山の花・自然風景から元気を頂いていたのが?・・・

高齢者となり花が好きだから健気に咲く花から元気を頂いています。

らくらくハイキング 中高年

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9月13日(日)大手門から東御苑に入り三の丸尚蔵館で天皇在位50周年記念を見学して、天守閣跡から北桔橋を抜け彼岸花の花追いに・・・。
堀端の土手で彼岸花群生を鑑賞した後、重要文化財「旧近衛師団司令部」を見学して皇居半蔵門に出たが彼岸花の群生は遠すぎて写真には・・・。

三宅坂から憲政記念館に出て明治以来の憲政を勉強してから、日本水準原点に憲政記念館の噴水公園(この辺りは井伊家)に寄り桜田門に入った。
桜田門辺りのベンチは皇居一周ジョギングの人達の集合地らしかった。私は日比谷公園に寄り堀端を馬場先門〜丸の内ビル〜東京駅に・・・。

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2月8日 らくらくハイキングクラブの巣雲山バスハイクに参加した。
バスは新宿を出て東名高速〜小田原厚木道路〜箱根新道を通り熱海梅園に9時頃到着して巣雲山登山前に余裕の梅見物をした。
熱海梅園からは錦ケ浦宇佐美と海岸線を走り、巣雲山峰コースの登山口で午前中のドライブは終わり登山開始となった。

1時間少しの山登りで12時巣雲山山頂に到着したが、景色を眺める間もなく各自持ち寄りの具とポットの湯で味噌汁の鍋支度が始まった。
馴れた手順で手際よく大鍋の味噌汁が出来上がり、それを2回も繰り返し私も2杯目も美味しく頂いたし、あの大鍋は空になっていた。

12時45分腹休めも無いまま阿原田コースの下山開始を始め、4時頃ミカン畑が多くなって車道になった頃、何と私たちのバスが待機していた。
女性達が止まっていたバスに目も呉れず、みかん畑の販売車に殺到して行った。この辺り「みかんの花の咲く丘」と呼ばれていたのだ。


戦後流行った並木路子の赤いりんご・・・「りんごの唄」と、川田正子のみかんの花が咲いている・・・「みかんの花が咲く丘」が心を過った。
バスは宇佐美の「温泉民宿 おっとと村」に到着、全員風呂場に直行山の汗を流したが、今回のバスハイクは高齢者向き企画で嬉しかった。

「みかんの花が咲く丘」と「りんごの唄」を検索して見て下さい・・・
子供時代歌った「みかんの花が咲く丘」のメロディが流れて来ますよ。
 (写真の文中5000円会費の0が多く一桁間違えていました)
(バスハイク参加者が増えると参加費が安くなるのです)

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1月11日 らくらくハイキングクラブの新年祝賀山行で、吾妻山ー弘法山ハイキングに行って来た。
駅からの山道は不安も無く皆さんに遅れることも無く、全員無事に予定の山上の祝賀会場に到着した。

それからの皆さんの活躍は慣れていて、ポットの湯で大鍋に雑煮作り天ぷら作り等々手際が良かった。
山でのアルコール飲酒は固く守られているが、新年会だけは安全な山ゆえ解禁でワインで乾杯となった。

天ぷら腕自慢のおばさんが取り仕切っていて、皆さん入れ替わりで山海の具を揚げてくれ美味しかった。
老会員が好意で朝5時起きで並んで買ってきた吉祥寺の名物羊羹が美味しかったし、鮪の上トロまで出て美味しかった。

満腹となりアルコールも回って恒例山の歌となったが、蛮声を張り上げての山の歌は聴くのも辛かった。
山の歌は知らない歌ばかりだし、次は高齢者に今人気の誰でも知っている童謡が相応しいのでは・・・。

弘法山は地元の人達のウォーキングコースだけれど、帰りの山道は急斜面で皆さん元気だから辛かった。
らくらくの元気な人達が下り道ではますます元気になり、私の筋力と平衡感覚では心もと無いのである。

歌声でいつかテノール歌手のような声が出て、下手なのにアコを担いで仲間と山に行ったのを思い出す。
懐かしさからアコーデオンを引っ張り出したが、壊れて音も出無いし120ベースのアコは重た過ぎて今の私には無理だった。
何よりも5年前まで出ていたあのテノールが出なくなり、それどころか喉から出血してしまった。あぁあの青春が・・・。

7月13日 らくらくハイキングがあり京浜急行で神武寺駅から神武寺と鷹取山に行ってきました。
体調は悪く何回も小メマイがあったけれど小さな山だからと、歩くうち体調不良も収まってきた。
鷹取山は30年振り位の山だったけれど、記憶にあるのはロッククライミングの岩場くらいだった。
鷹取山は岩の多い山で何で使ったものか切り出し跡地で、40年前岩に彫られたという磨崖仏があった。
花の無い時期の小さな山のミニハイキングだから、好奇心もイマイチで感激度の無い山歩きだった。

