電影報道

少しずつ、暖かくなるのかな〜!!

理髪師

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故・陳逸飛に捧げる!

≪理髪師≫の撮影状況を書き記し、公開までの道のりを追っていこうと想います。


それが私に出来る、精一杯の事だから

陳坤☆13億の中の1つの星           中国・上海海外生活ブログ

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 映画では銃の発砲が良く出てくる。アメリカならまだしも、ここ中国でも例外ではない。香港の特殊効果に学び、どん欲なまでに採り入れている。その点日本では規制が厳しく思うような効果が得られない時がある。そんな時は海外へ飛んだりもする。以前の角川映画がその代表だ。テレビでは派手な「西部警察」の大門軍団、個人的には好きだったが、でもあの勇姿はみられない。寂しい気もする。

 中国でも規制が無い訳ではない、眼に余る殺戮、裸など映倫に引っかかってしまう。それと国への侮辱が見え隠れする作品。

現に「活きる(活着)」「鬼が来た(鬼子来了)」は中国上映不可、
チャンイーモーそして姜文(チャンウェン)にも厳罰が下る、

          「数年間の監督停止」。

 海外で認められてもこの国は頑として体制を崩さない。
でも、めげる彼等ではない。撥ね返して今では大活躍、その有り余るエネルギーに敬服。マントウ(中身の無いまんじゅう)の力は凄い。

            このシーンは国民党軍の処刑場での発砲シーン。

実弾では無いが空砲、それでも凄い、物凄い銃砲の音。ニュースでも見かけるが、式典などの空砲を思い浮かべれば想像が付くだろう。しかも10丁いっぺんにだ。耳が痛い。
ただし、全部写っているとは限らない。色んな角度から撮り良いものをチョイスする、
それは監督のみぞ知るである。
現実中国では軍の設備の中で実弾が撃てる、ただし高い。

 映画で日本兵が手にする38式銃は、終戦時日本兵が放棄した物それをそのまま使用する。
当時この銃は最も高性能と言われ、各国で模造されたと聞く。

大事に保管された物を使えるのも大作の証。

          この銃を手にすると自然に日本の血が反応する。

              どんな方が使っておられたかと、

               想いは遠き60年前を馳せる。

快晴、撮影快調!

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 7:00出発 撮影隊の朝は早い。
日中の温度は16度にもなるが大陸の風は冷たい。緯度で言えば奄美大島に匹敵するのにやけに肌寒い。本日も山の上、機材を運ぶのが一苦労それもこれも映画の為、好きでなければやっていられない。この世界、見た目より実状はかなりキツイ。優雅な白鳥が水中で一生懸命に水をかくも同じ。

 組み立て式のクレーン、二種類あるがカメラだけ先端に乗せ遠隔操作を行う小型のものと、人が乗って操作する大型のもの。これは大型になるが、上下左右に振るのは根元に居る人手に頼る。一体にならなければ先へは進めない。呼吸を合わせて一致団結!
      「せーのっ」旨く行くわけが無い。

日本みたいなプロ集団はそうざらに居ない、カメラマンが不機嫌そうなそぶり
     「再来一次」(ツァライイース)「もう一度」

とボソッと言う。
下ではあーでもこーでも無いと一騒ぎ、カメラマンが言う

     「再来一次」(ツァライイース)

皆おとなしくなった、かなりの力を持った人らしい。

クレーンによる効果は絶大な物がある、映像に躍動感をみなぎらせる。なお更、妥協できない。
これを5・6回テストした後、被写体つまり

俳優(主役の陳坤、etc)がお出ましになる。

そこで又、2・3回テスト後最後に本番となる。この監督陳逸飛(チェンイーフェイ)の特徴だが必ずと言っていいほど3回ほど本番を撮る。少しずつ手を加えながら・・・俳優と監督のまさに真剣勝負。

日本では時間とフィルムが勿体無くてそんな余裕は無い、しかしここは中国、時間がゆったりと流れている。芸術に対する探究心も旺盛だ。

ふと見ると上下左右に振る人間がへばっている。いやまだまだこれから分解が待ってるぞ!
      「快点儿(クァイディアル)」急げ急げ!

