オホーツクの詩季

舛添の公私混同、こんなのが日本の首都東京の知事:国民としてあまりにも恥ずかしすぎる・ためいき。一刻も早く辞めさせろ

随想

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グニュ思想について

いつも手に汗握る記事満載の、
飯山一郎氏のブログから、
「グニュ思想」というものを知った。
今の世の中は、
悪の帝国と善の山野が
拮抗しているのだ、ということを知った。
果てしなく奪い尽くす者と、
果てしなく与えつくす者がいるという
この世界の不思議、
この世界の叡智
 
決して悪魔の思うようには
この世界は行かないということ、
決して絶望することはない、
この世界は捨てたもんじゃない。
 
 
*******************
 
2013/07/08(月)   天才、早逝。
http://grnba.secret.jp/iiyama/i/nicephoto/kaneko.jpgファイル共有ソフト『ウィニー』の作者、金子勇氏が亡くなった。Winnyは鷲も使っていたが、便利なソフトや様々な大量のデータが簡単に手に入って便利だった。
彼は『グニュ思想』を完璧に理解していた人物だった。
グニュ思想』とは、人類の知的財産を無償で共有していこうという考え方だ。
『グニュ思想』を知らない人は多いが、Firefoxというブラウザ、Wikipediaという百科事典、LinuxというOSも『グニュ哲学』の所産だ。
鷲の“ローテク乳酸菌運動”も、「グニュ思想」の影響を受けている。
それにしても、金子勇氏の逝去は、あまりにも早すぎた。
42歳。心筋梗塞だったという。泣きたい気持ちだ。
天海祐希など、いま、若者の心筋梗塞が増えている。大変な事態だ。
金子勇氏の早逝は、日本の若者に対する警告でもある…。
心から冥福を祈りたい。合掌。

カッコーの鳴く頃

2013・05・26
 
525日朝
カッコーの初鳴きを聞く
今年の5月は晴れた日が1週間もなく、寒く、さくらの開花も10日以上遅れの異常現象。
やっと昨日は快晴の青空がもどってきて、暖かく、山の桜が2分咲きになった。桜の下に侍るように、地に這うように咲いている紫色の小さなスミレ。山道に可憐に咲き乱れているよ。小さなかわいいスミレ。2分咲きの山桜の写真を、背後の山に残る雪渓を入れてパチリとカメラに収めた。
 
待ちかねた畑仕事の1日だ。農家も私たちのような新米素人農家も、今日の暖かい日を待ちわびていたのだ。畝を耕運機で耕すのは夫の仕事。これまでに2回ほど畝づくりをしているが、前回は落ち葉と有機肥料(発酵鶏糞)を入れて耕したが、石灰を入れていない。そこで今回は石灰とマグネシウムを混ぜた肥料と、前回不足していた箇所に発酵牛糞を混ぜて耕した。100坪の畑に20キログラムの袋4つ(今回分)プラス6つ(前回分)。きちんとまかれていないと思うが、まあ、こんなもんでスタートしよう。
 
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54列の畝に、家で育てていた苗を植え付けた。結構時間がかかり、頭も使う。どこにどいう列を作るか、結局、まあまあ、今年は練習の年だから、あちこち散漫に植え付けになるが、実がなってくれればそれで良しとしたい。すべて勉強。百姓の第一歩なのだから。
 5時に帰宅。急いで夕食の準備(カレーの解凍)野菜サラダ。糸こんにゃくとたらこのからめ和えで、風呂上がりのビールを一本飲んで、8時には爆睡。526日朝3時に目が覚めた。外は薄明り。
 あっ、今日も朝焼けがきれいだぞ、の夫の声で起床。
 
夫は山へ芝刈りに、私は4時に、岬に朝の太陽が赤い半円の姿を現し、湖に水柱が赤く揺らめき立つのを見て、朝の散歩へ飛んで出かけた。カッコーが鳴く。サギが川面を飛ぶ。
道野辺に生えそめたヨモギの、やわらかな若葉をつんで、朝食のヨモギチャーハンにしよう。
オオバナノエンレイソウがゆかしく白く、森の中や水のほとりに咲き乱れている。

