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もはや、自分自身を軽蔑することのできないような、最も軽蔑すべき人間の時代

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1967年
* 『アルシブラ』誌創刊(シュステル)、雑誌はブルトン生前より企画されていた.
* ブラジルでシュルレアリスム国際展.
* グループのメンバー数人が、キューバを訪問.

1968年
* シネマテーク・フランセーズの事件におけるシュルレアリストたちのアンリ・ラングロワに対する支持.
* プラハ、ブラチスラヴァ、ブルノでシュルレアリスム国際展.
* チェコスロヴァキアのシュルレアリスムとの密接な関係、「プラハのプラットフォーム」.
* 『アルシブラ』誌の五月革命特集号
* ソ連軍のチェコ侵攻.

1969年
* 『アルシブラ』誌最終号.
* 10月4日、シュステルが『ル・モンド』紙上に「第四の歌」を掲載、シュルレアリスム・グループの消滅を宣言.
* シュステル、ルグランジョゼ・ピエール、「ポスト・シュルレアリスム」の出版物、『クーピュール』紙創刊(1972年までに全7号を数える).

1970年
* ベドゥワンブーヌールらシュルレアリスムの「解体 dissolution 」を拒絶した者たちは、チェコのグループと連携し、『シュルレアリスム連絡広報( BLS )』誌を創刊(1976年までに全10号を数える).

1972年
* ラドヴァン・イヴシッチ、出版組合« Maintenant »を推進.

1975年
* Jimmy Gladiator と友人数名が、アナーキーかつシュルレアリスムに近い精神で、雑誌 Le Melog を創刊.

1976年
* フランクリン・ローズモントが1966年に結成したアメリカのシュルレアリスム・グループ主導のもと、シカゴで国際展.約30の国々と、とりわけ「ファーズ」運動の寄与.
* パリでブーヌール編集 La Civilisation surréaliste 出版.

1977年
* 雑誌『シュルレアリスム』(ブーヌール、全2号を数える).

1978年
* ローズモント、アメリカのシュルレアリスムの雑誌『兵器庫』創刊.

1979年
* « Melog »グループ( J. Gladiator )の雑誌 La Crécelle noire が、タイトルを変えつつ、その活動を1980年代以降も継続していくだろう.




日本アートNipponArtでは、 Alain et Odette Virmaux, Les Grandes figures du surréalisme international, Bordas, Paris, 1994.を「シュルレアリスム人名事典」と題して翻訳中です。あくまでも、ご参考までに。

今後とも日本アートNipponArtをよろしくお願いいたします。
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(後編)

1956年
* ビラ『ハンガリー、昇る太陽』(ハンガリーへのソ連介入に抗議する声明).
* ビラ『血まみれの制服たちの番だ!』(フルシチョフのスターリン批判を受け、共産党の脱スターリン化とトロツキー復権の立場からの、コミュニストたちへの呼びかけ).
* 『シュルレアリスム・メーム』誌創刊.
* ピエール・モリニエの発見.

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1957年
* ドミンゲス自殺.
* 画家ジョルジュ・マチューを攻撃するビラ『威嚇射撃』.

1958年
* アルジェリア戦争をめぐるフランスの政治的混乱をうけ、シュステル、ディオニス・マスコロら、『七月十四日』誌を創刊.
* 『ビエフ』誌、副題「シュルレアリスムの合流点」、創刊.
* 日本におけるシュルレアリスム活動の再開(日本のシュルレアリスム).

1959年
* パリ、ダニエル・コルディエ画廊でシュルレアリスム国際展、「EROS」.
* 良心的兵役忌避者に対するシュルレアリストたちの支持.
* ペレ没.
* デュプレーの、パーレンの自殺.
* マッタおよびブローネルと和解.

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1960年
* ニューヨークで「魔術師の領域へのシュルレアリスムの闖入」展.
* グループの複数のメンバーが、アルジェリア戦争に反対する「一二一人宣言」の署名者となる.
* アメリカでポップアートの誕生.
* コクトーが「詩の王」に選ばれることに、ブルトンは抗議する.