の助監督の言葉に「好(ハオ)好(ハオ)」といいながらけたたましく動いて行く。ある時はゆったりと又ある時はけたたましく、現場は飽きる事がない。
 日も暮れかけ、光量(カメラにとって重要)が落ちてきた。本日終了!

 弁当の内容です。
          昼の弁当のおかず
            白菜とニンジンの煮物
            小魚のフライ
            トマトと卵の和え物(個人的には大好物です)
            日本から持参した味付け海苔

          夕食の弁当のおかず
            小魚のフライ
            鶏肉と白菜とくずきりの煮物
            冬瓜の煮物(冬瓜を見ると春かなと舌が言う)
            青菜のスープ

   当然お供は、グリーンの常温ビール。

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 6時出発が天候不良のため、一時待機となる。8時再度出発、現場でも悪戦苦闘となるのは目に見えている。今日はどれだけ進むやら・・・

              話題を変えて町並みを紹介しよう。
 ここは淅江省宁海(ニンハイ)主要な道路の交差点はロータリーになる。その中央に巨大なモニュメントがそびえたつ、小学校に在ったトーテンポールの様な象徴的存在だ。そもそもロータリーはさほど機能しない。日本では皆無に等しいがここ中国では電力の供給に悩まされていて少しでも信号を減らしたいのだろう。いや、信号と言う観念がもともと無いのかもしれない。事実昨日も停電した。

 市場は活気に満ちていた。肉、魚、野菜と食材は豊富、魚は海・河両方存在する。海へは約1時間の距離、110キロの高速を走ればなんて事は無い。これも交通網が発達したお蔭に他ならない。
 注釈だが、高速には外灯は存在しない。ひたすらハイビームで走る、遅ければパッシングでどかす、なんとも強引な合理主義。

 北部とは違いまことに野菜も色とりどり、日本との格差など無い。主食も米、肉は主に鶏、豚、豚の血を固めた物、それと豚の頭が有ったのは驚きだ。さば、太刀魚、貝、シャコ、シャコは塩茹でにして食べたら最高だ。

 参考(私的意見)
  北部 肉(羊が多い)鶏、魚は鯉
     野菜は寒いせいか緑が少ない、穀類が多い、豆も良く食べる
     マントウ(中身の無いまんじゅう)朝は揚げパン、おかゆ

 上海はコンビニが徐々に勢力を伸ばしているが、ここにはまだ無い。かろうじてケンタッキーを見かけたぐらい。コーヒー店も在るが人を見かけない、一杯15元では手を出せないのか、コーヒーの習慣がまだ根ずか無いのか、流行るのはまだまだ先のようだ。弁当のシステムも日本流のコンビニのお蔭らしい。以前はスチール製の小さい鍋風(マグカップの大きい物と考えてください)の器とスプーンを持って配給(ロケのケイタリング)に並んだものです。それがロケにも取り入れられた。アリガタイ限り!

上海のコンビニのヒット商品はなんとオデンだった。似たような物はあるが味が全く違う、日本の味が好まれた。麺の本場に熊本のラーメン店が出店したがこれまた受けてるらしい。もうひとつ、人気なのがピザの店、中国ではチーズは好まれないと考えられていたが、実はその逆だった。今では家族連れで並んで待っている。
              何事も案ずるより生むが易しか。

 5時半帰館、後半天気も回復し順調に撮る。
 もう一度軍服の手直し、納得するまで細かい手直し、

                大作の匂いがする・・・

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 7:30出発 
 ところが小雨が降り出し急きょ宿舎へと戻る。待機・・・それしか方法が無い。ほぼ全編ロケの場合天気に左右されるのは致し方ないところ。皆眠そうな顔を抱えている。昨日も遅かった。

 写真の車はスタッフ・キャスト用、「理髪師撮制組NO15」と印刷されたアクリル板がダッシュボードに置いてある。もちろん

       NO1は、監督*陳逸飛(チェンイーフィー)、
       NO2は、*陳坤(チェンクン)