私の百姓生活 (二)

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5
17日(金)夜2208
 
金曜日はビールに寿司と決まっている。寿司桶持参で行きつけのグルメすし屋で仕込んで、ゆっくりと家でビールを飲みながら日本の米と海の幸を味わうのである。日中の山仕事の心地よい疲れと、好きな寿司を食べて飲み、テレビとは縁のない我が家ではそのままばたんキューと眠りの国へと旅立つのである。
 そして3時間後、私は今日の記録を書いている。
 
今日は朝10時頃、山の畑に出かけた。夫は畑仕事の道具を入れる物置を建設中である。その手伝いと、先日切り倒したトドマツの丸太を、製材所に持って行き、製材にしてもらうためトラックに積み込むための手伝いをするために私も駆り出された。今日は久しぶりの雲一つない快晴の青空である。心躍るとはこのことである。
午前中の私の仕事は、キャンプファイヤー場へと運ぶためのトドマツの枝をトラックに積みこむことである。畑の隅っこには先日植えたリンゴの苗が3本並んでいる。フジ2本と王林一本、ホーマックで買ってきたものだが、フジ2本の方は芽が出てこない。ちゃんと生きてくれるか心もとない。すべて見よう見まねでやる百姓仕事である。まあ、いいさ。
午後は切り倒したトドマツの大木を隣町の製材所へ運び、製材にしてもらうため、トラックに積み込むための助手をするのである。私は昼食のおにぎり弁当と生サツマイモを持参した。数日前に樹を燃やした後、その灰の中からまだ煙が立っていて、その中にサツマイモを入れておいたら、おいしい焼き芋ができたのには感激だった。
 
 
********************
山には3つの山小屋がある。それはすべて夫の手仕事でできたものである。山のてっぺんの小屋は夫が「方丈小屋」と呼び、毎日通っている彼の根城である。そこからは斜里岳をはじめ知床連山とオホーツク海、時には阿寒の山並みが一望できる。また能取岬の自衛隊レーダーも見える。
私が峠の茶屋と呼ぶそこで、いつものように彼の好きな日本茶を出してもらい、私の手製のお弁当を食べる。
 
毎朝、朝食前に山小屋に行くのが彼の日課となっている。昨日の朝は朝食の時間になっても帰ってこないのでどうしたのかと思っていると電話があった。たまたま携帯電話を家に忘れ、隣の農家まで行って電話を借りて、トラックのタイヤを山道にすべり落としそうになったので、私に迎えに来るようにと連絡があったのだ。朝食を食べた後、一緒に山に行き、彼は立ち木にロープをくくりつけ、道具を使って車を引っ張り上げた。私は落ちそうなトラックのハンドルをしっかり捕まえているように指示をされ、無事に脱出。
 
彼はこんなことになった失敗の原因を、心が2〜3日前に見つけたヤマシギの巣にとらわれていたからだと明かした。数日前私たちは一緒に水芭蕉の咲く沢沿いの小道に続く坂を歩いていた。その時、地面の草むらから、大きな鳥が飛び立った。彼はその場所を見て、私に来いと言って見せたのは4個の鳥の卵だった。ヤマシギだ。我々に警戒して飛び立ったのだ。この卵から雛がかえるまで、この道を通るのは避けよう、と速足で歩きながら私に言った。
「あの鳥はここに帰ってくるの?ちゃんと抱卵するの?」「卵が温かい間に帰ってくれば大丈夫だ、しかし冷たくなったら放棄して、また別のところに新たな卵を産むチャンスがある」。このような会話を私たちは交わした。私たちのテリトリーにヤマシギが新しい命を生むという、このわくわくする事実に、当たり前といえば当たり前のことであるのに、なぜか心がしっとりとしたうれしさに浸されるのだ。
 そんなことがあって、ヤマシギの巣に近づくことはやめようと誓い合ったにもかかわらず、毎日山に行く彼の心から、その巣のことが忘れられない。彼は遠くから望遠鏡をセットしてその巣を観察していたのだ。昨日の朝も私に内緒でその巣の観察に行くことに心せいていたために、トラックの運転が不注意になったためなのだと明かした。
 