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1961年
* 『ブレッシュ』誌創刊.
* ミラノでシュルレアリスム国際展.
* タンギーの未亡人、画家ケイ・セージの自殺.
* ホルヘ・カマッチョの参加.

1962年
* セリグマンの自殺.
* ピエール・アレシンスキーと接近.

1963年
* ペレの思い出を侮辱したために、ジョルジュ・ユニェは「お仕置き correction 」を受ける(20年間で2回目).ブーヌールマイユー、シュステルら襲撃者たちは裁判で有罪に処せられた.
* ツァラ没.

1964年
* パトリック・ワルドベルグが企画した「シュルレアリスム展」(シャルパンティエ画廊)を、ブルトンとグループは糾弾.

1965年
* ブルトンの後援のもとに、シュルレアリスム国際展(パリ、ウイユ画廊)、「絶対の隔たり」.
* チェコスロヴァキアで弾圧のないシュルレアリスム活動の再開(チェコスロヴァキアにおけるシュルレアリスム).

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1966年
* ブルトンの死(9月).
* ブローネル、アルプジャコメッティ没.
* スリジー=ラ=サールで「シュルレアリスムの十日間」開催.

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・【シュルレアリスム略年表】シュルレアリスムの解体 1967-1979年



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(前編)

1946年
* ブルトン、フランスに帰国(5月).
* サラ・ベルナール劇場でロデスの精神病院を出たばかりのアルトーを称える夕べ(6月).
* イヴ・ボンヌフォワ責任編集『革命、夜』.

1947年
* ブルトンとその友人たちがシュルレアリスムに反対するツァラの講演を妨害(『シュルレアリスムと戦後』).
* 宣言文書『自由とはヴェトナム語である』.
* 宣言文書『開幕からの決裂』.
* サラーヌ・アレクサンドリアンジャン=ルイ・ベドゥワンスタニスラス・ロダンスキージャン・シュステルら運動に加わる.
* パリで「シュルレアリスム国際展」.
* ブリュッセルとパリで「革命的シュルレアリスム」のグループ(ドートルモン、アルノー)が結成.
* サルトル、『文学とは何か』でブルトンを攻撃(結果、バタイユは『レ・タン・モデルヌ』から手を引く).

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1948年
* アルトーの死、ペレの帰還.
* ガリー・デイヴィスの「世界市民」運動へのシュルレアリストたちの参加.
* パンフレット『神の犬ころどもは犬小屋へお入り』.
* ロジェ・ヴァイヤン『革命に反対するシュルレアリスム』.
* ゴーキーの自殺、ブローネル、マッタの除名.
* サンチャゴ(チリ)と、共産主義クーデター直前のプラハでシュルレアリスム展.
* 「コレージュ・ド・パタフィジック」誕生.
* パリで「コブラ」運動創設.

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1949年
* ブルトン『現行犯』.
* ポルトガルで非合法のシュルレアリスム展.
* ジャン=ピエール・デュプレー、運動に参加.

1950年
* スウェーデンで「イマジニスト」グループの創設(マックス・ワルター・スワーンベリ).
* 『半世紀のシュルレアリスム年鑑』(『ネフ』誌特集号).
* ジュリアン・グラッグ『胃袋の文学』(文学賞に反対する).
* ミシェル・カルージュ『アンドレ・ブルトンとシュルレアリスムの基本的所与』.

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1951年
* 「コブラ」の解体.
* プラハでタイゲ没.
* カルージュ=パストゥーロー事件(グループ内部の危機、グループを離れる者が相次ぐ).
* アナキスト系の『絶対自由主義者』誌に協力.
* 『映画時代』誌、シュルレアリスムを特集.
* グラック、『シルトの岸辺』に対するゴンクール賞受賞を拒否.

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1952年
* シュルレアリスム画廊「封印された星」開設.
* ヴィトラック、エリュアールの死.
* 新しい参加者たち(ジョゼ・ピエール、シモン・ハンタイ).
* ブルトン『対話集』.
* 『反抗的人間』をめぐり、カミュと決別.

1953年
* マックス・ワルター・スワーンベリ合流.
* ジョイス・マンスールとの最初の接触.
* エドゥアール・ジャゲール、「ファーズ」運動創設.
* シュルレアリスム遊戯「互いのなかに」.
* ブルトン『野の鍵』.
* ハイスラー、ピカビアの死.
* アド・キルー『映画とシュルレアリスム』.

