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フランスは思うに、自由平等の気ちがい病院というべきで …… これがフランスの短所であり、長所であり、困難であり、幸福である。

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サルバドール・ダリ
Salvador Dali
1904、フィゲラス(スペイン) - 1989、フィゲラス
自ら定義:「シュルレアリスム、それは私だ! Le surréalisme, c'est moi ! 」
計算された誇大妄想狂の、「神格化された divin 」ダリを気どるナルシストの彼に、あまりだまされないようにしよう。一世紀にわたる彼の次元の広がりは、これら過度のパフォーマンスなどよりも、長く生き残るであろう。

際限なく議論の的となるが、それでも現代アートの「無視できない incontournable 」人物。
画家、詩人、理論家、シナリオライターでもあった。

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カタルーニャ地方の出身、マドリードに出るが、当時の印象はきわめて内気なものであった。
ロルカとブニュエルと交遊する。
画家として、彼はしばらくキュビスムとレアリスムのあいだを揺れうごく。
ミロの、エルンストの、タンギーとの出会いから、シュルレアリスムが彼の自己確立を可能たらしめていく。
ブニュエルとともに制作した映画『アンダルシアの犬 Un Chien andalou 』を携えパリにやってきた彼は、1929年、熱烈な歓迎をもってグループに迎え入れられる。

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■ 想像を絶する推進者かつ発明家
数年のうちに、彼は運動の主要人物のひとりとなっていき、うわさの種も提供する(ガラ・エリュアールはやがて彼の影の助言者となり、妻となる)。

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「偏執狂的=批判的 paranoïa-critique 」な彼の説や、きわめて活動的な彼の行動主義は、一時的に彼に特権的な像を授与する(それは1925年にアルトーが果たした役割に似ていなくもない)。
この1930年代の初頭、ダリのアイデアはほとばしる。
彼は、当時高まる政治化に囚われたシュルレアリスムを再び芸術的次元へと投げ返し、リアリズムと精神錯乱の交錯した絵画を発表する。

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「柔らかい時計 montres molles 」やその他「柔らかいモニュメント monuments mous 」の時期である(『陰惨な遊戯 Le Jeu lugubre 』、『大自慰者 Le Grand Masturbateur 』、『見えない男 L’Homme invisible 』)。

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同時に、彼は『見える女 La Femme visible 』(1930年)や映画『ババウオ Babaouo 』(1932年)のシナリオなど、混乱の詩篇を発表する。

彼は自分自身に陶酔していたのであろうか、それともガラの影響であったのだろうか?
彼は突然、ヒトラーを称賛し、友人たちを当惑させ、1934年にかろうじて追放を免れている。

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しかし、彼にあまり改心する様子はなく、スペイン内戦に際しては騒がしいほどにフランコに賛同し、決定的かつ裂けがたい決裂は1939年になる。

■「ドル亡者 Avida Dollars 」
彼の亡くなるまで残り半世紀のあいだ、彼は絶えずグループの標的であったと言えよう。
激しい非難の一斉射撃は、彼の貪欲さに対してなされる(有名なものに「ドル亡者 Avida Dollars 」、アンドレ・ブルトンがサルバドール・ダリの名前をもじったアナグラム)。

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ブルトンがもっとも容赦ない。
しかし、グループの生命におけるダリのかつての役割の重要性を執拗に過小評価するといって、ブルトンをさえわれわれは非難するであろう。
無視できない重要な役割、それほどに彼はスキャンダルの、挑発の精神を若返らせることができたのであった。

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彼はまた1932年のアラゴンとグループの決裂の原因でもあった。
『革命に奉仕するシュルレアリスム』誌第4号に掲載されたダリのエロティックな『夢想 Rêverie 』を、ブルトンは非常に美しいものと判断したが、レーニンが介在するとして、アラゴンのコミュニストの友人たちを憤慨させた。
選択を迫られたアラゴンは、おとなしくシュルレアリスムを否認した。

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このような不敬な態度ゆえに、その後続いて起こるであろうあらゆる影響とともに、いつかダリはブルトンやグループに刃向かわざるを得なかった。

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しかし、彼の過度の行動や気違いじみた嗜好がどうであろうと、以前よりもより曇りなく、彼を正しいと判断した後世の人びとにとって、このフィゲラスの人は途方もない人物のままである。

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ブニュエルの言でも、『アンダルシアの犬』の最初のイメージ、剃刀で切断される眼球のアイデアは、ダリがもたらしたものだったという。
しかし、より過度ではないが、きわめて類似したシーンがそれ以前の映画にあったことは注記しておこう。
ゲオルク・ヴィルヘルム・パプスト( Georg Wilhelm Pabst 1885-1967 )の映画『心の不思議 Les Mystères d'une âme 』(1926年)には、男が誤って妻のうなじを剃刀で傷つけてしまうシーンがある。

Référence:
Pierre Ajame, La Double Vie de Salvador Dali, Ramsay 1984.

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ダリの驚異的発明力は、多様な領域で、『催淫作用のあるタキシード Veston aphrodisiaque 』(1936年)や『雨降りタクシー Taxi pluvieux 』(1938年)のように、とりわけオブジェ・シュルレアリストのそれに、発揮された。

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日本アートNipponArtでは、 Alain et Odette Virmaux, Les Grandes figures du surréalisme international, Bordas, Paris, 1994.を「シュルレアリスム人名事典」と題して翻訳中です。あくまでも、ご参考までに。

今後とも日本アートNipponArtをよろしくお願いいたします。
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