今日は天皇陛下82歳の誕生日だそうです。(Happy birthday Akihito〜♪)
それに合わせて、先日行われた記者会見でのお言葉が新聞に掲載されました。
その中で、前の戦争で軍人以外にも徴用された民間船員の犠牲者が多くいたことについて言及されていました。
以下、その部分を引用します。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。私も小さい時、船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが、それらの船は、病院船として残った氷川丸以外は、ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思い、供花しました。』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
先日、所用で神戸元町に行った際、「非核『神戸方式』の碑」を見に行ったのですが、そのすぐ近くに、「戦没した船と海員の資料館」という建物がありました。
開館時間が平日日中なので中は見れませんでしたが、これがまさに、今日の天皇陛下のお言葉にあった、犠牲となった「民間の船の船員」のことなのです。
日中・太平洋戦争では、海外から物資を運ぶ目的や、兵員・武器などの輸送に多くの民間船が徴用されました。戦争末期には日本は制空権を失い、主要な港には夥しい数の機雷が投下され、船舶の航行に大きな危険が伴うのが常態化しました。
そんな中、民間船の犠牲も増えていき、「(財)戦没船員の碑建立会」の調査では6万人以上の民間船員が命を落としたそうです。
敗戦後、日本は平和憲法の下で国土が戦場となることなく70年が過ぎようとしています。
が、その間にも、朝鮮戦争、ベトナム戦争では日本は米国の前線基地として実質機能しました。
そこでも民間人が犠牲になった事実があります。
去年の8月4日 毎日新聞に、『ベトナム戦争 日本人1000人以上戦地へ 米軍に雇われ』という特集記事が掲載され、波紋を呼びました。千人を超える日本の民間人が、物資輸送などの業務で米軍に雇われてベトナムに行き、死傷者も出たというものです。
しかし、それ以上のことが朝鮮戦争当時行われ、その事実が闇に葬られようとしているのです。
当時米軍によって門司港に物資の集積拠点が置かれ、日本の民間輸送船や戦車揚陸艦が多数徴用されました。
文字通り兵站任務に当たった日本人の実態は、軍事機密として日本に資料がなく全体像が不明ですが、開戦から数ヶ月で徴用された民間輸送船が69隻という説もあり、戦争期間中では相当数の徴用があったことがうかがわれます。
日本中から港湾関係者が大勢徴用され、国内での集荷・積み出し、現地での荷揚げ・検品・発送作業に当たった他、約2千人の揚陸艦搭乗員が、「仁川上陸作戦」「元山上陸作戦」「興南港海上撤退作戦」などの実質的な戦闘を伴う軍事行動にも補助部隊として参加したそうです。
これらのことに関して政府は、
「会社とGHQとの契約に基づく行為であり、政府は全く関与していない」
(昭和25年7月31日 衆議院運輸委員会議事録第9号 運輸政務次官 関谷勝利の発言)
との立場を示しています。
近年では、日本の陸自が参加している南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)の中で、2013年12月に政府軍と反政府軍の衝突が首都ジュバで勃発し、自衛隊部隊の交代にともなう荷物や人員の輸送などを請負っている日通社員など約10人がこれに巻き込まれ、数日間ホテルなどに足止めされて何とか無事に隣国に脱出できた、という事件も起こっています。
今年の安保法制(戦争法案)審議の中で開示された、陸自の内部文書「イラク復興支援活動行動史」に、「総輸送力の99%を民間輸送力に依存」と明記され、隊員の移動・交代、物資の輸送・兵站任務のほとんどを民間の運輸会社に委託している実態があらためて明らかになりました。
安全保障関連法(戦争法)が可決(?)され、今後自衛隊員の海外でのリスクが増えるのと同時に、民間委託業者のリスクも増えることが予想されます。
天皇陛下が誕生日にあたって述べられた「民間人の犠牲」についての議論を、置き去りにはできない時にきていると感じます。