「駄目じゃないの」と私に叱られながらも、昨日私たちは一緒に望遠鏡で観察できる位置へと行った。彼はなかなかそのあるべき位置が特定できずにいた。「おかしい」と言って巣があるはずの草地へ行って、やっとその理由がわかった。そこには壊れた卵が4つ散乱していたのだ。「これはキツネの食べ方じゃない。キツネは人間の匂いがない所には来ないからね。これは多分カラスに食べられたのだ、カラスはこんな食べ方をするから。」
 
残念、だけれど、自然界のおきてには逆らうことはできない。自然界の中ではこれも織り込み済みのことなのだから。卵が産まれて早い時期だったら、ある事情でその巣を放棄せざるを得ないときは、また生むことが多いのだと彼は言った。私たちはこの南方からの渡り鳥、繁殖のため沖縄やフィリピンのような南方からやってくる夏鳥のヤマシギが、わたしたちのテリトリーで、また子育てをすることを祈った。夏鳥といえば、カッコーやオウジシギも、もうそろそろ訪れる季節になる。この北海道には、このような遠くからの旅人が集まっては帰ってゆくのだ。時間の中の旅人でもある生きものの輝きが、同じ生きものである小さな自分と共鳴する。その喜びと悲しみが生の神髄かもしれないと思う。
 
 
*******************
頂上の方丈小屋で昼食を済ませた私は急な坂の小道を通り、丘の中腹のキャンプ場横のセロベルディ(緑の屋根の小屋)を通って下の畑へと帰ろうとした時、坂道の下の草むらから、大きな茶色っぽい鳥が飛び立って行った。先日チラッと見たヤマシギに似ているような気がした。夫にそのことを告げると、ヤマシギかもしれないと言った。そうだといいな、と私は思った。また子供を産んでおくれ。
 
午後は長い大きな丸太をトラックに積み込む。今ならばフォークリフトを使って楽々行う仕事だが、夫は昔ながらの手作業で、ロープを使って器用に積み込むのである。
その手子をやるのが私の仕事なのである。私は丸太が鉄の坂板からトラックの荷台にロープを伝って積みこまれるのを、反対脇からロープを引っ張って手伝うのである。合図とともに引っ張ると、丸太はぐいぐいと軽々と動き始めるではないか。夫はまっすぐな位置に誘導するため、私に待て、すすめ、と合図をしながら、位置を調整しながらトラックの荷台に正確に載せるのである。驚きである。二人で5本の丸太を軽トラックに積み込み、それにしっかりとロープをかけて、午後の仕事が終わった。
 
午後2時。彼が見つけた水芭蕉の大群生地が近くにあるということで、一緒に探索に出かけた。途中の山道に黒い塊が二つ見えた。私たちはとっさに、熊の親子の糞だと気が付いた。降りて写真を取り、人が大騒ぎして熊親子を殺す騒ぎにならないよう道の脇に取り除けた。人間が彼らの存在を抹殺する権利などありはしないのだ。
 
快晴のオホーツクの空、知床連山が白くくっきりと見える丘の道を少し下ると、広やかな水芭蕉の群落があった。そこは一度は畑か何かとして切り開かれたが、川沿いで湿地であり畑に適さないために放置された場所のように見えた。それは普通の湿地に咲く水芭蕉群落とは違い、倒れた萱の枯れ葉の中に無数の水芭蕉が生えそろっている不思議な光景であった。中に入ると水だらけの湿地であるが、枯れ野の広大な水芭蕉群落は何か、この世のものではないような、ある浄土感を漂わせているのだった。

私の百姓生活(一)

2013.5.17(金)
 
5月になって半月以上が経つが、春らしい晴れた青空の日は23日ほどしかない。今年はこれまで経験したことがないほどの暗い五月だ。5月連休終わりまで雪が降ったりやんだりの寒い日が続き、その後も気温が2度〜10度以下の寒い日々が続いている。例年は今頃街や家々の庭に桜が満開になる季節なのに、蕾も見られない。日本各地で梅雨だ、猛暑だと騒いでいるというのに。
 
