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フランスは思うに、自由平等の気ちがい病院というべきで …… これがフランスの短所であり、長所であり、困難であり、幸福である。

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TAKEMOTO sur Mishima, sa mort et un livre de photos

イメージ 1Post Scriptum
16 mars 1971 | 04min 20s


「すぐ真向かいで炯々と目を光らせていたエティアンブル氏が、待ってましたとばかり噛みついてきた。」(竹本忠雄『パリ憂国忌』)


● ● ● ● ●


――そちらにミシマの最新の本をお持ちかと思います。われわれにお見せくださいませんか?


○ 竹本忠雄
ええ。とても美しい本ですので、ぜひとも皆さまにご覧いただきたいと思います。


――お見せください。そちらにお持ちくださいました。実に見事な本です。


――こちらの書籍は、ミシマが「セップク」する直前に、やっと仕上げた本かと思いますが……


○ 竹本忠雄
ええ、そうです。この本は……


○ ルネ・エティアンブル
やっと! やっと忘れず言えました。そうです、よく言えました、おめでとう。「セップク」です!


――お気に召されて? エティアンブルさん(笑)


イメージ 3

●撮影:細江英公(写真集『薔薇刑』より)


○ 竹本忠雄
ええ。こちらは写真集になります。東京で、集英社によって出版されたばかりの。写真は細江英光。イラストはすべて、有名なアーティスト横尾忠則によってなされています。で、本書においてモデルを務めるのは、ミシマ自身です。全ての写真をお見せする時間はございませんけども……


――お見せできるかもしれませんわ。お写真はよく“縛られたミシマ”を表現しています。


○ 竹本忠雄
例えば“縛られたミシマ”、そうでしょう。ロココ調の自宅の中庭で、と申せましょう。けれども、すべてお見せしたいとは考えておりません。その必要はございません。


――いいえ。それにミシマのとてもとても美しいお写真もございますわ。とても不思議な遠近感を持った。ミシマはまさにとても風変わりな人物だった、と言えるのでは?


○ 竹本忠雄
おっしゃる通りです。けれども、ここでミシマが本当にしたかったこと、それはむしろ、いくつか文を唱えることでした。文はミシマによる序文、同じ年の日付が入った、に見つけられます。

この序文で、ミシマは…… よろしければ、ご覧いただきながらお聞きになってください。

ミシマは言います。

「そうだ。私が連れて行かれたのは、ふしぎな一個の都市であった。どこの国の地図にもなく、おそろしく静かで、白昼の広場で死とエロスがほしいままに戯れてゐるやうな都市。」


――この死とエロスのテーマはミシマの全ての作品でくり返し見出せるものであります。出版されたこちらの小説〔ママ〕についてお話ししておりますが、残念ながら流通しておりませんので、ガリマール社から出版の小説をご紹介したいと思います。『宴のあと』。それに…… 『午後の曳航』もございます。わたくし好みのミシマ作品のうちもっとも美しい一冊です。こちらにどなたかお読みになられた方がいらっしゃるかは分かりませんが……


――ウイ、ウイ、ウイ。とても美しい。


○ ルネ・エティアンブル
ガリマールの話が出たついでお知らせしよう。今月の『新フランス評論』誌に見事なミシマ論が掲載されている、ペロの!


――おっしゃる通り。おっしゃる通り美しく……


○ ルネ・エティアンブル
注目に値する。それに、正確だ! 的確だ。


――それに少しファシズムの非難に答えております。


○ ルネ・エティアンブル
〔聞き取れず〕


――ファシズムの非難に答えております。


○ ルネ・エティアンブル
ペロとわたしは全く同意見だ。


○ 竹本忠雄
まさにその点に関して! まさにその点に関して……

ある証言を受け取ったところです。この番組のため直接わたくしに送られてきました。証言はミシマの高弟と見なされるある人物によって書かれています。名を高橋睦郎と申します。非常に有名な詩人です。まだ若いですが。

高橋はこう書きます。

「わが師・三島の死に際し、その死は政治的なものでなければ、文学的なものでもなく、エロティックなものでもなかった、と言うにとどめよう。けれども、その死は“生か? 死か?”の二項対立的問題を知るためだけに存在する、これらすべての死を乗り越えている。“いかにしてヒトは死を超越することが可能なのか?” これがわが師の全生涯につきまとった最重要の課題でした。師が助けを求めた政治的口実については、“受肉”の特性を思い出してください。そこではもっとも崇高なる観念が、たえずもっとも卑しい事象に属しているにちがいないのですから。」


――ミシマについては最後に、それでも少しその気質の特異な側面をお見せするためにも、こちらの最後のお写真をお見せせねばなりません。こちらのお写真は少し…… たいへん仰々しいものであはりますが、ミシマはこの準備のため3か月間仕事から身を引き、写真家を3か月待たせました。この3か月の間に、ミシマはウエイトリフティングをし、トレーニングをし、美しくなりました。最良の日に登場できるよう、できることすべてを行いました。


イメージ 2

●撮影:矢頭保


――ミシマはとても矛盾した人物であり、とても奇妙な人物です。これら二冊の本をお勧めしなければならないと思います。とくに『午後の曳航』、それに『潮騒』。ミシマ作品の中でもとりわけ新鮮な一冊であり、たいへん興味深いものです。


