薬の伝統が引き継がれていたのでしょう。 削除

2009/6/18(木) 午前 9:43 [ tom ] 返信する

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二造の製造所は、岩鼻(群馬)、深谷(埼玉)、多摩(東京)、板橋(東京)、宇治(京都)、香里(京都)、忠海(広島)、曽根(福岡)、荒尾(熊本)、坂ノ市(大分)にありました。製造所所属の工場、倉庫はさらに分散されていたようです。
各製造所の詳細については、ネットで調べてもなかなか出てきません。しかし、断片的な情報(作業でカナリヤのような黄色い姿・・・、小銃用の発射薬・・・、ダイナマイトの製造等々)をつなぎ合わせると、製造されていた火薬は、二造荒尾と同じく、基本は炸薬、発射薬(ピクリン酸、TNT、白色薬はニトロセルロースか?)と推測されます。毒ガス島として有名な大久野島の忠海製造所では、イペリット、ホスゲン、塩化アセトフェノン、ジフェニルアルシン酸といった化学兵器、風船爆弾が製造されていました。曽根も忠海のガスを運び込み、小倉造兵廠(東京二造とは別組織)で製造された砲弾に詰め込んでいた模様です。 削除

2009/6/19(金) 午後 10:41 [ つじ ] 返信する

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ペンスリットとTNTの混合物はゼロ戦の有名なエリコン20mm機関砲弾用炸薬として使われていたそうです。

2009/6/20(土) 午後 8:03 [ tom ] 返信する

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二造会の記録にある関さんと中岡さんのご子息と同期でした。関さんご家族は満州に渡り、戦後の帰国では大変苦労されたとお聞きしています。中岡さんの武士道発揮のお話も聞いておりました。・・・・

2009/7/14(火) 午後 4:01 [ tom ] 返信する

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二造荒尾と兄弟の造兵廠を見つけました。東京第二陸軍造兵廠多摩製造所です。向陽台通信に詳しく紹介されています。
http://www.koyodai.org/article/mytown/wagamati26.html
本部事務所の写真もそっくりです。黄色薬と茶褐薬も同じです。多摩が少し先輩で、荒尾はより進歩した作りになっていたと思われます。非常に参考になる資料が得られ嬉しく思います。

2009/7/23(木) 午後 10:19 [ tom ] 返信する

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YSK蠅亮匯砲WEBで見ると、70年前にピクリン酸とジニトロジフェニルアミンの量産体制を確立した苦労話を知ることができます。二造と同時代で参考になります。

2009/10/2(金) 午後 4:10 [ tom ] 返信する

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