桜の花に先だって咲くヤナギの花も、今年はまだわたしの目に留まらない。私の庭に水仙が咲き始めているが寒々しく痛々しい。雪解けの水辺や山の湿地に出現した水芭蕉だけは、これまでにないほどのうつくしい姿、を生き生きと見せてくれる今年の5月である。
 
 定年になり本格的に畑をする用意をしている。4月から室内で種をまき、苗を育ててきたのに、畑の準備がままならない。ついこの間前まで、畑の土が凍っていて耕運機が地面に入らない状態だったのに加えて、その後の天候が雨続きで、農家の大型の耕運機が畑に入ることができずに、農作業を始めることができず困っている様子である。
  
昨日、夫の山仕事の手伝いに行った。
10日ほど前、100坪ほどの山の畑に、日当たりを良くするため夫は山の木々を数本切った。
畑の両脇に植えられた並木で、腐りかけたり込み入ったりしているトドマツの大木を5本一人で伐採した。そのほか朝の陽を遮る山の斜面のミズナラの樹を5本ほど、チェーンを使ったりなんかして上手に伐採するのを、私は手伝いながら見ていた。
50年以上の年輪のトドマツは20mほどあるのだろうか。切り倒した後の緑の枝を落とし、丸太にする、それを適当な長さに輪切りにする、運ぶ、そういったことを夫は必要な道具を使いながら次々とこなしてゆく。
 昨日の私に与えられた仕事は、切り取ったトドマツの枝をトラックに載せてキャンプファイアに使うための広場に持ってゆくこと。その積み込みと降ろしを手伝うという仕事。
前回はそのトドマツの枝葉を燃やすため、畑の横の川辺に運ぶ仕事だった。白い大きな煙が終日立っていた。私はほとんどの日本人と同じく、このような山仕事はなれていないどころか未知の領域であったが、夫と暮らし始めて自然の中で暮らすことの楽しさと新鮮さを体感している。自然や火の怖さに緊張したり、その深い叡智に感動したり、新鮮な発見と感動があることが山の生活の醍醐味だ。
 
パソコンをやらない、ネットを軽蔑している夫にはまだ内緒にしているが、私は山に来いと言われるときは、株の仕込みをしてから出かけるのである。株と山仕事、どこか共通しているのではないか?
 

育苗日誌1

2013419(金)
 
朝カーテンを開けると、一面の雪景色に驚く。
やっと大雪の冬が終わり、野や庭に積もった大雪がだんだんと小さくなりほとんど消えかかっていたのに、また雪だ。小鳥たちのエサ台ももう撤去とおもっていたが、昨日は稗を与えずにいたが、今日は少しだけエサ台に穀物を乗せた。空気は冬のように冷たくはないので一日中で消えてしまうだろう。美しい雪景色もこれが見納めになるだろう。
 
今年から晴耕雨読、週1日非常勤出勤の生活をはじめる。
2~300坪?もある畑を耕すのは石巻から帰ってくる夫の仕事だが、耕運機を買い、半クロで畑をするといっているが、植えるのは私の仕事ということのようだ。
 雪が消えても、リラ冷えの6月初旬を越すまでは、外に直植えすることはできない。できるにしてもビニールで覆いをしなければならない。現在は温室でそだて種から植えて苗を作り、畑に植えられるように室内で管理するつもりだ。温室といっても住まいの東と南の窓辺にプランターで種まきしたものを置いているという程度である。
 冬場は外に出していた花の鉢植えの代わりに、種つけしたプランターとポットを置いている。
 
室温の管理は1階が12度、2階が19度となっている。陽が当たる日は2階は25度にもなるだろう。
1階と2階で桃太郎トマトを植え付けたポットを置いているのが、どう違いが出るのかを見るのも楽しみだ。
411日に種付けはじめて、8日目になる。すべて記録しようと張り切っている。(今のところ)
419日:絹さやえんどう(4.14日植え2F)が発芽2日目12
同:サラダ菜(4.111F12本くらい発芽
 

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