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1954年
* ベネチア・ビエンナーレで絵画大賞にエルンスト、版画大賞にミロ、彫刻大賞にアルプが受賞するが、エルンストのみグループを除名される.
* アルジェリア戦争(〜1962年)に反対する最初の政治表明.

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1955年
* 「封印された星」画廊でスワーンベリ展.
* アルキエ『シュルレアリスムの哲学』.
* タンギー、アメリカで死す.
* ラドヴァン・イヴシッチ、ジャン・クロード・シルベルマン、アラン・ジュベール、ヴァンサン・ブーヌールら、1959年まで続く新参者たちの波.

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戦時下 1940-1945年

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1940年
* メキシコでシュルレアリスム国際展(セサル・モロ).
* フランス集団避難、新大陸に亡命するため、ブルトンペレエルンストベルメール等(ウィフレド・ラムの合流)、マルセイユに集結.ここで「マルセイユ・トランプ」が考案される.

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1941年
* ブルトン、エルンスト、マッソンはアメリカに、ペレはメキシコに向けて出航.
* 占領下のパリで、半非合法の「ペンを持つ手」のグループ(ジャン=フランソワ・シャブランノエル・アルノーレオ・マレ、ジェラール・ド・セード、クリスチャン・ドートルモン)が形成される.
* ブカレストでシュルレアリスム・グループ(ゲラシム・ルカ、ドルフィ・トロスト)の誕生.
* ブルトン、ニューヨークに向かう途中立ち寄ったマルチニック島で『トロピック』誌を発見(エメ・セゼール).

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1942年
* ニューヨークで『VVV [トリプル・ヴェー]』誌創刊(6月).
* ニューヨークでシュルレアリスム国際展、「ファースト・ペーパーズ・オヴ・シュルレアリスム」(10月).
* パーレン、メキシコで『ディン』誌創刊.

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1943年
* ロジェ・ジルベール=ルコントの死、翌年、ルネ・ドーマルの死.

1944年
* ブルトン、カナダを旅行し、アーシル・ゴーキーを発見、『秘法17』を執筆.
* シャルル・デュイの「アメリカの」小グループへの加入.
* メゼンスブリュニウスの文書『偶像崇拝と混乱』(トーニ・デル・レンツィオ).

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1945年
* ニューヨークでサルトルとブルトン、会見.二人は意見の一致を見なかった.
* ブルトン、コロラド、ネバダ、ニュー・メキシコ、アリゾナを旅行し、ホビの居留地区を訪れる.
* ブルトン、ハイチで講演し、反政府暴動のきっかけとなる(12月).ハイチの詩人マグロワール・サン=トードと交流.
* デスノス、テレジン(現・チェコ)の収容所で死亡.
* ペレ、メキシコでレジスタンスの詩を非難する『詩人の不名誉』を出版.

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1930年
* ブルトンを攻撃するパンフレット『屍骸』(1月)、デスノス『シュルレアリスム第三宣言』(3月).
* ナイトクラブ「マルドロール」をシュルレアリスム的懲罰(2月).
* 『革命に奉仕するシュルレアリスム』誌創刊(7月).
* アラゴン、サドゥール、ハリコフでの「第二回国際革命作家会議」参加のため、ソ連滞在(11月).
* ブニュエルとダリ、映画『黄金時代』上映、右翼の妨害(12月).

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1931年
* ダリ、「偏執狂的=批判的方法」を考案.
* アラゴン、詩「赤色戦線」発表(4月、いわゆる「アラゴン事件」の発端).
* 植民地博覧会を糾弾(5月).
* アルベルト・ジャコメッティの参加.
* 「象徴的機能をもつオブジェ」の流行.

