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フランスは思うに、自由平等の気ちがい病院というべきで …… これがフランスの短所であり、長所であり、困難であり、幸福である。

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トリスタン・ツァラ
Tristan Tzara
1896、モイネシュティ(ルーマニア) - 1963、パリ

ダダのリーダー、ついで間欠的なシュルレアリスト
ダダの創設者は、二次的で、しばし騒然とさせるような関係をしかシュルレアリスムと築かなかった。

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本名サミュエル・ローゼンストック Samuel Rosenstock 。
故国ルーマニアにおける彼の初期の詩作品は、象徴主義の影響を受けていた。

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二十歳の時、彼が「破壊、転覆 subversion 」を選ぶのは、おそらく友人の画家たちの影響があったからであろう。
1916年、チューリッヒ、「キャバレー・ヴォルテール Cabaret Voltaire 」でのハンス・アルプ、フーゴー・バル、マルセル・ヤンコとのスタート。ここからダダは生まれる。
ツァラはこの新しい運動(「ダダ」という名前は、偶然開いた辞書から取られたといわれる)の疲れを知らない指導者となる。

1918年のピカビアとの出会い、1920年の雑誌『リテラチュール』のトリオ(アラゴンブルトンスーポー)との出会いが、ダダイスムに新たな飛躍をもたらし、以後は活動の拠点はチューリッヒからパリへと移ることになる。

1920年から1922年の間、程度の差こそあれ、挑発的なダダのマニフェスタシオンは増加する。
しかし、もっぱらニヒルなだけのこの活動のくり返しな性格が、しだいにブルトンや彼の友人たちを離れさせていく。
ブルトンらの企画した「バレス裁判 procès Barrès 」(1921年)は、ツァラ、ピカビア、リブモン=デセーニュと彼らとの決裂に及ぶ。
そして、いわゆる『髭の生えた心臓 Cœur à barbe 』の夕べにおける両陣営の激しい乱闘によって、決裂は決定的となる(1923年)。

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翌年、正式にシュルレアリスムは誕生する。
といってツァラが沈黙に追いやられたわけではない。
この1924年、ダダ運動を最初に終結させたのは自分であると示すかのように、ツァラは『七つのダダ宣言 Sept manifestes Dada 』を出版し、戯曲『雲のハンカチ Mouchoir de nuages 』を上演する。

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■ 一時的再会
ブルトンとの和解が1929年になってほの見える。
いくつかの作品 ―― 『近似的人間 L'homme approximatif 』(1931年)、『狼たちが水を飲む場所 Où boivent les loups 』(1932年)、『種子と表皮 Grains et issues 』(1935年)が、続かないであろううわべだけの和解を物語っている。

この新たな決裂は1935年の3月にツァラ自身によってなされたが、シュルレアリストたちとコミュニストたちとのつながりを強固なものにしようという彼の試みが失敗に終わった後、うまくおさまる。

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シュルレアリストたち 1935年頃
後列左より ポール・エリュアール、ハンス・アルプ、イヴ・タンギールネ・クルヴェル
前列左より トリスタン・ツァラ、アンドレ・ブルトン、サルバドール・ダリマックス・エルンストマン・レイ

レジスタンスに加わり、共産党に入党、そしてフランスに帰化する。
戦後、1947年3月のソルボンヌでの彼の講演はシュルレアリスムを厳しく問題視し、反論すべく会場に来ていたブルトンとその仲間たちとのあいだに、激しい衝突を引き起こす。

これらの争いの目まぐるしい展開のむこうで、ツァラの政治的歩みは一貫しており ―― 1956年のハンガリーの動乱は彼にスターリン主義との距離を取らせることになる ―― 、また彼の残した詩作品は最重要のままである。

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Références:
アンリ・ベアール編の『全集』全6巻がフラマリオン社から出版されている(Œuvres complètes, Flammarion, 1975-1982)。
Numéro spécial « Europe » de la revue Europe (nº 555-556, 1975).




日本アートNipponArtでは、 Alain et Odette Virmaux, Les Grandes figures du surréalisme international, Bordas, Paris, 1994.を「シュルレアリスム人名事典」と題して翻訳中です。あくまでも、ご参考までに。

今後とも日本アートNipponArtをよろしくお願いいたします。
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