鉄砲夢物語

鉄砲のことを中心に、その他趣味ことなど日々の出来事を綴ります

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昨日までは会議や営業の詰めなど昼飯を食べる暇がないほど忙しかったが、一夜明けた今日は珍しく何の予定も入らなかった。
「水曜練習会」の「茅○先生」に電話を入れたら、練習会の先輩方と「茨城県」の「自衛隊武器学校」で開催される「創立64周年記念祭」に行かれるということでご一緒させていただいた。

朝から生憎の雨空だったが、「中○先輩」、「飯○先輩」のお二人と車を乗り合わせ、午前8時過ぎに「武器学校」へ到着。
すでに正門前は長蛇の列だったので時間つぶしに近くのパン屋さんに入り、コーヒーを飲みながら9時の開門を待つ。

基地正門の扉が開かれ自衛隊員指示に従って基地内に入ると、仮設の検査所で自衛隊による車の検査やボディーチェックなどが行われ、ようやくイベント会場に入ることが出来た。



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昨年ここへ見学に訪れた時は人数が限定されているということもあり、一般人はほとんどおらず、まさに貸切り状態といったところだったが、さすが今回は「イベント」ということもあってかなりの混雑ぶりだった。
そして何よりも残念だったのは、皆が一番楽しみにしていた野外での武器の展示や戦車などの公開走行が雨で中止され、ほとんど見るものが無かったということ・・・・・

仕方がないので、静態保存されている「歴代の戦車」を見学したり、昨年も入った「小火器展示室」と「予科練展示館」の他、「火砲館」などを回って時間を潰した。




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雨に祟られ、イベントのほとんどは中止になったが、先輩方と訪れた久しぶりの「自衛隊武器学校」・・・・
楽しい一日を過ごすことが出来た。


今夜は「実銃」ではなく、オモチャの「鉄砲」の話しです。
自分がまだ小学生だった頃、よく一緒に遊んでいた同級生の兄貴が「いいもの見せてあげる・・・」と言って自宅へ招いてくれました。
そこで机の中から取り出したのが・・・・・・「えっ?・・・本物のピストル?」

いやいや・・・・・それは「本物のピストル」ではなく、「モデルガン」という本物そっくりに似せた「オモチャのピストル」でした。

「持ってみな・・・」と言われ手渡された「オモチャのピストル」は「ワルサーP38」でズッシリと重く、その精巧な出来栄えに子供ながらに驚きと衝撃を感じたことを憶えています。

それから暫くして同級生から「今度、兄貴がモデルガン買いに行くので連れて行ってくれると言っているんだけど、一緒に行かないか・・?」と声をかけられ、電車で一緒に行ったのが「東京・御徒町」の「アメ横」でした。

そして「山手線」の「御徒町駅」で下車して向かったのが「MGCボンドショップ」という「モデルガン」を売る店・・・・・・・
場所は「アメ横商店街」の門を潜ってからすぐ左にある「日章ビル」という建物の3階だったと記憶しています。

たしか2階が「上野ダンス」という「ダンススクール」だったような・・・・・・

店に入ると長細い奥行きのある店内にはカウンターがあり、その後ろの棚の上には箱から出された「モデルガン」がたくさん並べられいたほか、カウンターの横のボードには「シュマイザーMP40」や「ウインチェスターM73」などの長モノや、人気テレビドラマ「ナポレオンソロ」に登場した「ワルサーP38アンクルタイプ」などが飾られていて、まさに「アメリカ」の「銃砲店」という雰囲気の店でした。

その時、同級生の兄が買ったのは「ルガーP08」という「ドイツ」の名銃を模したモデルガンで、自分も喉から手が出るほど欲しいと思うも、当時のサラリーマンの初任給が「3万円」くらいの頃ですから、3,000円代後半の価格だったモデルガンなど小学生には買えるはずもなく、ただただ垂涎を拭うだけでした。

「MGCボンドショップ」を出て次に向かったのが、同じくモデルガンを売っている「中田商店」という店。
「MGCボンドショップ」が「アメリカの銃砲店」という雰囲気だったのに対し、どちらかと言えば「中田商店」は「米軍放出品」という看板が似合いそうな、店員も「軍服」に身を包み、「MGC」とは一味違った雰囲気だったと思います。

