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とうとう、“T・K・O”が、東京に来たらしい。
芸歴では僕(よゐこ)の半年後輩なので、17年目に突入してる筈だ。
若手を装った中堅ジェダイのコンビや。
大阪が好きなんかなぁ。と、思うくらい、
東京にくるタイミングは、僕から見てても何回かあった。
MXテレビで、レギュラーがあった頃、
フジテレビで深夜にチョコチョコ呼ばれてた頃、
オンエアバトルの頃、
と、上げればキリがないので、
ごく最近で言えば、“内P”をやっていた頃。
この頃は、番組内で、少し“T・K・O”は、ハマっていたらしい。
出演者皆が、“よゐこ”より先輩の芸人が、松竹芸能から出て来た。っと、思ってた所、
実は後輩だと言うのが、発覚し、
「何でそんなにどっしりアニキ肌なのか?」って、話題になったんですよ。
という話を、呑み屋でたまたまあった、“内Pスタッフ”に聞かれたので、答えた。
「僕らは、元々体育会系じゃないから、先輩後輩の付き合い方ってのが解らなかったんですね。
でも、運よく、東京でウッチャンナンチャンさんや、色んな先輩と、絡ましてもらってて、
縦社会ってのが解ったんですが、後輩キャラってのだけが、自分らの中で定着しちゃったんです。
だから、後輩に慕われる、って意味が解らず、拒否してたから、
大阪で“ヤンタン”ってラジオやらしてもらってた時期も後輩って、誰も来なかったですし、
その分、殆どの後輩は、“T・K・O”に付いてったんですよね。」
ウソである。
その頃、僕より先輩は沢山居るし、大阪には“ますだおかだ”も居ったし、
年に四回も新人は、入って来る。可愛がる先輩も、コロコロ変わる。
でも、スタッフは、
「へ〜、そうなんですか。僕、彼ら、何か好きなんですよね〜。」
っと、言ってくれてたので、一人で楽しく呑みに来てた僕は、楽しみを一つ見つけた、と思い、
更に続けた。
僕 「それにねぇ〜、あいつらはね、写らない所で色んな仕事してるんですよ。」
スタッフ「へ〜、どんな事してきたんですか?」
よっしゃ、食いついた!キャッチ!!
僕 「“安田大サーカス”居るじゃないですか、
元々は、“安田と竹内”って漫才コンビ組んでたのが、解散したんですね、
その頃“安田”としょっちゅう遊んでた先輩が
安田を、“ビックリドンキー”に呼び出して、
『おい安田、お前今日からコイツらと、グループ組め。』
って言った先に居ったのが、
“HIRO”と“クロちゃん”なんですよ、
その、呼び出した先輩ってのが、
木下 なんですよ。」
スタッフ「え〜!ホントですか?」
ウソである。
くっ付けたのは、大阪のマネージャーや。
僕 「そんな、三人を、見て、
『何やお前ら、サーカス団みたいやな、お前らのグループ名は、
“安田サーカス団”、いや、
“安田大サーカス”や!』
って、言うたのが、相方の、木本なんですよ。」
スタッフ「それ、メチャクチャ凄い話じゃ、ないですか?」
ウソである。
名前を付けたのは、“ますだおかだ”の、岡田や。
僕 「他にも、ありますよー。“ろくでなしブルース”描いてた“森田まさよし”
って漫画家サンが、今、ジャンプで、“べしゃり暮らし”って、
漫才師の話描いてるじゃないですか。あれの元になってるんかわからんですけど、
漫才師のコンビの片方が、目の病気になる話を描いたんですね、
それは、「舞台上で、アイコンタクトを、取る事って、実はよくあるんです。」
ってヒントから、その漫才師の話をヤンジャンで二回読み切りで描いたんです。
そん時に、取材をされて、そのヒント出したのが、
“T・K・O”なんですわ。でも、無名すぎるってので、
“取材協力 松竹芸能” に、なったんです。」
スタッフ「くぁ〜、 凄いなぁ。もっと応援したくなりましたよ。」
ホントである。
そんな、
面白い二人やのに、表に出るチャンスを掴めない、というか、運がない、というか……。
どっちかは、この噺聞いて皆が、決めてみ。
どっちが、どっちかは、いいませんが、
ココ一番の、大きな仕事が入って、東京に来る日に、
事故を起こして、来れなくなる芸人。
と、
ココ一番の、大きな仕事の、当日に限って、高熱を出す芸人。
文頭で、「とうとう、“T・K・O”が、東京に来たらしい。」
っと、“らしい”と付けたのは、木下から、
「ちなみに、6月1日から東京に住む事になりました。」
って、メールが入ってたからや。
勿論、確認の、返信は、まだうってない。
ホントである。
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