ここから本文です
フランスは思うに、自由平等の気ちがい病院というべきで …… これがフランスの短所であり、長所であり、困難であり、幸福である。

書庫全体表示

ジョルジオ・デ・キリコ
Giorgio De Chirico
1888、ヴォロス(ギリシア) - 1978、ローマ

つかの間ではあるが、最高の絵画モデル
かわるがわるその「形而上 métaphysique 」絵画ゆえにグループに激賞され、ついでその初期の方法を放棄したゆえに排斥される。

イメージ 1

このイタリアの巨匠はシュルレアリスムの先駆者か、あるいは一時的な同志の列に配した方がよかったかも知れない。
というのも、彼は運動に一度も属さなかったし、熱烈な称賛から数年後、彼は急速に運動から否認された状態にあったのだから。

とは言え、キリコの初期の方法を誉めそやしたのは何も未来のシュルレアリストたちばかりではなかった。
ドイツ、ギリシアを経て、彼が1911年にパリに到着した時 ―― 彼は鉄道技師という父の職業によってたまたまテッサリアに生まれている ―― 、彼の初期の「形而上的 métaphysique 」な作品はアポリネールの、ピカソの、未来派たちの賞賛を博した。
いわゆる「エニグム(謎) énigme 」の絵画シリーズである。
『秋の午後の謎 Énigme d'un soir d'automne 』、『時間の謎 Énigme de l'heure 』、『神託の謎 Énigme de l'oracle 』、『子供の脳 Le Cerveau de l'enfant 』……

イメージ 2

この最後の1枚はアンドレ・ブルトンにとって真の啓示となる。
彼はそれを1916年にバス後部の立ち席から、ショーウインドーのなかに認めたのであった。
そして次の停車場で降り、その第一印象を確認しに行く。
彼は画家に手紙を書き、その返事は1920年に『文学』誌に掲載される。

イメージ 4

ブルトン周辺の誰もが同じ衝撃を強く感じ(とりわけタンギー)、ヴィトラックは1927年に、彼がエルンスト、マグリットやダリに行使できた影響というものについて言及することのない、べた褒めのモノグラフィーをキリコに捧げている。

■ 完全な方向転換
ところが、誕生したばかりのシュルレアリスム・グループが彼を絶賛するまさにその時に、彼はすでに多くの賛辞をあつめた方法に背を向けていたと確認するのは、衝撃的である。
第一次大戦後、彼はティツィアーノの絵を前に、過日の画家たちを再発見する。
以前の作品を全否定しながら、やがてローマのグループ『ヴァローリ・プラスティチ Valori Plastici 』のネオクラッシクな方法へと向かっていく。
このグループには彼の実弟アルベルト・サヴィニオも所属した。
残念なことに、このグループはこの1920年代初頭のローマに台頭するムッソリーニのファシズムに非常に近い立場にあった。
シュルレアリストたちが ―― いつも極論に走る傾向がある ―― この方向転換を悪く受け取り、「失墜 déchéance 」について語るのを一向に止めなかったことは、察せられる。

画家に対する彼らの態度を訂正するには、猶予期間がそれでも必要であった。
1926年6月(『シュルレアリスム革命』第7号)に決裂を告げるとき、ブルトンは「キリコに絶望するようになるまでに désespérer de Chirico 」5年の歳月を要したと告白する。
だからといって、彼の「形而上的」期間は否定されないであろうし、1929年に出たが、この時期に書かれた小説『エブドメロス Hebdomeros 』にさえ魅了されるであろう。
しかし彼の長く、すばらしい、かつ社交界好きののちのキャリアは見て見ぬふりをされた。


ロジェ・ヴィトラックによる初期のキリコ作品にささげられた2つの熱狂的なテキスト(1922年と1927年)は最近出た彼の芸術論集(L'Enlèvement des Sabines, éd. Deyrolle, Paris 1990)に収録。
また画家については彼の再版『エブドメロス』(フラマリオン、1964年)、『キリコ回想録 Mémoires de ma vie 』(ターブル・ロンド、1965年)、『デ・キリコによるデ・キリコ De Chirico par De Chirico 』(ジャック・ダマス、1978年)も参照。


キリコはシュルレアリストたちをこう言ってのけた。
「金持ちのどら息子の、怠け者の、オナニストの、退廃した、女衒の、ヒステリックな、スノッブな、国際的愚か者の集団」
« bande de fils à papa, de fainéants, d'onanistes, de dégénérés, de maquereaux, d'hystériques, de snobs et d'imbéciles internationaux. »

イメージ 3




日本アートNipponArtでは、 Alain et Odette Virmaux, Les Grandes figures du surréalisme international, Bordas, Paris, 1994.を「シュルレアリスム人名事典」と題して翻訳中です。あくまでも、ご参考までに。

今後とも日本アートNipponArtをよろしくお願いいたします。
日本アートNipponArt
http://nipponart.jp/

この記事に

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事