前述のとおり、数千円もするモデルガンは小学生の自分にとってとても手が届かない「高嶺の花・・・」で、店でもらったカタログや近所の玩具店のショーケースに飾られていたモノを指をくわえて眺めるしかなかったのですが、「念ずれば願いは叶う・・・」とはよく言ったもので、同級生の父親が転勤で家族共々海外へ赴任することになり、赴任先の国へはモデルガンを持ち込めないという理由から、突然、憧れのモデルガンが自分のところへ来ることになりました。

それから暫くの後、金属製のモデルガンは「白」か「黄色」に着色し、「銃身」も完全に閉鎖しなければならないという法律が施行されたことで、あれほど憧れたモデルガンに対する熱もいつしか冷めてしまい、バラバラにして「不燃物」のゴミと化してしまいました。

先日、「上野」へ行く用事があったので久しぶりに「アメ横」を歩いてみると、「MGCボンドショップ」があったビルは現存していますが空家になっているようで、「中田商店」も店は存続しているものの、昔のように「モデルガン」は売られておらず、「洋服」や「バッグ」などを売る店に変わっています。


モデルガン全盛期の頃、マニアが終結した「アメ横・・・」も自分が知る限り、「モデルガン」を売っているのは「マルゴー」という店のみ・・・・・・
何とも寂しいものですが、それでも自分の幼き「昭和」の「あの頃」が今でも甦ってくる街「アメ横」です。

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(御徒町・・・アメ横  昔はモデルガンのマニアが多く集まった街)


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(MGCが入っていた日章ビル・・・建物は当時のままと思うが現在は空家になっている様子)


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(中田商店は存続しているがモデルガンは販売されていない)




71年前の今日・・・・何があったか知っていますか?

そうです・・・・71年前の「1945年(昭和20年)3月10日」、「アメリカ軍」の「爆撃機B29」が300機以上飛来してきて、「38万発・・1783トン」もの焼夷弾を投下し、帝都「東京」は焦土と化しました。
その「絨毯爆撃」により発生した火災は折からの季節風に煽られ拡大し、わずか3時間の間に東京の「40%」を焼失・・・・所謂「東京大空襲」で、推定の死者数は約「10万人以上」、「焼失家屋」は判明しているだけでも「26万戸」以上に上ります。
以前、「千葉県市川市」に住んでいた知人の「おじいさん(故人)」からこの「東京大空襲」の話しを聞いたことがありました。

それによると、「おじいさん」の父親が諸用で「東京・亀戸」に住んでいた親戚の家を訪ねたとき「空襲」に巻き込まれ二度と自宅に戻ってこなかったそうです。
「江戸川」越しから見る東京の街は真っ赤に燃え上がり、翌々日、父親の安否を確かめるために都内へ一歩足を踏み入れた途端、まさに「地獄絵図」だったそうです。

10年ほど前、自分が経営する会社で「東京・両国」の「家屋建替え」を請け負った際、基礎の施工で地面を掘ると血中約2メートルの地層からグニャグニャに溶けた空き瓶の欠片や、焦げたレンガ片などが出てきました。
古くから住むお隣の「おばあさん」の話では、周辺一帯は木造の長屋が建ち並んでいたそうで、落とされた焼夷弾で建物は全焼・・・住んでいた人もそれ以来まったく行方がわからなくなってしまったとのことでした。

それから71年・・・空襲で焼け野原になった東京も世界に誇る「大都市東京」に変貌を遂げ、「空襲」を知る人の数は年々減り続け、その事実も風化しかけていますが、10万人もの尊い命が空襲で失われたことを考えると、日本人として慰霊に参じてみたいという気持ちになり、3月10日の今日、仕事の合間を抜い「東京・墨田区」の「横網町公園」にある「東京都慰霊堂」を訪ねました。


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前回ここを訪れたのは3年ほど前だったでしょうか・・・・・
その時は殆ど人はいませんでしたが、今日は「東京大空襲」の犠牲者の「慰霊祭」が行われたこともあり、多くの方々がおられました。


