日々に想う

俗世で考える「葦」であり、また、日本人でありたい。

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意地悪

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 私には小父や小母が5人程居ました。伯父が1人で、後は女性群5の姉妹です。
 私はこの伯父が苦手で、年端も行かない頃から母の実家へ行くと、挨拶の仕方がどうの、食事での姿勢が悪いとか、ご飯粒がまだ茶碗に付いているとかまで、実にまめにご指導をなさる人だったのです。子供の心には大切な教育なんて分かる由もなく、ただの意地悪で恐い”おじさん”の印象しかありません。
 でも、時々その実家に連れてけと母に強請ったこともありました。何故なら、この伯父は何時も帰り際に必ず「何か好きなもので買って貰いなさい」とお小遣いくれるのでした。

 叔母の中にも、一人あまり好きになれない人が居ました。私の心には、本当に意地悪な人でした。
 何故かと言えば、この叔母はよく我が家へ遊びにやって来ました。明るく朗らかな人で、母とも気が合った姉妹だったのでしょう。
 この叔母が会話の途中で、何時も必ず私に聞くのが「お父さんとお母さんとどっちが好き」のセリフでした。この一言が私には意地悪のなのです。
 今の子供なら、さりげなく「二人とも普通」ぐらいに誤魔化す能力は備えているのでしょうが、昭和10年代の子には、まだそこまで処世術の進歩は無かったのでした。
 私は父も母も甲乙つけがたく思っていました。そこへ黒白付けろとは惨い事です。
 子供によっては「両方」とか「お父さん」や「お母さん」と素直に答えるものでしょうが、私の性格は片方に肩を持つのが悪い事のように思えていたのです。今でもその本質は不変なようにも思います。
 しかしそんな叔母も、私の気持ちの半分は家に来ることを楽しみに待っていたのです。何故なら、帰り際に「何か買って貰らいなさい」とお小遣いを置いて行ってくれるのです。
 当時、世は軍国主義真っ只中だったのに、ガキのくせして私は資本主義者の卵だったみたいです。
 決してお金が欲しい訳ではなかったのです。その額が50銭だか1円だったのか、それも見当が付きませんし、それで何を買ったとか、貯めたとか一切ないのでした。恐らく母が我が物にしていたのでしょう。
 ただ貰うということが嬉しかったのでした。


 毎年12月末に妹夫婦とその息子夫婦、それに子供が揃って我が家へ挨拶に来てくれるのが恒例になっています。
 2年前のその日、大人の会話の途中にその子が
 「あのさー、普通の家じゃあ、お正月が近いと、四角い小さな封筒に入れたものをよく子供にあげるけど、おじいちゃんの家は無いの?」
実にさり気無くあどけない、しかも強烈な一言でした。
 そうです。私も家内も”お年玉”と言うものを全く忘却の彼方へ置いて来ていたのです。随分上げる子供も居なかったせいでしょう。
 この子は赤ん坊から見慣れていて、まさか小学1年になったなんて全く気にも留めていませんでした。
 自分の子供時代が急に思い出され、あの頃の自分の心もあらためて理解させられました。
 昨年からは12月25日には私も家内もポチ袋を用意し、待機しております。
 その子は今年はゲームのソフトを買うんだと、嬉しそうに言っておりました。

 「お金お金」では困りますが、子供の頃からある程度の経済感覚は、今の世の中では必要な事かも知れないとつくづく思うようになりました。

 ”棚からぼた餅”を待った昔の子に対して、積極的に攻める現代っ子。
  時代と共に大人も子供も進化するものですね。これから先どうなるのか、
   興味津々な年寄りの独り言でした。



閉じる コメント(5)

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> かっちんさん
有難うございます。確かに母方には親類が多く賑やかな一族でした。
私はほとんど1人子で、近所の子と比べ寂しい子供時代でした。
でも、親類が多いほど色々と問題も多く、母は苦労していた事柄がよくありました。人って、何が本当に幸せなのか、難しいですね。
かつみさんのお父様も立派な方でしたね。娘を育てるって、男にとっては大変なことだと思います。
これからは術後のお身体を労わりながら、元気に過ごして下さい。
私も心臓病の悪化が歳と共に早くなっています。でも生ある内は少しでも楽しく過ごそうと思っています。

2018/1/25(木) 午後 5:23 [ ariyja ]

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なるほどです。私の家は、親兄弟が居ない家で、従って、そういうお年玉も貰った記憶がないのです。親からは貰ってましたが、ですから、そういう想い出が希薄なのです。でも、お金に関することは、やはり、記憶は以外に鮮明かもしれませんね。楽しいお話で、ありがとうございました。寒さ厳しき折、どうかお大事にお願い申し上げます。

2018/1/25(木) 午後 6:01 大介

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> 大介さん
有難うございます。
私が子供の時期は小父、小母のが多く従兄弟も沢山いました。それで親戚付き合い上そんな習慣が多くなったのでしょう。その従兄弟達も今日では皆年金生活者で、お年玉どころでは無くなったようです。貰った昔をただ懐かしむだけですね。

2018/1/26(金) 午後 6:03 [ ariyja ]

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こんばんは。
時々笑いながら読ませて頂きました。
昔はみんな貧しかったので、何か貰うと嬉しかったですね(^^♪

もうすぐ節分ですね。それで思い出しましたが、節分の夜は町内の子供が集まって裕福なお宅に豆まきのお菓子を拾いに行き、袋いっぱいに詰まったお菓子を嬉し気に持ち帰ったものです。そんな習慣がありました。
今の子供はお菓子くらいでは喜ばないでしょうね。
「どっちが好き?」禁句ですね。

2018/1/26(金) 午後 9:18 [ 一葉(ひとは) ]

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> 一葉(ひとは)さん
有難うございます。今の人はこんな時代の事、想像できるかと思います。通学時に道端で焚火があり、みんなで一休みしたり、豆まきでも何か頂いたりと、昔は全て伸びやかでした。本当に今はお菓子なんて子供の釣り道具にもならなくなってしまいましたね。

2018/1/27(土) 午後 3:31 [ ariyja ]


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