今夜は「実銃」ではなく、オモチャの「鉄砲」の話しです。
自分がまだ小学生だった頃、よく一緒に遊んでいた同級生の兄貴が「いいもの見せてあげる・・・」と言って自宅へ招いてくれました。
そこで机の中から取り出したのが・・・・・・「えっ?・・・本物のピストル?」
いやいや・・・・・それは「本物のピストル」ではなく、「モデルガン」という本物そっくりに似せた「オモチャのピストル」でした。
「持ってみな・・・」と言われ手渡された「オモチャのピストル」は「ワルサーP38」でズッシリと重く、その精巧な出来栄えに子供ながらに驚きと衝撃を感じたことを憶えています。
それから暫くして同級生から「今度、兄貴がモデルガン買いに行くので連れて行ってくれると言っているんだけど、一緒に行かないか・・?」と声をかけられ、電車で一緒に行ったのが「東京・御徒町」の「アメ横」でした。
そして「山手線」の「御徒町駅」で下車して向かったのが「MGCボンドショップ」という「モデルガン」を売る店・・・・・・・
場所は「アメ横商店街」の門を潜ってからすぐ左にある「日章ビル」という建物の3階だったと記憶しています。
たしか2階が「上野ダンス」という「ダンススクール」だったような・・・・・・
店に入ると長細い奥行きのある店内にはカウンターがあり、その後ろの棚の上には箱から出された「モデルガン」がたくさん並べられいたほか、カウンターの横のボードには「シュマイザーMP40」や「ウインチェスターM73」などの長モノや、人気テレビドラマ「ナポレオンソロ」に登場した「ワルサーP38アンクルタイプ」などが飾られていて、まさに「アメリカ」の「銃砲店」という雰囲気の店でした。
その時、同級生の兄が買ったのは「ルガーP08」という「ドイツ」の名銃を模したモデルガンで、自分も喉から手が出るほど欲しいと思うも、当時のサラリーマンの初任給が「3万円」くらいの頃ですから、3,000円代後半の価格だったモデルガンなど小学生には買えるはずもなく、ただただ垂涎を拭うだけでした。
「MGCボンドショップ」を出て次に向かったのが、同じくモデルガンを売っている「中田商店」という店。
「MGCボンドショップ」が「アメリカの銃砲店」という雰囲気だったのに対し、どちらかと言えば「中田商店」は「米軍放出品」という看板が似合いそうな、店員も「軍服」に身を包み、「MGC」とは一味違った雰囲気だったと思います。
前述のとおり、数千円もするモデルガンは小学生の自分にとってとても手が届かない「高嶺の花・・・」で、店でもらったカタログや近所の玩具店のショーケースに飾られていたモノを指をくわえて眺めるしかなかったのですが、「念ずれば願いは叶う・・・」とはよく言ったもので、同級生の父親が転勤で家族共々海外へ赴任することになり、赴任先の国へはモデルガンを持ち込めないという理由から、突然、憧れのモデルガンが自分のところへ来ることになりました。
それから暫くの後、金属製のモデルガンは「白」か「黄色」に着色し、「銃身」も完全に閉鎖しなければならないという法律が施行されたことで、あれほど憧れたモデルガンに対する熱もいつしか冷めてしまい、バラバラにして「不燃物」のゴミと化してしまいました。
先日、「上野」へ行く用事があったので久しぶりに「アメ横」を歩いてみると、「MGCボンドショップ」があったビルは現存していますが空家になっているようで、「中田商店」も店は存続しているものの、昔のように「モデルガン」は売られておらず、「洋服」や「バッグ」などを売る店に変わっています。
モデルガン全盛期の頃、マニアが終結した「アメ横・・・」も自分が知る限り、「モデルガン」を売っているのは「マルゴー」という店のみ・・・・・・
何とも寂しいものですが、それでも自分の幼き「昭和」の「あの頃」が今でも甦ってくる街「アメ横」です。
(御徒町・・・アメ横 昔はモデルガンのマニアが多く集まった街)
(MGCが入っていた日章ビル・・・建物は当時のままと思うが現在は空家になっている様子)
(中田商店は存続しているがモデルガンは販売されていない)