|
日本一新の会 メルマガ配信です。
森ゆう子議員の国会質問をぜひ見ましょう。
今朝NHK国会答弁を途中から聞いていたら、自民議員がえらそーに管の失政を指摘するのはいいのだが、こともあろうに発言の最後に、小沢氏の政治と金問題を持ち出した。怒り心頭に達する。冤罪を知りながら「セージトカネ」をバカの一つ覚えのように言い立てて、何かあるかのようにあおるこのような卑劣な党は、二度と浮上させるべきではない。
国民の認識度の問題だが、この期に及んでも自民を支援するなら、この国は浮かばれない。震災や原発事故で亡くなった人や苦しんでいる人々に、申し訳が立たないではないか。
現在の国民の苦しみの元凶は、長年の自民政権が押し付けてきた「原発強制」政策であり、
国民の利益より官僚主権・米国従属政治、警察・検察・司法、教育・大学・研究、経済界等、支配階級全体に張り巡らされた強固な不正組織網であり、
国民を洗脳し、3sによる国民総白痴化政策を担当するマスゴミの売国組織である。
テレビのない時代の日本人は、もっと賢かったと思う。
また今回、大災害の窮地に落とされた国民は、本来の知恵と力と助け合いの精神を発揮していると思う。
一番遅いのは、一番くるっているのは、政権を担当している菅政権と、それを追究する資格もない自民が、小沢外しをいまだに叫んでいる悲しい姿だ。
本来の、自立した日本を確立するために、政治人生をかけてきた政治家小沢一郎を、今こそ国民の指導者として建てられなければ、日本の再生はない。
以下はメルマガ「日本一新の会」からの転載です。
**************
日本一新の会御中 平素から私の政治活動にご支援ご指導を賜り、心から感謝を申し上げます。 さて、5月1日(日)に行われる参議院予算委員会におきまして 私が質問することになりましたので、取り急ぎご報告申し上げます。 東日本大震災等に於ける対策について、皆様から頂いた種々の ご意見ご提案を、約1時間午前午後と分け取り上げて質問致します。 NHKにてテレビ放映予定。 【質問日時】5月1日(日)11:35〜11:54/13:00〜13:40(時間はメドで流動的です) もしくは下記URL,参議院インターネット中継から http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php 質問の要旨 ◎震災からの生活再建について(5〜7問) 「被災者生活再建支援法」関連。復興に向けた地域コミュニティーの維持と、 郵政改革法案の早期成立等。その他 ◎被災自治体支援と財源確保について(5〜10問) ◎原発事故について(15〜20問) 今回の補正には原発事故対策、とりわけ住民の被ばくを最小限にとどめるために 積極的対策を講じるという視点が欠けている。 特に放射線被ばくに対する感受性の高い子どもや女性、若い人々への配慮はどう なっているのか。その他 ◎「第一次補正によりどのように雇用を守り、雇用を創出するのか」(8〜12問) 雇用支援、雇用創出の基本的姿勢と対策のポイント。心のケア。 ペットの取り組みと今後の対策。瓦礫処理関連。その他 ◎その他 ご都合つきましたら、ご覧頂ければ幸いです。 また参議院インターネット中継で、いつでも録画が御覧になれます。 今後とも、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します。 ********************************************************* 参議院議員 森ゆうこ 〒100-8962 東京都千代田区永田町2−1−1 参議院会館805号 代表 03-3581-3111 FAX 03-6551-0805 URL : http://www.mori-yuko.com/ ブログ :http://my-dream.air-nifty.com/moriyuuko/ Mail : yuuko_mori01@ |
歴史・思想・政治
[ リスト | 詳細 ]
|
今こそ東京1万人デモを実施して、
菅政権倒閣、小沢一郎を総理にして日本を復興しよう!