○ ルネ・エティアンブル
よろしければわたしにも。『近代能楽集』は傑作だ。


――ええ、そうですわ。


○ ルネ・エティアンブル
わたしは絶対にミシマの思想が嫌いだ。だが、大芸術家だ。


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「偽善」

三島由紀夫が昭和45年(1970年)11月25日に割腹刎頸≪ふんけい≫という衝撃的な自死をとげてから、すでに35年の時間が経過しました。

……

「ぼくはそうやすやすと敵の手には乗りません。敵というのは、政府であり、自民党であり、戦後体制の全部ですよ。社会党も共産党も含まれています。ぼくにとっては、共産党と自民党とは同じものですからね。まったく同じものです。どちらも偽善の象徴ですから。ぼくは、この連中の手にはぜったい乗りません。いまに見ていてください。ぼくがどういうことをやるか(大笑)」(小学館版『群像 日本の作家三島由紀夫』)

……

三島由紀夫の死には、政治的な速効性はありませんでしたし、三島自身もそんなことは初めから思ってもいませんでした。しかし、30年以上たった今から考えると、彼の最後の行為は、戦後日本の精神的荒廃への生命を賭した警告という意味が際だって見えてきます。この日本の荒廃を、三島は一貫して、今のインタビュー発言にもあるとおり、「偽善」と呼んでいます。

「偽善」とは、民主主義の美名のもとに人間の生き方や国の政策に関する意志決定を自分でおこなおうとせず、個人と社会と国家のとりあえずの目的を経済成長(つまり金もうけ)のみに置き、精神の空虚を物質的繁栄で糊塗する態度にほかなりません。

「こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終はるだらう、と考へてゐた私はずいぶん甘かつた。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、文化ですら。<中略>私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら『日本』はなくなつてしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう」(「果たし得てゐない約束―私の中の二十五年」、『決定版 三島由紀夫全集 36』所収。初出:サンケイ新聞夕刊・昭和45年7月7日)

この三十数年前の予言が、恐ろしいほどの正確さで今の日本の姿をいい当てているのを見て慄然としない人がいるでしょうか。三島由紀夫の自決にこれほど遠大な射程距離があったことは、経済バブルの崩壊に帰結した二十世紀が終わった今こそよく実感できることです。

……

本書は、こうした歴史的・社会的・文化的視点に立って、三島由紀夫の死の意味、一九七〇年という時の意味を再考するためのひとつのきっかけです。

と同時に、戦後文化、いや、近代そのものが終焉したといわれる現在なにが本当に終わりなにが始まろうとしているのか。その本質的な問題を考えるためのひとつの契機でもありたいと願っています。

(中条省平「まえがき」、『三島由紀夫が死んだ日』所収。実業之日本社、2005年)


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どなたの文章も、「今こそ言わねば」という決意の込められた感動的なものばかり……


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中条省平 編・監修
実業之日本社
2005年04月25日 初版第1刷発行

没後35年 三島由紀夫回顧展記念アンソロジー

このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう…

三島由紀夫はこう予言した数ヶ月後の1970年11月25日、市ヶ谷自衛隊駐屯地で割腹自殺した。事実、あの日以来我々は三島が予言した通りの社会で生きることになってしまった。それはいったいなぜなのか? その答を見つけるべく、各分野の第一線で活躍中の瀬戸内寂聴、篠田正浩、森山大道、猪瀬直樹、呉智英、鹿島茂、中条省平の各氏が、三島の死をどう見つめてきたのかを切々と綴った、現代史、文学史に波紋を投げかける衝撃の一冊!


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中条省平 編・監修
実業之日本社
2005年11月25日 初版第1刷発行

大好評を博した三島由紀夫没後35年記念アンソロジー続編

辻井喬、細江英公、蜷川幸雄、高橋睦郎、四方田犬彦、神津カンナ、島田雅彦、行定勲、田中千世子ら超豪華執筆陣が語る1970年11月25日。戦後を代表する天才作家・三島が凄絶な割腹自殺を遂げたあの日を、彼らはどう迎え、いまはどう観るのか…「日本人の心に刺さった棘」と呼ばれる真の理由が浮かび上がる。三島の予言が次々と的中しつつある現在、私たちは三島の叫びをどう受け止めるべきなのか。三島研究者・井上隆史白百合女子大助教授による新発見資料の解読や細江英公の歴史的写真集『薔薇刑』、横尾忠則の「三島関連作品集」も口絵に収載した決定版!


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竹本忠雄(たけもと・ただお)1932年7月24日〜

昭和7年、大阪に生れる。東京教育大学大学院でフランス文学を専攻。昭和38年、仏政府給費留学生として渡仏、ジャン・グルニエ教授のもとで美学を修める。滞仏11年間、講演と美術展組織をもって広くヨーロッパに日本文化を紹介する。昭和55年、フランス政府より文芸騎士勲章を受章。パリ大学講師、筑波大学教授、コレーシュ・ド・フランス客員教授を経て、現在、筑波大学名誉教授、(社)倫理研究所客員教授。


高橋睦郎(たかはし・むつお)1937年12月15日〜

詩人。昭和12年、福岡県生。福岡教育大卒。男色の世界と神学をアナロジーで結び、自己救済としての詩を求める。雑誌「饗宴」を主宰。詩集に『ミノ・あたしの牝牛』(昭34)『薔薇の木・にせの恋人たち』(昭39)『眠りと犯し落下と』(昭40)『汚れたる者はさらに汚れたることをなせ』(昭41)『頌』(昭46)『兎の庭』(昭62、高見順賞)などがある。小説集、評論集も多数あり、俳句にも関心を示す。


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