〜東京レトロ散歩〜

♪春に誘われたわけじゃない だけど 気づいて I've Been Mellow♪

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 JR鶯谷駅のある台東区根岸周辺はかつては「呉竹の根岸の里」と呼ばれ、江戸から明治にかけて別荘地として発展した地域。
 正岡子規をはじめ文人や画人なども多く住む風光明媚な場所だった。
 大正時代にはいると待合(茶屋)、料理屋、芸妓屋(置屋)の組合わせからなる花街、いわゆる三業地として賑わうようになる。

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 その根岸にあるJR鶯谷駅北口は現在は日本一のソープ街「吉原」の玄関口。
 駅前に鎮座する元三島神社はなんと1階に数件の飲食店が立ち並び、神社へは裏の階段を登って参拝するというまさに珍百景。

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 駅周辺には網の目状の路地に63軒ものラブホテルが乱立。

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こんな恐ろしい警告もなんのその。
真っ昼間から駅前に堂々と数人の街娼が客待ちをしていてビックリ!

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ラブホテル街で見つけた昔懐かしい「連れ込み宿」

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テレビ付(笑)

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 さて、ラブホテル街を抜けて、根岸の三業地へは手児奈せんべいの脇の「うぐいす通り」を入る。

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 うぐいす通りに入ると期待通りにこんな建物や
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 路地が出迎えてくれる。

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 さらに進むとかろうじて「旅館」と読める壊れたネオン看板。

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やや奥まったところになかなか立派な構えの建物が。

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 根岸三業地はもっとも栄えた大正15年頃には、芸妓置屋40軒、芸妓139人、待合30軒を数えたという。
 ここも元は待合いだったのだろう。

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 うぐいす通りと交差する「柳通り」は根岸三業地の中心だったところ。
 通りにあった古い本屋さんの看板。
 ”女のよろこび…妻のしあわせ”なんだか妙にそそるコピー(笑)

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 その柳通りから一本入った路地がかつての料亭街。
 今も数件がレストランや料理屋として営業している様子。

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 いかにも花街らしい構えの元料亭の建物。
 今にも2階の窓から芸妓が顔を出しそうな錯覚にとらわれた。





















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今でもこれだけの姿が残っているのに驚きました!
どの辺なのかヤフー地図で見ていたら、連れ込み宿がちゃんと載っていました^^
建物の側面上部にある看板?が良いですね〜
ポチ☆

2010/10/12(火) 午後 9:53 ruins-rider 返信する

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文化や流行は「岡場所(吉原)」から始まる! なんて、言われていたらしいですから・・当時、最先端の渋谷・原宿みたいな雰囲気もあったんでしょうねぇ!?(笑)
朽ちたネオン・・・・時代の流れを感じます!

2010/10/13(水) 午前 10:43 鎌菓子 返信する

ユーミンの歌の「根岸のドルフィン」は?どの辺に?あるんでしょうかね??
あっ!山手のドルフィンでした・・
いや鶴光さんの・鴬谷ミュージックホール・・が聞こえてきそうです・・

2010/10/13(水) 午後 8:30 kyoumade 返信する

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お久しぶりです。

『東京 花街 粋な町』を拝読しましたが粋な花街の面影もあれば、妖しげな街角もあるようですね・・・・・

以前、五条楽園を歩いていたら、お茶屋さんから声をかけられたことがありました。しかも、昼です!

根岸も花街の残骸が残されていますね〜

2010/10/14(木) 午後 11:40 [ 今紫 ] 返信する

おおおやっぱり東京は面白いですね〜
ところで、また「ブラタモリ」が始まりましたが、みてますか?

2010/10/16(土) 午後 9:33 イヌ☆ヨメ 返信する

tempsさん
実は1枚目の神社の写真の下の部分に街娼が2人写っちゃってました。
よく見ると頭が二つ写ってるでしょ。
何せ、駅前で堂々と”営業”しているのでどうしても写っちゃいます。
さすがに顔出し写真はやばいのでトリミングさせていただきました。

2010/10/17(日) 午後 9:01 aroma 返信する

ちぴまろさん
pochi☆感謝です!
鶯谷〜根岸はホントに面白いところで、2週に渡って歩き回っちゃいました^^
壊れたネオンの旅館や最後の写真の料亭街はほとんど知られていないようで、写真が公開されるのは初めてかも…
個人的には婦人倶楽部の看板がツボです^^