と叫びたい。菅のお友達内閣では、この史上最大の難局をのりきることは不可能であることを、私たちはこの10日間で、これでもかこれでもかと見せつけられてきた。
それは無能を通り越した犯罪である! そのことが明瞭になった。 総理大臣は1億2000万の命を預かっているという自覚もなければ能力も皆無の、平均以下のクズである。こんな屑に、これ以上命と生活を任せておけるわけがない。
できるだけ早く菅を引きずりおろさなければならない。
レイムダックだった菅を地震と津波の災害が首一つで救ったと思っては大間違いだ。原発事故の処理を巡っては、事態を悪化させることばかりの醜態、無体、狂気そのもののアホが総理であるという不幸に国民はいらだつばかりの日々だ。 無能ぶりをこれだけ見せつけたのだ。退陣せよと、大声で叫ぶ権利が国民にはある。 本当の能力のある指揮官にこの国の再興の陣頭指揮を執ってもらわねば、この国の未来はない。
これ以上国民を殺すな!福島原発事故を最悪のものにした責任をとれ!これは人災以上の菅災だ! 無能者が政権に居座れば居座るほど国民の命が失われる。子供や若い人が死んでゆく。 菅を倒せ!小沢氏に政権を明け渡せ!
国民の命と日本を守れ!の声を轟かせましょう。
そのことを今こそ、高らかに叫ぶデモをやりましょう。延期になってしまった東京1万人デモを、早急に組織して、日本維新、日本復興を小沢一郎の下でやり遂げようデモを、二見さん、組織してください。
|

- >
- 政治
- >
- 政界と政治活動
- >
- その他政界と政治活動
|
WNNの記事の和訳を送ります。
小沢さんが無事でよかったです。
それにしても、大変な事態です。
昨日家族を東京に残している同僚に聞くと、東京でも気持ちの悪い地震が絶えず、
病人を抱えた家族は眠れない、
スーパーからはコメが消えている、その他のものがないなど不安を訴えていると聞きました。
非常事態です。
家も家族も失い、食べ物さえももらえなかった東北関東の被災者を思うと
涙があふれてきます。
それにつけても、菅内閣のお粗末さはほとんど犯罪である、
こんな事態に適切な指揮官を欠いていることの不幸に
いらだつ私の言葉に夫から、『口が悪くなった』と非難されています。
今は戦争中と同じ、戦争にちゃんとした指揮官がいなければどんなことになるのか、
歴史小説のひとつも読めば、わかりそうなものでしょう。
菅内閣の無能人間ばかりいくら集めても、あまりにも心もとない……と
月怒
2)なんと岡田幹事長が国民救済の動きを制止しているという!!!ばかもの!!!(以下は日本の良識、平野貞夫氏と副島隆彦氏の言葉の引用)
まず、衆参両院議長に要請する。速やかに本会議を開き、「国家非常事態宣言」を議決し、巨大震災の被害が国家の存立、国民生活に甚大な影響を与えるものであることを、国民に認識させるべきである。その上で、国民それぞれの立場で、被災者の救援と被災地の復興に協力を求めるべきである。
菅首相と岡田民主党幹事長は、この国家非常事態に、小沢一郎元代表の統治能力や危機管理力、さらに政治力と見識を活用すべきである。 そのため「党員資格停止」の処置を解消し、まずは与党である民主党が党を挙げて救援復興に臨む体制を確立すべきである。谷垣自民党総裁の、復興支援増税論など論外である。 「日本一新の会」会員、並びにこのメルマガを読んでいただいたすべての方々にお願いがある。衆参両院議長及び岡田民主党幹事長他、お知り合いの衆参両院議員に対し、このメルマガの要旨をメールやファックスで要請していただきたい。 投稿者:平野貞夫 日時:2011年3月14日 14:48 http://www.the-journal.jp/contents/hirano/2011/03/post_30.html#more (転載終了) 副島隆彦です。このように平野貞夫先生が書かれているとおり、国会は今すぐ「国家非常事態宣言」を出すべきである。 国会議員も必死の働きかけをしているが、それを岡田克也(おかだかつや)が止めているという。だから、政治家は動けない。 <コメント>こんな幹事長ってどれほどのもの!? イオンの不買運動を続けてください。