山を下り駅に近くに来たら雷神社の祭礼があった。急な階段を登り拍手を打ったけれど信仰心と云うよりも、山の帰り神社仏閣の前を素通りする事が出来なくなった。
写真を見たら一眼レフの調子が途中から露出オーバーになってしまった。
多少の事ならパソコンで修正するけれど、修正範囲を超える露出オーバーだった。
露出オーバーの原因を探るため明日からのスケジュールが決まってしまった。
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(中高年の「らくらくハイキング」)のブログが開設されてから今回で1週年になりました。
「らくらくハイキング」は始め私「aruki」が試験的に始めましたが、副会長で会報の編集長の[ 920m ]氏が引継ぎ悪戦苦闘の末に立派なブログを作り上げました。忙しい人なのでブログはたまにしか・・・。
副会長・会報の編集長(瓦版の元締め)・リーダー・山歩き・そしてブログ管理人の忙しさです。
今回は美人山女の篠吉というグラスアート・スケッチ・ハワイアンダンス・カーニバルなど等多芸な助っ人の協力で、江戸時代にタイムスリップした文章でユーモアのあるブログが出来上がりました。
(中高年の「らくらくハイキング」)のブログには[ 920m ]氏の写真が一杯見られます。検索をして。

天狗でもないかぎり、このような険しい岩山に登ることなど、できるものではあるまい、と思われた。
しかしそれにしても、ここに辿り着くまでに、我らが乗った、大きな駕籠は、細い曲がりくねった山道を、くねくねと、擦る事もなく、無事にのり越えて来たものである。すでに、本日一番の難所は、越えたのであった。
かような、天狗岩だろうが、親不知・子不知であろうが、我らがらくらく一族にとっては、への河童でござる。
 さて、実際のところは、どうであったかと申すと、わずかばかりの登りで、宝寿台という、でっかい岩の横を通りぬけ、山頂らしき所に着いた。
岩山の山頂は、軽い登り下りは繰り返すものの、女子供も歩ける、なかなか良い道であった。雨上がりに濡れた新緑は、一段と美しさを増して輝いていた。
紅葉の時期にも、ぜひ訪れたいものである。
 幾人かの、物好きが天狗の相撲場まで、足をのばして、スリルを楽しんだ。
(待っている者の身にもなってみなされ、早く帰ってくるのじゃ・・・)
四畳半ほどの広さはあろうか、岩峰のてっぺんが平になっていた。こちらから、あちらへと梯子が橋のかわりに渡してあった。恐る恐る渡って、あっちへ行くと、岩峰のてっぺんのまわりには、手擦りがない。こんな所で相撲をとったら、どうなるのか? おお〜! 想像しただけで身振いする。
 次の見せ場は、親不知・子不知である。
岩壁の側面に掘られた細い道。左手は断崖絶壁であった。岩と岩の間の細い隙間を、すりぬけたり、頭上に迫ってくる、せり出した岩の下を、腰をかがめてくぐりぬけたりと、さながら黒部の、下の廊下を思い出させる。
篠吉は、まだ下の廊下を歩いた事はないのだが・・・思いだしているのは、亀戸天神のそばで、羽子板の師範をしている、お板姉さんであった。
(羽子板の師範のお板姉さんは、現代流に言うと卓球の名手ね)
らくらく御一行様は、どなた様も、いかなる狭い所も通過致しましてで、ございます。
 親不知・子不知を抜けると、前方が、パッと開け護摩壇に出た。眼下に広がる、下界は箱庭のようでございました。
雨上がりのため、霧が掛かっており、林立する岩峰が見えないのが、残念ではございますが、雨が上がっただけでも我らの日頃の行ないが、いかに良いかが知れようと、いうものである。
 過去において、雨男といわれた、鬼の田中賢一郎が、最近では、晴れ男に変身。
四国巡礼、歩き遍路を成し遂げ帰ってきてからと、いうもの仏の賢と、一部では呼ばれているらしい・・・。
早朝に江戸を出立したので、歩き始めて、すぐではあるが腹の虫が、もう我慢ならねぇ。
瓦版の元締め、村田国蔵も、腹の虫が、かぎつけたのか、「カツサンドはどこであけるの?」と、やたら問い掛ける。
どうやら前を歩いている、厚姫のザックを透視したらしい・・・。
さすが霊山。国蔵は不思議な力を授かったのであろうか? ザックの中身を、見抜くとは恐るべし国蔵であった。厚姫は、「なぜ、なぜ? 私がカツサンドを持っている事を知っているのじゃ?」と、国蔵の怪しい妖気に、おののいた。
実は、国蔵は全く別の言葉を発していたのである。
「かせさんどのくらい歩るいているの?」であった。
しかし、まわりの者達には、「カツサンド、はどこであけるの?」であった。
あまりにも、ひどい聞き違いに、皆、腹をかかえて大笑い。ああ、笑い過ぎて、腹減ったぁ〜。








  



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