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「慰霊堂」での「慰霊祭」はすでに終了したようで、それほど混み合ってはいなかったものの、線香を手向け手を合わせる人が後を絶ちません。


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その横では「僧侶」の方でしょうか、「東京大空襲」の惨状について解説されていました。


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自分も線香を手向け外へ出ると、僧侶と思しき方々が「慰霊堂」に向かって「お経」をあげています。


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そんな一団の横を通り、公園敷地内にある「復興記念館」に向かいます。
ここには「関東大震災」と「東京大空襲」に関連する「遺品」や「資料」などが展示されています。


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下の画像は「昭和20年4月15日」に「豊島区要町」へ投下された「焼夷弾」の現物です。
「焼夷弾」は落下と同時に点火し、建物を焼きました。


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下は「警視庁」の元警察官だった「石川光陽さん」が撮影した空襲直後の写真です。
戦後、「石川さん」は「占領軍(GHQ)」から撮影した写真のネガを提出するよう命令されたものの、ネガを自宅の庭に埋めて隠し、後世に伝えるために守り抜きました。
何年か前に「石川さん」を描いたテレビドラマが放映され、主人公を「仲村トオル」が演じたことからご記憶の方も多いかと思われます。


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累々と横たわる犠牲者の遺体・・・・
中でも母親と幼い子供の遺体を写した写真には何とも言えない気持ちになりました。


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下が在りし日の「石川光陽さん」です。
手に持つ愛用の「ライカ」で空襲による惨状を記録しました。


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焦土と化した東京・・・・
建物が無残に焼け朽ちているのがわかります。


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「隅田川」には猛火に追われた大勢の人々が飛び込み、命を落としました。


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「B29爆撃機」による約300機の大編隊。
雨あられの如く「焼夷弾」を投下していきました。


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花に彩られた「追悼祈念碑」・・・・・・
この中には「震災」と「空襲」で亡くなられた方々の「名簿」が保存されています。


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「納骨堂」・・・・・
「関東大震災」と「東京大空襲」の犠牲者で未だ身元が判らない方々の「ご遺骨」がここに納められています。

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東京大空襲・・・・・すでに71年経つわけですが、この事実を風化させてはいけませんね。
戦争を知る人たちが少なくなるなか、今度は我々が子供たちに戦争の悲惨さを語り継いでいかなければなりません・・・・。









嘉永6年(1853年)に始まった「マシュー・ペリー」率いる「アメリカ海軍インド艦隊」・・・所謂「黒船」に対抗するため、「幕府」は「東京湾」を望む各所に「砲台」を築きました。

「江戸品川宿立会川(現・東京都品川区立会川)」に「屋敷」を構えていた「土佐藩」も海に面したこの場所に「砲台」を築き、「黒船来航」に備え、あの土佐の英雄「坂本龍馬」も警備の任についていました。

現在は埋め立てによって「砲台」を設置した場所の前は「運河」となり、昔の面影を残していませんが、土佐藩屋敷跡地の一角にある小さな公園に、当時設置された「30ポンド6貫目・ホーイッスル砲」の実物を忠実に再現したレプリカが展示されています。

昨年完成したレプリカが設置されたことを知り、都内へ行くついでに立ち寄ってみましたが、偶然にもこのレプリカを設計されたのは、「日本銃砲史学会」でお世話になっている「銃砲研究家」の「峯田元治先生」で、説明板の説明もやはり同史学会で講演をされる「幕末史研究家」の「小美濃清明先生」によるものでした。

今から150年以上前、同じこの場所から「龍馬」は海を眺めていたんですね。
当時はピリピリとした緊張感に包まれたこの場所も閑静な住宅街に変わり、水辺では水鳥たちが羽を休めていました。

これまた偶然にも次回開催される「日本銃砲史学会」で「峯田先生」が「ホーイッスル砲」に関する講演をされるそうなので、この「砲」の詳細はいずれ当ブログでも綴るつもりです。


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(昔海だったここも埋め立てられ運河になっている)


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(小美濃清明先生による説明)


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(30ポンド・6貫目・ホーイッスル砲)


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(設計者は峯田元治先生)


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