|
「わかってもらおうとは思わない。しかし決してあきらめない」 by インナーマザー2010⁄10⁄25(月) 00:00
「インナーマザー」様のコメントが届きました。いつもありがとうございます。(日々坦々さまブログより転載)
「わかってもらおうとは思わない。しかし決してあきらめない」 鳥越俊太郎さんが言うように、世論調査は「オウム返し」です。マスコミが流す情報に対する国民の「反応」を計測している数字です。「思考」ではなく「反応」ですから「感情」になります。 大多数の国民は生活に苦しんでいます。職場や家族に問題を抱え、収入の不安もあります。身の回りで体験する不正の横行や強者の居直りに不満を抱えています。 ですから誰かのせいにしたい。日常的な不満を「こいつのせいで世の中がおかしくなっているのだ」と責任転嫁の対象を見つけようとします。八つ当たりする生贄(いけにえ)を探すわけですから、誰でもいいのです。 新自由主義によって中間共同体が破壊されているので、国民はバラバラに「アトム化」されています。 人間は人間関係を媒介にして自由になれる生き物です。バラバラにされるとただ孤独になるだけで身動きが取れず不自由になります。ところが新自由主義者は「お金を媒介にして自由になれる」という催眠術を国民にかけました。しかしお金は搾取する財界と収奪する官僚機構に独占されますから国民の大多数は不自由を強いられるカラクリでした。 当たり前ですが、人間は「間」という蝶番に結ばれて、群れの中で居場所を獲得します。バラバラにされると拠り所がないわけですから立ち止まって「考える」という足場がないわけです。不安定な精神状態になっています。不安定ですから「即時充足」を求めて彷徨います。すぐに答えを欲しがります。濃い味、感情を刺激する話題、すぐに気持ちよくなる情報に吸い寄せられて行きます。 メディア情報から家庭の食事まで、ジャンクフードに飛びつく即時充足の衝動は社会全体を汚染しています。アトム化に連動して「ファストフード現象」が国全体を覆っているのだと思います。 (佐藤優氏はこれを「ショートカット」の思想と呼んでいます) 日常的な不満は手早く誰かのせいにして充足すればいい。深刻な「生活習慣病」なのです。 資本主義の最高段階で現れる新自由主義経済によって国民をアトム化し流動化させることで利益を貪る資本の思惑と、同じく国民をアトム化してファッショ(束ねる)ことで動員しようとする国家(官僚機構)の思惑が合致しています。貨幣の原理と国家の原理が一致しているので国民の思考停止状態は好都合なのです。 そのような環境のなかで小沢一郎という侍が生贄にされている。資本と官僚とメディアの思惑が「悪人小沢」を必要としている。そしてアトム化された国民が観客としてこの娯楽ショーを支えているという構図です。 すべてを小沢のせいにすればスッキリと解決するのです。テレビが小沢をこき下ろし、新聞が悪人に仕立て上げ、溜飲が下がればつかの間の快楽を得られる。アイドルが転落する事件に熱狂するように、したたかな小沢をつぶして「ざまーみろ」と即時充足に浸ることで、国民が自ら真実を隠してくれるのですから支配階層にとっては好都合です。 そして財界と官僚とメディアの支配体制は維持されるのです。 生贄作りのイベントですから、そこには法的な分析も検証も複眼的な視座もない。支配構造のトリックも精査しない。帝国主義が再来している国際情勢も認識しない。ないないづくしの中で、空白の「ない」の部分にメディアが「結論」だけを投げ込む。思考をさせずに、情念に帰着させる。国民はますます思考を奪われアトム化される。商品化された国民の思考回路は、思考を許さないメディアシステムに回収されて行きます。 気持ちいい「ファストフード情報」には罠があります。 学校や職場のイジメ、魔女裁判の心理と類比的です。思考が麻痺しているので、国民は次に自分が血祭りにされるということを想像できません。目の前にある表面的な問題(現象)は見えても、構造的な問題(本質)が見えません。 