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昨日辺りからいい陽気になって来ました。いよいよ、春爛漫という感じ。
歌舞伎を始めて観たのは中学生の頃。友人の親父さんに連れられて観に行く機会に恵まれたのですが、前進座の興業で、演目も仔細には覚えていません。一つ印象に残るのは荒事といわれる歌舞伎十八番の内の一つ『鳴神』でした。
山中貞男の傑作と言われる「人情紙風船」で貧乏暮らしで仕官の口を必死に探す浪人を演じた河原崎長十郎の鳴神、松山英太郎の親父さんで、女形の河原崎国太郎の雲絶姫でした。これが中々の迫力で歌舞伎というものの面白さを知った最初の体験でした。
『勧進帳』については、後年中村橋之助の若手歌舞伎と、現在の市川団十郎のものと二回見ましたが、これまたその魅力に取り付かれ、感激したものです。
黒澤監督の映画「虎の尾を踏む男」はこの素材をややパロディ−化したものでしたが、終戦間際から企画に上り、終戦後1945年完成。日本が独立を回復した1952年に上映と言う、日本の戦後の混乱に翻弄された作品でしたが、弁慶の大河内伝次郎、富樫の藤田進でした。後にも先にも日本映画がこの素材で映画を作ったのはこれ一本だけ。
「仮名手本忠臣蔵」が歌舞伎様式から段々と脱却して、何度も作られた事を思うと、不思議な感がしないでもありません。
義経主従が山伏姿に身をやつし、奥州へと向かう道すがら、富樫が関守を勤める安宅の関に差しかかります。富樫佐衛門は鎌倉幕府、源頼朝から義経一行を取り押さえるよう命を受けているのですが、山伏姿の弁慶はじめ、主人の義経は強力姿で富樫の尋問を受ける事になります。丁々発止のやり取りの中、しからばその勧進帳なるものをと迫る富樫に弁慶は一巻の巻物を取り出し、朗々と読み上げるのです。
しかし、それは白紙の巻物。横合いからそれを訝る富樫にも目をやりながら、弁慶が読み終える。
其処まで淀みなく読み終えた弁慶に対して、富樫はその通行を認めようとするですが、深く菅笠を被った義経にも目が行くものの、これを目ざとく察した弁慶は主人に「お前が義経ににているから我々が迷惑している」と主人義経を六尺金剛杖で打ち据えるのです。
しかし、富樫もこれは義経一行だと睨んだものの、この主人すら打ちすえる弁慶の苦渋を察した感が有り、弁慶に一献をかたむけ義経主従の通行を見逃すのです。
舞台の幕が閉まって、金剛杖をドスンと打ち下ろし、弁慶が六方を踏みながら花道を去って行く場面は正に弁慶の独壇場。
お家芸とする団十郎は兎も角、若手歌舞伎での橋之助の弁慶、市川染五郎の富樫。
丁度花道の真横の席と言う事もあって、パワ−溢れた快演で、息使いまで聞こえ、板を蹴ってドタンバタン暖簾に消えるのがいまも印象深く残っています。
この話、忠臣蔵の大石東下りの場面で、立花左近と偽り宿を取っていた所本物の立花左近一行が現れ、大石に談判、しかし、その目録包みの家紋と、白紙の目録を差し出すに、赤穂の大石と睨み、その目的を察した立花左近が、いかにも自分が偽者だと、道中手形を渡してまで、その宿を引き下がって行く場面と実に良く似たもので腹芸の真骨頂が伺えます。
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勧進帳は歌舞伎でも一番スキな演目で、歌舞伎座でかかれば(演者誰でも)たいてい駆け付けます。唄えといわれれば全曲100パーは無理でもところどころならなんとかなる・・・かも(笑)
2009/4/9(木) 午前 2:46
見に来ましたよ〜♪
すごーい!!いっぱい書いてある〜☆
2014/2/9(日) 午前 10:17 [ まるちゃん ]
はじめましてですね
コメント書いたけど迷惑じゃなかったでしょうか?
ブログ凄く感銘をうけちゃいました(о´▽`о)
あ、こんな価値観もあるんだってびっくりしたり、共感できたりして
maxさんの更新を期待して待ってるファンです(*´∀`*)
見てるだけじゃなくて、私の気持ちをちゃんとしっかり書いておきますね!
maxさんのブログに救われたところがいっぱいあったので感謝しちゃってる自分がいます。尊敬しちゃう存在にもなってるんです(・∀・)
こんな素敵なブログを書いてらっしゃるmaxさんは凄く素敵な人なんだと思って…
実は色々相談したいことがあって…私の連絡先を載せておきました(o^^o)
ayundamon@i.softbank.jp
すいません勝手にこんなコメントのせて。削除してもらって全然かまいませんので気になさらず
一応首を長くして待っていますね(^−^)
2015/1/9(金) 午前 9:44 [ mim*m15**500*11 ]
今日は。コメント頂き有難う御座います。
随分とお褒め頂きまして、誠に光栄です。
長い間開く事も無かったので、久々に開けてみた次第です。
それと余りブログ自体よく解ってない所があって。
もし、お目にして頂けるなら、ご投稿等頂けたら幸甚です。
2015/6/1(月) 午後 4:23 [ max ]