2010/10/17(日) 午後 11:59 aroma 返信する

あつdesuさん
街娼が昼間からあまりに堂々と客引きをしているのでビックリでした。
おっしゃるように、どうカメラを向けても彼女たちやカップルが入り込んでしまい、ヤの付く職業の方もあちこちにいるので”志ほ原”や3枚の看板の写真は必死の覚悟で撮りました。
ホントに冷や汗ものです。

2010/10/18(月) 午前 0:09 aroma 返信する

ruins-riderさん
pochi☆感謝です!
”志ほ原”は”しおばら”と読むらしく、明治期の地図には”塩原温泉”と記載されているそうです。
まさか駅前にホントの温泉は無かったと思いますが、かなり歴史のある連れ込み旅館であることは確かのようです。

2010/10/18(月) 午前 0:15 aroma 返信する

Youerikaさん
昔、このあたりは別荘地としてにぎわったらしく、その後、手軽な観光地として花街も形成されていったようです。
ここ根岸や新宿十二社、四谷荒木町などの三業地はいずれももとは観光地で昭和40年代までは花街として営業していたらしく、東京の花街は売防法施行後の40年代を境に完全に消滅してしまったようです。

2010/10/18(月) 午前 0:28 aroma 返信する

kazさん
以前、ある方のブログで幻の”鴬谷ミュージックホール”を探しに鶯谷を訪ねた記事を見たことがあります。
もちろん実在しませんが…
ラブホテルもすごいですが、風俗店も多くて、ヤのつく職業の方もちらほら。
ある意味、東京で一番怖い場所です(汗)

2010/10/18(月) 午前 0:36 aroma 返信する

今紫さん
ご訪問ありがとうございます。
赤線や特飲街はもちろん公認の売春地帯ですが、三業地はほとんどが観光地のような存在だったらしく、妾やなじみの芸者をつれて泊まりがけで遊びに行く場所だったようです。
このあたりも昭和40年代までは料亭街として賑わったといわれていますが、その時代にタイムスリップしてみたいものです。

2010/10/18(月) 午前 0:47 aroma 返信する

「ブラタモリ」は毎週ビデオに撮っていますよ。
近代都市東京に昔の痕跡を探すというコンセプトがまさに僕のツボです^^

2010/10/18(月) 午前 0:52 aroma 返信する

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ここはまだ残っていますね。
大きな建物などは、子供の頃、若松で見たのと同じようです。
傑作」!

2010/10/18(月) 午前 7:13 [ 白いカラス ] 返信する

谷根千ねっとhttp://www.yanesen.net/見てください!

2010/10/19(火) 午後 6:01 [ 母屋 ] 返信する

じつは、高校の同級生がここに住んでるんです・・・かなり大きなラブホ経営をされてて、高校生の頃、その友人もフロントに座らされてました・・・近かったので、何回か遊びに行ったのを思い出しました。自宅は、鶯谷の駅の近くの超豪華マンションでした・・・すごい世界なんだな〜って思った17歳でした・・・

2010/10/22(金) 午後 5:37 むにゅ 返信する

白いカラスさん
pochi☆感謝です!
無沙汰していてすみません。
若松というところにも花街があったんですね。
ところで若松って新宿の若松町ですか?それとも…
ぜひ教えて下さい。

2010/11/7(日) 午前 11:33 aroma 返信する

母屋さん
「谷根千ねっと」の情報ありがとうございます!
ぜひ参考にさせていただきます。
感謝!

2010/11/7(日) 午前 11:36 aroma 返信する

むにゅさん
へぇ〜親が鶯谷の大きなラブホを経営している同級生ですかぁ。
やっぱりその筋の方々とも交流があるんでしょうねぇ。
お友達になったら、ちょっとしたトラブルくらいお父さんがすぐ解決してくれそうですですね(笑)

2010/11/7(日) 午前 11:42 aroma 返信する

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根岸花街からほど近い、下谷3丁目に、一時期あの阿部定が身内と一緒に住んでいました。その時からある鶯谷アパートは健在です。彼女もかつて三業地で働いていた身。時々、こちらを散策して、石田さんを思い出していたかも。 削除

2013/6/19(水) 午前 10:59 [ 定マニア ] 返信する

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