ただし、忘れてならないのは、この閉塞感のうずまきに飲まれているのは我々も同じなのです。本質を見抜いているつもりが、その認識ですら即時充足のビジョンに過ぎないのかもしれない。だから考え続けていく「往還運動」が必要なのだと思います。 自己責任だけでなく、責任転嫁だけでもなく、地上の罪のなすり合いからいったん離れて、誰のせいでもない天の感覚を取り戻す。高天原に連なる「運」の感覚を維持しながら地上のシステムを見直せば、必ずトリックは見えてくる。 そして見えたものに執着せずに一旦斬ってしまう。「仏が見えたら仏を斬れ」です。此岸と彼岸の二つの眼を何度も往還させれば、自ずから真理が人を自由にすると信じます。人間の自由は人を経由して天とつながる色即是空だと信じます。私は小沢さんの生き方を見てそのことを学びました。 国民の思考停止にあやかって商売している支配階級に「対抗」するのではなく、「思考する往還運動」を繰り返すことが一番効果的な矛盾の提起になると思います。 「対抗」という発想は相手の土俵に乗ってしまうことです。敵の土俵は、国民同士を対立させて分断統治するという仕組みになっています。 デモの主催者が「なになにせよ!」というスローガンを抑制して呼びかけている姿勢に同意します。「対抗」するのではなく、「矛盾」を可視化すれば国民の思考する往還運動が自然と立ち上がって来ます。 官報に属する人々は、思考する世論を一番恐れています。小沢さんを非難している国民は敵ではなく同胞です。官僚以外はみんな味方です。 「国家」の実態は官僚です。官僚機構は外部の共同体です。「社会」の共同体に属する民とは出自が違います。 今起きている問題は公僕として民に奉仕しない官僚機構の実態が可視化しているということです。国民を無思考な民として固定化しようとしている策略が明らかになったということです。 池田晶子氏と埴谷雄高氏の対談を載せた「オン!」という書籍があります。池田晶子さんは14歳の思考様式に形而上的な哲学のロゴスを翻訳出来る抜群の哲学者です。埴谷雄高さんは大作「死霊」を書いた巨人です。孫娘ほど歳の違う池田氏と形而上的な対話が成立している不思議な本です。 この対談に、小沢氏を生贄にする官報や財界、ファストフードの観客にさせられている国民の催眠術を解くヒントがあります。 存在の二層、反転する視点の感覚がどうして相手に伝わらないのかと考える池田氏に対して、埴谷さんは「わかってもらおうと思わないことです。しかし決してあきらめないことです」と答える場面があります。 期待せずにあきらめないとはどういうことでしょうか。私はここに小沢さんの至誠通天、天の感覚を見るのです。 |
|
「日々坦々」様ブログより転載:
集団的エゴイズムを強化する時 byインナーマザー
ナショナリズムもパトリオティズムも本質的な違いはないと思います。 両方とも自分が帰属する共同体を大切にする気持ちです。 ただし、流通している使われ方を見ると、ナショナリズムには国家の機能が潜り込んでいます。さらに排他的な匂いも感じます。 一方、パトリオティズムは地域性や中間共同体の社会性を感じます。 ざっくり分けると、ナショナリズムは国家(官僚)の側に立つ排他的自己愛で、パトリオティズムは多元性と寛容さを大切にする棲み分けの相互愛です。 そのような使い分けで流通している現状なので、その意味では小沢さんの愛国心はパトリオティズムなのでしょう。 しかし私はナショナリズムとパトリオティズムの使い分けをしません。むしろ分けることを警戒しています。なぜなら、多くの論壇人の言説を見ると、ナショナリズムに内在する排他性と覇権主義を隠ぺいするための方便として「パトリオティズム」という言葉に換言しているように見えるからです。 そのような「すり替え」や「偽装」のトリックを防止するためにも、ナショナリズムという言葉一本で良いと思っています。 重要なのはそのナショナリズムが一元的なのか、多元的なのかの違いを見極めることだと思っています。 一元的な思想は排他的です。