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【2006年4月15日(土)】 もう、日焼けを通り越して、これはもう やけど である! NIVEA なんぞを塗ったって直るわけがない! 今日は午後2時までフリーだしホテルも午後1時まで利用できる(さすがリゾート!)から、午前中はのんびりと旧市街へでも行こうと思っていたのに‥‥‥ 予定変更 。 散歩なんぞ出来る状態ではない! 足を下げたら血液が下に下がるのと同時に強烈な痛みが襲ってくる。 ベッドで横になるか、椅子に座って足を上げるかしないと耐えられない痛みだ。 午後1時ギリギリまでホテルに居座り、チェックアウトした後は痛みと戦いながら、飛行機を乗り継いで自宅に戻った。 もはや、空港でお土産なんぞ見る力はない‥‥‥。 お土産は なし である。 変な歩き方の私を見て、「どうしたの?」と聞いてくれる人もいるが、日焼けで歩けなくなった人などいるはずもない。 私の生まれて始めての経験だ。 焼きすぎたと言っても、普通の人ならヒリヒリする程度だと思っているだろうが、今回はそんな生易しい程度ではない。 焼き具合は、まるで ミディアム の状態。(^^;)(^^;)(^^;) 土曜日に帰宅し、日曜日は丸1日家で安静にしていたのに、一向に良くならない。 セマナサンタ明けの月曜日になって助手に相談し、この国で有名な皮膚科専門のクリニックへ連れて行ってもらった。 診察した先生が言うには、皮膚を焼きすぎて特に ふくらはぎ がひどく腫れている。 腫れることによって毛細血管が圧迫され管が細くなっていると思われる。 足を休めているうちは良いが、急に立つと血液が下へ流れようとするが、血管が細いから流れにくい。それでも細い管を無理やり流れて腫れている部分を押すので、 ふくらはぎ 全体に激痛が走るのだそうです。 なるほど。 立ち上がると痛いので、きっと血液の流れと関係しているとは思っていたが、そういう事か。 お尻に注射を打たれ、塗り薬をもらって帰った。 注射が効いたのか、翌日はなんとか歩けるようになり、薬を塗り続けたら1週間ほどで痛みは消えた。 過去に日焼けのしすぎでなんども後悔したことがあるが、こんなにひどい日焼けは始めて。 日焼けオイルを塗れば良かったらしいけど、 塗れば余計に焼ける と思ったから何も塗らなかったのが失敗だったようだ。 塗ることによって、このような状態を防ぐのだそうです。 勉強になりました。(^O^) 太陽に近くて紫外線は日本と比べ物にならない量だった事でしょう。 あとあと、 皮膚がん なんかにならなきゃ良いけど‥‥‥。 シミが増えたのは当然ですが、まあ、自業自得ですわ。(^^;) こうして、楽しかったカルタヘナも、帰国後1週間の余韻を楽しむ(?)事が出来たのでした。
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コロンビア
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パナマ(2006年4月7日) → ベネズエラ(2006年4月8日〜12日) → コロンビア(2006年4月13日〜15日)
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【2006年4月14日(金)】 『ローマの休日』 ではなく、 『カルタヘナの休日』 は、最高にくつろげた。 ホテルのプールなんて、ゆっくり利用するのは始めてかも。 しかし、「あ〜、これではいけない。」と一旦部屋に戻ってシャワーを浴び、散歩に出かけた。 サン・マルティン通り の突き当たりに大きなホテルがあり、ホテル前のなぜか道路の真ん中に、 セビッチェ 専門の小さな店を発見した。 朝食でブッフェをたらふく食べたので、余りお腹が減っていないこともあり、昼食はセビッチェに決定。 このお店、とても小さいけれど繁盛しているみたいで、次から次へと客がやってくる。 しかも、美味い!!! セビッチェ+コーラでいくらだったか忘れたけど、とにかく美味かった〜。 食べ終わってから、「後で腹壊すかも?」という心配が頭を過ぎったけれど、大丈夫でした。 ここのセビッチェはお薦めです! さあ、美味いものは食べたし、海岸をちょっと歩いてお土産でも見に行こう。と思ったら、体の後ろ半分が痛い。 なんで??? さっき、うつぶせになってプールサイドで焼きすぎたか??? とにかく、痛い。 痛みを我慢して土産物屋を散策し、ホテルに戻ってみたら、皮膚が恐ろしく熱いのに体の芯が寒く、震えまで始まった。 風邪でも引き始めたかと思って、布団にもぐり込んでみたが震えが止まらない。 寒気がするので熱いお湯に入りたいところだけれど、皮膚が焼けてとにかく熱いので、これは皮膚を冷やさなければならないのかも?と思い、バスタブに水をためて入った。 しかし、体調は良くならない。 絶対に、体の焼きすぎが原因である。 もはや歩けないくらい ふくらはぎ の皮膚が痛いのをがまんして歩き、すがる思いでホテルの向かいにあるドラッグ・ストアーへ向かった。 「体を焼きすぎて、とにかく痛いんだ〜。」
