地、歩ク。

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四精霊記2章シーン7

Scene7

「ちょっと待ってください! 私達は一般の市民です。武器を集めてどうこうなんて、そんな、恐ろしいこと……!」

 赤ん坊を抱いた女の精一杯の抗議を遮るように、黄師の分隊長が宣言する。

「これより、我が分隊がこの建物内を捜索する。全員、動くな!」

 分隊長と二人の兵を残し、全員が建物中に散る。
 部屋の中にいた一〇人ほどの市民は、動くななどと言われるまでもなく、事態への理解の遅れと向けられた槍の穂先への恐怖とで動けない。血の気の引いた青い顔で、成り行きに委せるしかなかった。
 捜索すること半刻ほど。
 市民たちの緊張は限界に近付きつつあった。
 そこへ一人の兵が飛込んで来て、一同、ゴクリと息を呑む。
 兵は乱れた息を極力隠しつつ、気をつけをして上官に報告した。

「通報の通り、武器が見つかりました! で、その武器なのですが……」

「どうした?」

 部下のただならぬ様子を訝った分隊長も、ほんのわずか後、その耳打ちされた内容にたちまち血相を変えた。

「なに、御霊器《ごりょうき》だと!?」

 その語尾に重なった、ええっという悲鳴混じりにあがった声は、事態が否応なくより悪い方へと進むことを悟らされた市民たちのものであった。
 無理もない。
 この貧しい火の国では、最も収入を得られる数少ない特産品の商いは、官業となっている。ゆえに密造、密売、密輸について、その取り締まりの厳しさは他国の比ではない。
 そして火の国の特産品のひとつが、まさに武器なのである。
 武器には製造の過程で、精霊が宿ることがある。
 火の国はその頻度、宿った精霊の力の強さ、共に四国一であり、『武器の火の国』の名は四国に鳴り響いていると言って良い。
 『御霊器《ごりょうき》』とは、精霊の宿った武器の中でも特に強力な武器の事で、最上の物の中には、精霊そのものと化したものさえあるという。
 それだけに精霊の宿らない通常の武器も、もしかして……と期待させるものがあるのか、通常の武器でも他国製のものより人気が高い。火の国の主要な収入源となっている所以である。
 見つかった御霊器《ごりょうき》は、ランクとしては下の中あたりに過ぎない。だが、それですら訴追の対象となるのが火の国なのである。

「全員に縄をかけろ! 引き立てい!」

 分隊長は声を張り上げて部下に命じ、荒っぽく自称『一般市民』を引き立てながら、先頭に立って外に出た。
 連れ出されて行く男女を厳しい目つきで睨み据えながら、頭の中で、自分の管轄で御霊器《ごりょうき》が見つかった事で、責任の行く末と、それが自分のもとに回ってきた時のかわし方ついて思案を何度も巡らせていた。
 そんな分隊長だから、周囲の異変に気がつくのに遅れたとしても、それは無理からぬことだったかもしれない。
 最初に気がついたのは、分隊の中で最も若い兵士だった。
 何か、言いようのない違和感を覚え見回してみれば、あまりに辺りが暗すぎる。むろん夜はすでに始まっており、加えてこの一角に明かりが少ないことも承知していたが、それにしても異様であった。
 たった数歩先を行く、無辜《むこ》の市民を自称するテロリストたちの姿が朧に《おぼろ》見える。そう言えば、来る時には月も出ていたではないか!
 新米の場違いとも思える動揺に、他の兵士たちも気づきだし、それはついに分隊長にまで伝播した。

 ──何かが空にある。

 いつしか、それだけは皆が覚ることができた。
 しかし誰も顔をあげ、確認しようとはしない。
 誰かが堪えきれなくなるのを誰もが待ち、そして奇しくもほとんど時を同じくして、皆が皆、我慢が限界水位を越えた。
 横暴な官憲、凶悪なテロリスト、その双方がそこで目にしたものは──
 夜空に赤々と浮かぶ巨大な月の光に、全身を被う鱗を紅蓮の色に輝かせながら、かま首をもたげ、月と同じ色の眼を彼らに向けてくる巨蛇であった。
 その眼は一点を見ながらも、見る者は皆、相対しているように錯覚する。
 その眼光の放つ圧倒的な重圧。
 沸き起こる畏怖に膝が震え、しりもちをついてしまう者もいる。
 赤ん坊を抱えた若い母親などは、仰のけに失神してしまい、火がついたように泣き出した赤ん坊を止ませる者もいない。

 ──喰われる。

 誰もがそう思っていたが、どういう心の動きか、皆、どこかで自分の運命を受け入れていたことも確かだった。この巨蛇が、自分をそうするのは当然なことのような。
 だから巨蛇が動きだしたとき、皆一様に目をぎゅっと瞑《つぶ》ったが、逃げ出そうとした者はいなかった。
 全員が、静かに運命の時を待つ。
 しかしなかなか、その時は訪れない。
 そのうち、中にそろりと目を開けた者がいた。

「いない!」

 その声に次々目を開けた人々から、おおっというどよめきが起こる。
 そして彼らは、虎口を脱したことを長い祈りに乗せ、火の精霊に感謝するのであった。

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