排他性の裏には覇権主義が隠れています。覇権主義は一元的な暴力で多元性を破壊します。ひとつの基準で世界を染めてしまおうとするグローバリズムです。人間を均一化・均質化する世界政策です。 つまり人間のアトム化、商品化が排他的ナショナリズムには内在しています。 一方、多元性と寛容さを国体の本義とする日本は、グローバリゼーションの対極にある八百万の神の国です。 神の国とは官僚機構が強制してくる物語とは別の神話です。大地の神と五穀の神に感謝する「社稷」の物語、祭祀共同体の神話です。 つまりグローバリゼーションによるアトム化と対極にあるモナドロジーの世界観です。 我々は均質化された機械の規格部品ではありません。色も形も匂いも違う変化する存在です。個人も、民族も、それぞれ差異はあっても優劣のないモナドです。そしてそれぞれの文化と融合した神が土着して国を包摂する。そして、そこに住むモナドたちを調和させる。神の予定調和です。 絶対に正しい神はいるのですが、絶対性は複数あるという多元的世界観に立つのが日本人です。 目に見える超越性が複数存在するように見えるのは当たり前で、それがこの世の現象界です。 神の国という言葉を聞いて、反射的に戦前の軍部官僚が行った官僚主導の「神の国」をイメージしてしまうと官僚の催眠術から抜け出せません。戦前の「神の国」は軍部官僚と内務省の官僚機構が偽装した君民共治の本義をないがしろにする統治だったと思います。その手品が今、反復しているのです。 日本は君と民が共治する君民共治の国です。官僚機構は司(つかさ)の役目を果たす公僕です。「おおやけ」につくすのが役人の仕事です。「おおやけ」とは君と民の日本国家です。社稷の日本を守るために、大君と共にある国民が、官僚機構に税金を収奪する役目を許しているのです。つまり我々が役人を養っているのです。さまざまな再分配を行う役所仕事や外交・防衛を国民が官僚に託しているのです。 ところが国民は官僚が神であるかのように思い込まされてきました。国民は無意識に官僚機構を「おかみ」と呼んでいます。 「お上」とは「お神」です。官僚支配を「お神」と呼び続けることで、自ら自己暗示にかかってしまった。習慣は人間を規定します。自分で自分にかけた催眠術が一番効果的です。自分が催眠術をかけているという自覚がないのですから指摘されても信じません。 だから支配階層はひらがなの発音に見えない漢字を埋め込んで流通させればよいのです。 支配は暗示です。暗示は識域下のサブリミナルな方法で行われます。 そして流通する言語を支配して来たのは官報でした。 そこで小沢一郎が立ち上がったわけです。「これ以上、国民をだましてはいけない」と。 社稷は魂に宿ります。本来の「おかみ」は大君です。国民は八百万の神々です。官僚は司に過ぎません。だから本来の「日本人である自分に還れ」と小沢さんはシグナルを発信している。君民共治を分断するような、戦前の官僚の暴走を反復させてはならないと。 小沢一郎のナショナリズムは社会の側に立った多元性と寛容さを内在した社稷の思想があります。だから強いのです。神々(つまり国民)と共にあるからへこたれないのだと思います。 さて、中国政府に対する菅政権の体たらくな対応を見ると、菅政権はいよいよ完成したようです。完成すれば終わります。終われば新しい「何か」が復活します。 日本は集団的エゴイズムをもっと強化すべきだと思います。それぞれの国が集団的エゴイズムを強化し合ってぶつかります。そして相手の反発が強すぎて自国の国益を毀損する段階になって初めて国際協調に転じればよいのです。 今回の駆け引きはあまりに引くのが早すぎました。ケンカにもなっていない。ケンカの流儀を知らないから手打ちも出来ないでつけこまれている。謝罪まで要求される不始末を犯したのはケンカが弱いのではなくケンカのルールを知らないからです。 「足元を見られる」という言い方があります。ビジネスにも取り入れられている社会心理学の「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」という方法があります。 