|
私達はどちらかと言えば、子守歌には哀愁があると思うのではないでしょうか。
♪ ねんねん ころりよ おころりよ・・・・・・・・・ ♪ など、懐かしい子守歌が沢山ありますね。この歌は徳川の11代家斉時代の文献にはもう出て来る古い歌だそうです。この歌はのんびりした、如何にも子守歌の感じを持っていますが、中国地方の子守歌としてよく知られている♪ ねんねこしゃっさりまーせ、♪ この歌は「寝た子の可愛さ、起きてなく子の面憎さ」と少し荒っぽくなって来ます。
また教科書などにも入っている島原や熊本の五木の子守歌になると、もう子守歌よりは哀愁や苦しさや、大人たちへの恨み言葉が多くみられるのが面白い所です。
江戸時代は恐らく武士や大店では、雇人の乳母や専任の女中などが赤ん坊の世話をしたのでしょう。しかしその頃は農村や庶民社会の一般家庭では貧困者が多く、特に農家の貧富の差が激しく、貧農の男の子は労働力として使えますが、それに不向きな女子は10歳前後から”口減らし”として、中・豪農や多少裕福なお店へ子守っ子として、奉公に出されるのが多かったようです。
その子たちにとっては、辛い過酷な重労働だったに違いありません。
その結果、奉公の辛さを歌にして唄ったのが、これらの暗く重苦しく、悲しみさえある仕事歌が子守歌として今日まで歌い継がれて来たのだと思います。
ですから歌の内容に、「早く寝ないと人買いがやって来るぞ」、とか「あの人たちは良い着物や帯を締めている」と言った脅しや、妬みが歌詞となって残った。それが日本の子守歌の特徴でもあると思います。
何故か面白い事には、関東より北には、地元で歌われるものはあるでしょうが、あまり全国的に歌われるような特徴のある子守歌が、ほとんど無いと思うのです。
それに対して欧米諸国の子守歌には、静かで優しく、多くは直接母親が子供を寝かせるのに歌い聞かせるものがほとんどですね。
シューベルト・ブラームス・ジョスラン等々有名人の作品も、或いは民謡の中でも、ほとんど親が子に対する直接的な気持ちの詩が一般的なようです。
子守歌の根本的な発想の違いは、生活様式も全く異なり、また欧米では社会に根付いているキリスト教の聖母マリアの存在が欠かせないような気がしますが、さてどうなのでしょうか。
この明るさと暗さの違いは、今日に至る長い人の世の歴史の中で、それぞれの地方や国々の生い立ちや生活様式や環境、宗教など、様々な要因があるのでしょう。
子守歌の持つ特徴が面白く、思いついたのを機会に、もう少し考えを広げてみたいと思います。
|
全体表示
[ リスト ]



良いエッセーです。子守は、母親は仕事を持っているので、雇う能力があるところは、子守を雇い、そうでなければ兄弟姉妹に面倒を見させたでしょうね。昔は五歳までは神様とか言われたようですから、生存率もとても低かったと思いますから、今の時代には知らざる苦労があったようです。私も、昔のそう言うことには興味だけはあるので、こういう話は大好きなのです。
2018/2/27(火) 午後 5:07
> 大介さん
有難うございます。私の祖母から聞いた昔話の一部が、今頃になってふと思い出されます。そんな話と子守歌の詩を合わせると、時代の様子が想像できます。今とは比べようもありませんが、進歩することの良し悪しは中々難しいですね。
2018/2/28(水) 午後 10:12 [ ariyja ]
美智子皇后は日本の子守歌は歌詞も旋律も暗いので、お子様方には歌われなかった、と聞いたことがあります。
確かに昔の子守歌は切ないですね。小さな子どもの育ち方にも影響を及ぼすかもしれないなあと思いながらも、気づくとシューベルトの子守歌ではなく、哀しい日本の子守歌を歌っていました。
私自身は子守歌で育った記憶が全くありません。
2018/3/5(月) 午後 5:54 [ 一葉(ひとは) ]