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何時ごろの事だったでしょう。出版社がこぞって「世界文学全集」「日本文学全集」を出版した時期がありました。中央公論などの世界文学は百巻にも及ぶもので、近くの本屋さんに頼んで置くと配本されると配達があって、知らぬ間にズラリと百冊本棚に並んでいたものです。その中で一体何冊読んだでしょう。何しろかさばるから、仰向けに寝っ転がって読むには不便だし、結局並んだまま、いつの間にかお払い箱になってしまいました。日本文学も同じで、新潮だの、河出だの、集英社だの、筑摩もありましたね。
三段組の活字の細かいA4版でしたか。ゆるりとした書斎がある訳でなし、読んでもペ−ジがちっとも進まないから、嫌になってしまう。ほかに個人の全集などと、箱から出してペ−ジすらめくる事なくみんなお払い箱。そこでいつも不思議に思っていたことは、吉川英治、松本清張などが網羅されてなかった事でした。今思うに、これこそ当時の文学におけるアカデミズムそのもので、大衆小説家は入れなかったのだと思っています。出版社の権威と編纂者の権威。そんな事が大きな原因だったように思います。
そのくせ、純文学者だからと言って大衆小説的なものが全くないかと言うと新聞に連載された通俗小説も網羅されていたし、凡そ基準としては曖昧なものでした。
映画のアカデミズムについても同じような事を感じています。このプログを覗いて下さった中には、なにもこんな古臭い二流映画ばかり書かなくても、もっといい映画が幾等でもあるだろうになんて思った方も居られるかも知れません。黒澤、小津、溝口、ええ、よく知ってるし、僕も大抵は観ているのですが、映画通、評論家の先生たちがこぞってそう言うのは頂けません。
「七人の侍」「東京物語」「雨月物語」などはいつもトップランクだし、それでいいのですが、工藤栄一監督「十三人の刺客」「大殺陣」「十一人の侍」互角だと思ってるのだけど。
「生きる」も黒澤の評価の高い作品ですが、今の世に照らして役人、公務員を見ると、癌だとしって突然公園の造成に動き出す、この市民課長 渡辺勘冶(志村喬)今まで余程何もして来なかったのじゃないかなんて思ってしまいます。「この財政難の折、何を考えているのか知らないけど、公園なんていいよ」って声が聞こえてきそうな気がします。小津さんの一連の作品は確かに好意が持てます。
余り古いものは別にして、殆ど見てはいますが、何だかどれも余りに穏やかで、どれも日常的でやれ縁談だの結婚だの、実際生活とはそんなものだとは思っていますが、もっと修羅場だとも思うし、皆さん平和でおっとりしてるななんて思ったりしてしまうのです。
溝口監督の事、なにかの本で読みました。電柱一本邪魔だと言って大掛かりなセットを移動してしまったなんて話。「溝口さんよ。そんなにしないと映画って作れない?」なんて。少し渡辺邦男さん当たり見習ったらなんて思ってしまいます。
ハハ、何だか大御所の悪口ばかりになってしまいそうで、これじゃ映画好きの皆さんにソッポを向かれ叱られかねません。でも、子供頃、学校の講堂や、校庭で見た映画、鞍馬天狗のおじさんが、杉作危うしの場面、着物を裾をはためかし、口元をゆがめて馬を疾走する場面に拍手をした経験はありませんか。
「映画の画面観て拍手やて、そんな事せえへんやろ」なんて言うなかれ。これは大木こだま、ひびきの漫才のネタじゃありませんからね。
古い現在劇を良く観ていると、当時の街の様子、それに当時の看板、アアあんなの有ったなとか。
時代劇だとこのロケ地あそこだなとか、へえ、この人がこんな役やってるのとか、しょっちゅう見る顔の脇役さん、あの人なんて俳優さんだろうとか。女優さんの美しさにただただうっとりとしたり、僕は藤乃高子さん大好きでした。「大好きな女優なのに変な役をつけやがって」なんて監督にあたって見たり、キャスティングの順番の位置が気になって見たり、いや色んな見方、楽しみ方があるものです。
要するに映画は観た人が良かったと思えたら、それが一番いい映画なのではないですか。

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