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1932年
* A.É.A.R.(革命的作家芸術家協会)設立、シュルレアリストたちの多くが参加.
* 「アラゴン事件」の決着、詩「赤色戦線」により殺人教唆などの訴追をうけたアラゴンはシュルレアリストたちの支持を拒絶、共産党に合流.シュルレアリストたちは共同宣言『変節漢!』を出し、アラゴンをグループから除名.
* サドゥール、ユニック離反.
* ロジェ・カイヨワ、モーリス・アンリ、ヴィクトル・ブローネルアンリ・パストゥローメレット・オッペンハイムの加入.
* パリでアンチル諸島出身の若い作家たちによるシュルレアリスムの雑誌『正当防衛』創刊.
* 『大いなる賭』誌のグループの分裂.

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1933年
* 『ミノトール』誌創刊(6月).
* ブルトンとエリュアール、A.É.A.R.から除名(7月).
* 『ヴィオレット・ノジエール』を共同で発行.
* グループは「シュルアンデパンダン」展へ出品、カンディンスキーが名誉ゲストとして招かれる.

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1934年
* チェコのシュルレアリスム・グループが作られる(タイゲ、ネズヴァル、スティルスキー、トワイヤン).
* パリのファシスト暴動に反撃する文書「闘争アピール」を発表(2月).
* 知識人の結集を図る「反ファシズム知識人監視委員会」に参加.
* シャール、グループから離れる.
* オスカル・ドミンゲスジャック・エロルドジゼール・プラシノスの参加.
* ジョルジュ・エナン、エジプトでシュルレアリスム・グループを創設.

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1935年
* プラハとカナリー諸島テネリッフェでシュルレアリスム国際展.
* 『シュルレアリスム国際広報』発行(1−3号、プラハ、サンタクルーズ、ブリュッセル).
* シュルレアリストたちを罵ったイリヤ・エレンブルグに平手打ちをくらわせたために、ブルトンは「文化擁護のための国際作家会議」での演説を禁じられる.
* クルヴェル自殺.
* コミュニストたちとの決定的な訣別.
* バタイユとともに「反撃」を組織.
* ヴォルフガング・パーレンの参加とピカソとの良好な関係.
* デンマークにおけるシュルレアリスム活動(コペンハーゲンではじめてのシュルレアリスム展、雑誌『リニエン』、『コンクレチオン』).

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1936年
* シュルレアリスム・グループ、「反撃」から離脱.
* バタイユ周辺、「コレージュ・ド・ソシオロジー」を結成.
* ブルトン、「モスクワ裁判」を批判.
* パリでシュルレアリスムのオブジェ展.
* ロンドンでシュルレアリスム国際展開催(英国グループ:ハンフリー・ジェニングスデーヴィッド・ガスコインローランド・ペンローズ、ハーバート・リード、メゼンス、のちにジャック=B・ブリュニウス).
* ニューヨーク近代美術館で「ファンタスティック・アート、ダダ&シュルレアリスム」展開催.
* ブルトン、アルトーと和解.

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1937年
* デンマークで「抽象シュルレアリスム」運動の創設.
* ペレ、義勇兵としてスペイン市民戦争に参加.
* アルトー、精神病院に強制収容される.
* セーヌ通りにシュルレアリスムの画廊「グラディーヴァ」開設.
* クルト・セリグマンハンス・ベルメールレオノーラ・カリントンの参加.
* ロベルト・マッタオクタヴィオ・パスの最初の接触.
* 映画『ピーター・イベットソン』の啓示.
* シルヴァン・イトキーヌによるジャリ作品の上演を称えるビラ「鎖につながれたユビュ」.

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1938年
* プラハのグループ、インドリヒ・ハイスラーの参加.ネズヴァル、グループを離れ、共産党入党.
* パリでシュルレアリスム国際展.
* ブルトン、メキシコでトロツキーと会見、独立革命芸術国際連盟(FIARI)創立.
* エリュアールの離反、アラゴンに合流.
* メゼンスとペンローズ、『ロンドン公報』を創刊.
* チリ(「マンドラゴラ」)とアルゼンチン(「オリオン」)にシュルレアリスム・グループ誕生.

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1939年
* ダリの除名、ユニェの離反.
* F.I.A.R.I.の解体.
* 第二次世界大戦はじまる、エルンストとベルメールの逮捕、ジュアン・マイユー、徴兵拒否.タンギーとマッタはアメリカに、パーレンはメキシコに亡命.
* チリとペルーでシュルレアリスムの出版.

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