 想像してみて下さい、こんな車が一同に移動してる様をまさしくパレード。邪魔しようものなら運転手が窓を開け怒鳴り、事は収まる。(それにしても声がデカイ)
言っておくがここは田舎です。交通ルールも有ったもんじゃない!特に歩行者、信号が赤だろうが渡りたい時に渡る、最近アメリカでは見なくなった様だがまさしくあの有様。

「日本人は信号を良く守るよね」
「それが当たり前だよ!」
「どうして」
「聞くな!」

 再度10:00出発 現地はぬかるんで居た。
スタッフにとってはやりにくい、機材の搬入、セッティングが遣り辛い。これで食事となる。
食後、3カット撮ったところに又、雨、本日撮影終了。ここからが又大変、濡れた機材を拭き、泥を落とさなければならない。本当に思う役者で良かったと・・・

 帰って暫くすると夕食になった。ここのホテルでは食堂が小さい、弁当になる。
弁当の箱を持って並んでごはん、おかず(3種類か4種類)と貰う。さながら、戦中の配給制度なみ、アメリカのケイタリングにしても内容が豪華なだけで腹に入ってしまえば同じ事、物はかんがえよう、ポジティブ・ポジティブ。

 面白い事件がある。

 食事担当のおばちゃんが、作っても作っても足りないとわめく、其れはそのはず食欲旺盛な若いスタッフ、其れに加え只だから、ここぞとばかりに食べる。食いだめは出来ないのに・・・ 
         加えて面白いのが関係ない他人までもが並んでいるのだ。
これには大笑い、その直ぐそばでおばちゃんが怒っている。アーァ、腹が痛い、笑い過ぎた。
   (これがまた声がデカイ)

 下の写真は田舎の方でしか見られない人力タクシー、陳坤(チェンクン)は黒のクライスラーで 
小生の愛車はもっかのところ、このオッちゃんとこのエコロジーな車。

      今、雨がひどくなってきた、明日は撮休かな・・・

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 小生と姜文(チャンウェン)との関わりは22年前にさかのぼる。
お互い学生のヤンチャ盛りで、まさかこうなるとは予想も付かなかった。
そして一緒に仕事するとは・・・

 パンダが日中友好で送られてから10年後、民間レベルでは始めてと思われるがパンダさながら
今度は小生等が中国へとおもむく事に・・・

 その頃の中国は、まだまだ人民服が当たり前の世界、天安門広場の道は自転車でごった返していた。
とにかく驚く、なにせ片側三車線はあろう道の半分を自転車が我が物顔で走っているではないか。
天安門をバックに記念撮影、ところが何処からとも無く人だかり、
いつの間に寄ってきたのか分からない。
もしや、カンフーシューズの仕業か?

「写るだろう、どいてくれ!」

それだけじゃない、カメラマンのすぐ横からカメラを覗き込む、それも30センチ以内、
この距離は友達以上の関係だろう、他人なら1.5メートルだろう。
       (これは小生の勝手な解釈だが)

 Gパンなんか有ろうはずも無い。街なかは二連結のトロリーバスが走り、夕闇に火花を散らす。
路地では中国将棋をさし、傍らをお尻のわれたズボンを履いた子供が無邪気に駆け回る。
突然コケる、見れば水っぱながカピカピに乾き、ついでに両袖もカパカパ。
ニコッと笑いまた駆けて行く、遠い昔の我を見るようだ。

 この頃は人民用の人民兌換券と、外国人用の兌換券が分けられていた。
使えるのはデューティーフリーもどきの専門店。お土産を買った際にお釣りが無いのか人民元を貰い、これ幸いと町の路地へと向かう、本当は使用できないが探究心のほうが勝った。
    「よし、ラーメン食おう!」

当時は本場と思い込んでいた、今は刀削面(トウショウミェン)が好みだが。
 お店発見!表から陳列された具が見え、その脇で麺を茹でている。ここに決めた!
どうやら具はトッピングするらしい。あれこれと選ぶうち多くなり過ぎて、麺をやめ具だけにする事にした。幾らなんでもそこまでは食えないと麺を断念。
 となれば当然ビール、グリーンの瓶、そしてもちろん常温。「ニイハオ」「シェシェ」しか知らず、よくも仕出かしたものだ。

             (若気の至りか、はたまた世間知らずか)

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