と苦しそうに訴えると、薦めてくれたのは、 NIVEA・日焼けの後 。(^^;) そういうレベルじゃないんですけど‥‥‥と思いながら、 「他に良い 薬 はないの?」 と聞くと、横にいた客らしきおじさんが、 「これはエクセレントだ!」 と言ってくウインクした。 ウインクはどうでも良いけど、 NIVEA って、ハンドクリームのイメージしかないんですけど‥‥‥。 とりあえず、それを購入して、ホテルに戻って体中に塗りまくったら、なんかちょっと楽になった気もした。 アロエ入りの NIVEA の匂いをプンプンさせながら、寝返りを打つのも痛い状態で、なんとか痛みと戦いながらその夜を過ごした。 |
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カルタヘナ と言えば、何を一番に思い浮かべるでしょう? 「え?そんな場所知らない。」 という方が大半でしょうけど‥‥‥。 当事は若かった(^^;)、 キャスリーン・ターナー がある事件に巻き込まれてしまい、犯人にコロンビアのカルタヘナへ来いと誘い出されます。 到着したのは多分コロンビアの首都ボゴタだったと思う。 当事はカルタヘナ行きの直行便がなかったのでしょう。 今はパナマからコパ航空で直行便があります。(^O^) インディヘナでごった返すボゴタ空港は、豚やニワトリまでが待合を行き来しているという恐ろしい光景。 しかし、今のボゴタ空港はとても綺麗で立派な国際空港です。 でも映画は20年以上前のものだから、当事は本当にそうだったのかも。 映画を通して恐ろしい未知の世界を知った気分でした。 その未知の世界に、大人になってからやって来るとは当事は夢にも思いませんでした。(^^;) かわいいので、買っちゃいました〜。 (これ →) このバスの置物、中に乗っている人までちゃんと作られています。 あわや〜と言うときに、何故か偶然に マイケル・ダグラス が通りかかります。 実際に見るカルタヘナの町並みはこの映画そっくりです。 というか、カルタヘナで撮影したんだから本物です。(^^;) 土産物屋でガイドのおじさんと話していると、青年がCDを売りに来た。
しばらく3人で雑談しながら、ふとこの映画の話をしてみた。 ガイドのおじさんは、 「あ〜、その映画知ってる。でも題名を覚えていないなぁ。」とのこと。 意外と、現地では知られていないのかも??? しかし、CDを売る青年は、 「20年以上前?じゃあ、知らない。だって、俺、生まれてないかも‥‥‥。」 ひえ〜、そんなに前の映画だったのか〜。 と改めて20年という歳月の長さを自覚し、ショックを受けたのでした‥‥‥。(^^;) |

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(ベネズエラ編より続く) 【2006年4月13日(木)】 さっき寝たばかりなのに、もう出発。 眠い目をこすりながらホテルをチェックアウトし、カラカス国際空港へ向かう。 国際線は少なくとも2時間前にいなくてはいけないと言われていたので5時半に到着したが、カウンターは閉まったまま。 カウンターが開くのを並んで待っている乗客はいるが、航空会社の従業員はだれもいない。 6時過ぎにボチボチと従業員が集まり始めた。 コロンビアの航空会社はエエ加減です。(^^;) 飛行機は予定通り、首都ボゴタに到着。 入国審査を通過し、国内線へ乗り換えて、ボゴタを観光する暇なくカルタヘナへ出発。 治安は恐れていたほどではないし、美味そうなトロピカルジュースもある。食事も安そうだ。 予約していたホテルはなんと 5つ星 であった。 予約が遅かったため、旅行会社からは3つ星くらいだと聞いていたので、とにかくびっくりした〜。(*_*) 仕事で5つ星に泊まることはあっても、個人旅行で5つ星のしかもリゾートホテルになるとは‥‥‥。 何故気付かなかったのか??? ホテルの名前が違っていたからです。 古すぎる! 当事このホテルは、 Inter. Continental Cartagena だったのに、今は HOTEL ALMIRANTE という名前。 そりゃ、気付くまい‥‥‥。(^^;) 旧市街半日ツアー込みだったので、荷物を降ろして早速ツアーに参加。 サルト・アンヘルでのサバイバル・ツアーの疲れもあるし‥‥‥。 それにしても、一昨日は水も電気もない山小屋のハンモックで眠ったというのに、今日は5つ星のカルタヘナの デラックス・ホテル にご宿泊〜!とは‥‥‥。
何なんだ?この差は??? 自分の旅行スタイルが意味不明になってきた。(^^;) 確か 自称:社会人バックパッカーだったような‥‥‥。 まあ、良いか。 |
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