玄関ドアでの押し売りとの駆け引きです。 お客が少しでも譲歩したら、すかさず足をドアに突っ込みます。お客が再び譲歩したら足を深く中へ入れます。ジワジワと侵略するのです。尖閣での海保船への突っ込みと船長釈放までがこの段階です。 次に「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」を使います。押し売りの方からわざと譲歩して見せるのです。1万円で買わせようとしていた商品を千円にすると「譲歩」する。相手に譲歩されると「返報性」という心理が働きます。相手が譲歩してくれたのだからこちらも譲歩して買ってあげようという気持ちになってしまうのです。お礼の心理です。 しかしよく考えれば勝手に押しかけてきたのは押し売りの方です。譲歩したように見せている押し売りは、もともと招かざる客だったはずです。押し売りの譲歩は現状回復への努力に過ぎないのです。それでも10分の1に値切ってくれた押し売りの努力に感謝して買ってあげることが「人の道」だと思ってしまうのです。ひどい錯覚なのですが、お返しをしなければならないという返報性の心理は人間関係の要諦ですから消滅させることは出来ません。 しかし、押し売りが来る前の現状を基点にして意識的に考えて行くことでこのトリックを防げます。 中国は制裁を解除する時に必ず恩を売ってきます。譲歩して制裁を解除してやったのだから日本も譲歩すべきだと言って来ます。「これを買え」「あれを認めろ」と当然のように要求してきます。それが人の道であるかのような堂々とした態度で。 これを防ぐ眼力も胆力も菅政権にはありません。なぜなら、菅も仙石も八百万の神である国民をだましているからです。国民をだまし、国民とつながっていない統治者は底力が出ないのです。そもそも「つながる」という感覚が分らないのです。国の底力が神話に根ざしていることが発見できないのです。だから虚勢を張って、第一ラウンドでノックダウンするのです。 国民へのリスペクト(敬意)がない官報が国民からの信頼を失い、視聴率や部数を落として失速し、傲慢な暴走で失地回復を図ろうとして益々信頼を失って行く姿と類比的です。 内閣も、官僚も、情報幕僚の官報も、国民への敬意(つまり畏れ)がないから弱くなってしまったのです。ならば国民への畏れ(つまり感謝)を思い出せば強くなるのです。 パワーバランスの論理も手法も知らない菅政権は「国家の舵取りをやってみたい」という意志はあっても能力がないことが露呈しました。 小沢さんは相手国の愛国心を理解できる人です。国を愛することは国民を愛することです。国は違っても仲間の共同体を大切にしようとする気持ちは一緒なのです。その気持ちが理解出来るから相手国のナショナリズムを尊重出来るのです。 そのうえで、日本は日本の立場でナショナリズムを強化する。国益を守るためにぎりぎりのところまで真剣に勝負する。国民(神々)とつながっているという自信は底力を出します。徹底的に集団的エゴイズムをむき出しにすればよいのです。 そして国益を毀損する一歩手前で手打ちをするのが勢力均衡外交の「棲み分け」です。パワーバランスの国際協調です。つまり多元的共生です。 小沢さんなら理論も能力もあるので、今回のようなひどい勝負はしていなかったと思います。 民主主義の起源は古代ギリシャの陶片追放(オストラキスモス)だといいます。 選ぶとは追放することです。こいつにやらせると社会が不幸になってしまうという無能なリーダーの名を陶片に書いて選挙で排除することです。 排他性の発動が許されるのは、国益を毀損する危険な指導者を排除する時なのです。 弱い者を排除するのではなく、弱い者をだますリーダーを排除するオストラキスモスが今の日本に必要なのだと思います。 弱いものでも闘えます。現代のオストラキスモスは陶片に記すだけではありません。民主主義の起源に立ち返って多くの国民が何をすべきかに気づき、原点回帰の表現をしています。 この息吹は確実に小沢一郎と、討ち死にした先人達と、未来の命に伝わっていると思います。 |



