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9月13日(日)大手門から東御苑に入り三の丸尚蔵館で天皇在位50周年記念を見学して、天守閣跡から北桔橋を抜け彼岸花の花追いに・・・。 |
らくらくハイキング 中高年
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2月8日 らくらくハイキングクラブの巣雲山バスハイクに参加した。 |

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1月11日 らくらくハイキングクラブの新年祝賀山行で、吾妻山ー弘法山ハイキングに行って来た。 |

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7月13日 らくらくハイキングがあり京浜急行で神武寺駅から神武寺と鷹取山に行ってきました。 体調は悪く何回も小メマイがあったけれど小さな山だからと、歩くうち体調不良も収まってきた。 鷹取山は30年振り位の山だったけれど、記憶にあるのはロッククライミングの岩場くらいだった。 鷹取山は岩の多い山で何で使ったものか切り出し跡地で、40年前岩に彫られたという磨崖仏があった。 花の無い時期の小さな山のミニハイキングだから、好奇心もイマイチで感激度の無い山歩きだった。 山を下り駅に近くに来たら雷神社の祭礼があった。急な階段を登り拍手を打ったけれど信仰心と云うよりも、山の帰り神社仏閣の前を素通りする事が出来なくなった。
写真を見たら一眼レフの調子が途中から露出オーバーになってしまった。 多少の事ならパソコンで修正するけれど、修正範囲を超える露出オーバーだった。 露出オーバーの原因を探るため明日からのスケジュールが決まってしまった。 |

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(中高年の「らくらくハイキング」)のブログが開設されてから今回で1週年になりました。
「らくらくハイキング」は始め私「aruki」が試験的に始めましたが、副会長で会報の編集長の[ 920m ]氏が引継ぎ悪戦苦闘の末に立派なブログを作り上げました。忙しい人なのでブログはたまにしか・・・。副会長・会報の編集長(瓦版の元締め)・リーダー・山歩き・そしてブログ管理人の忙しさです。 今回は美人山女の篠吉というグラスアート・スケッチ・ハワイアンダンス・カーニバルなど等多芸な助っ人の協力で、江戸時代にタイムスリップした文章でユーモアのあるブログが出来上がりました。 (中高年の「らくらくハイキング」)のブログには[ 920m ]氏の写真が一杯見られます。検索をして。 天狗でもないかぎり、このような険しい岩山に登ることなど、できるものではあるまい、と思われた。 しかしそれにしても、ここに辿り着くまでに、我らが乗った、大きな駕籠は、細い曲がりくねった山道を、くねくねと、擦る事もなく、無事にのり越えて来たものである。すでに、本日一番の難所は、越えたのであった。 かような、天狗岩だろうが、親不知・子不知であろうが、我らがらくらく一族にとっては、への河童でござる。 さて、実際のところは、どうであったかと申すと、わずかばかりの登りで、宝寿台という、でっかい岩の横を通りぬけ、山頂らしき所に着いた。 岩山の山頂は、軽い登り下りは繰り返すものの、女子供も歩ける、なかなか良い道であった。雨上がりに濡れた新緑は、一段と美しさを増して輝いていた。 紅葉の時期にも、ぜひ訪れたいものである。 幾人かの、物好きが天狗の相撲場まで、足をのばして、スリルを楽しんだ。 (待っている者の身にもなってみなされ、早く帰ってくるのじゃ・・・) 四畳半ほどの広さはあろうか、岩峰のてっぺんが平になっていた。こちらから、あちらへと梯子が橋のかわりに渡してあった。恐る恐る渡って、あっちへ行くと、岩峰のてっぺんのまわりには、手擦りがない。こんな所で相撲をとったら、どうなるのか? おお〜! 想像しただけで身振いする。 次の見せ場は、親不知・子不知である。 岩壁の側面に掘られた細い道。左手は断崖絶壁であった。岩と岩の間の細い隙間を、すりぬけたり、頭上に迫ってくる、せり出した岩の下を、腰をかがめてくぐりぬけたりと、さながら黒部の、下の廊下を思い出させる。 篠吉は、まだ下の廊下を歩いた事はないのだが・・・思いだしているのは、亀戸天神のそばで、羽子板の師範をしている、お板姉さんであった。 (羽子板の師範のお板姉さんは、現代流に言うと卓球の名手ね) らくらく御一行様は、どなた様も、いかなる狭い所も通過致しましてで、ございます。 親不知・子不知を抜けると、前方が、パッと開け護摩壇に出た。眼下に広がる、下界は箱庭のようでございました。 雨上がりのため、霧が掛かっており、林立する岩峰が見えないのが、残念ではございますが、雨が上がっただけでも我らの日頃の行ないが、いかに良いかが知れようと、いうものである。 過去において、雨男といわれた、鬼の田中賢一郎が、最近では、晴れ男に変身。 四国巡礼、歩き遍路を成し遂げ帰ってきてからと、いうもの仏の賢と、一部では呼ばれているらしい・・・。 早朝に江戸を出立したので、歩き始めて、すぐではあるが腹の虫が、もう我慢ならねぇ。 瓦版の元締め、村田国蔵も、腹の虫が、かぎつけたのか、「カツサンドはどこであけるの?」と、やたら問い掛ける。 どうやら前を歩いている、厚姫のザックを透視したらしい・・・。 さすが霊山。国蔵は不思議な力を授かったのであろうか? ザックの中身を、見抜くとは恐るべし国蔵であった。厚姫は、「なぜ、なぜ? 私がカツサンドを持っている事を知っているのじゃ?」と、国蔵の怪しい妖気に、おののいた。 実は、国蔵は全く別の言葉を発していたのである。 「かせさんどのくらい歩るいているの?」であった。 しかし、まわりの者達には、「カツサンド、はどこであけるの?」であった。 あまりにも、ひどい聞き違いに、皆、腹をかかえて大笑い。ああ、笑い過ぎて、腹減ったぁ〜。 |

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