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何の理由もなく残酷に犠牲となった被害者と常に向き合い続ける刑事。被害者を哀れむ心が、被害者の意識に同化して徐々に刑事の心を蝕む。まともな審判を下せない法律、刑事の復讐心は犯人たちに向かう。 【キャスト】カム・ウソン → オ・ジョンス 強力班刑事 広域捜査隊長 チャン・シニョン → ハン・ソヨン 警察内部調査官→強力班女刑事(警部補) イ・スンミン → チョン・ジヒョン 監禁被害者 ジョンスの妻 チェ・ウォニョン → パク・ソンチョル 神父 ジョンスの友人 ユン・ジミン → イ・ギョンジン La Musette音楽治療院 ジョンスの友人 タク・トゥイン → ジョー・トーマス・キム ジョンス妻子の殺人容疑者 Holman Peter Ronald → デニー・ラミネス ジョンス妻子の殺人容疑者 Michael Allan Jones → トムソン CID(米陸軍犯罪捜査隊) キム・グテク → ユン・チャンベ ジョンス妻子殺害事件の検事 チョン・ソンファン → イ・ドンファン ジョンス妻子殺害事件の裁判官 ホ・ギホ → ハン・ソックン ジョーとデニーの弁護士 【ストーリー】 何の理由もなく残忍に殺されていった遺体に会う…それが強力班刑事オ・ジョンス(カム・ウソン)の日常だ。今日は、飲酒検問で引っかかった若者が何食わぬ顔で言った、父親の愛人を生き埋めにして殺害したと現場を掘削し遺体を掘り起こした。生き埋めにされた女性は身ごもっていた。取調べ中怒りを爆発させるジョンス。 ジョンスはPTSD(外傷後ストレス障害)を患っている。内部調査官ハン・ソヨン(チャン・シニョン)のカウンセリングを受けたジョンスは、被害者の痛みに囚われすぎだと指摘される。帰り際「人ひとり死んだところで世の中が変わるわけじゃない」と言われたジョンスは「一人の人間のために世界が変わることがある」と強い口調でソヨンを恫喝する。 七年前のある日、チョン・ジヒョン(イ・スンミン)は、突如トラックに追突され、車から引きずり出され、そのまま見知らぬ男たちに拉致される。犯人たちは裕福な生活を送る若い女性を拉致監禁暴行し、非道の限りを尽くして最後には命を奪う無差別連続殺人グループだった。ジョンスはそこから命からがら逃げ出したジヒョンの事情聴取を担当する。ジョンスは、壮絶な体験のために怯えきり精神が追い詰められているジヒョンを見守るうちに、2人は恋に落ち結婚、子供も授かり、幸せな新生活をスタートさせた。しかし、あることがきっかけで、ジヒョンは監禁当時の残酷な記憶が蘇り、身重の体でジョンスに何も告げずに姿を消してしまう。 それから数年。ジョンスは妻ジヒョンが出て行った日、そのままの部屋で、ジヒョンが帰ってくるのを待ちながら暮らしている。ジヒョンが自殺を考えて梁にかけたロープ、置いた椅子、そしてあの日、生まれてくる我が子のためにジョンスが買った赤ちゃん用の靴の包みもそのままだ。ジヒョンは無事に娘を出産していた。娘がパパに会いたいとせがむ。ジヒョンは意を決してジョンスにメールする。ジヒョンからのメールを受け取ったジョンスは、急いで制服に着がえる。“あなたの仕事のことは話してあるの。制服で着てくれたら、あの子きっと喜ぶわ”という文面を見たからだ。そして、待ち合わせの公園に向かうが妻と娘の姿がない。 内部調査官のソヨンが殺人事件の起きたカフェに到着する。そして、泥酔した2人組のアメリカ籍の男たちの無差別殺人によって残酷に殺された妻ジヒョンと娘を抱いて、血の海の中で嗚咽するジョンスを目撃することになる。ソヨンは内部調査官をやめジョンスの妻子を殺した犯人を掴まえるために強力班に配置換えを申し出る。ソヨンにはジョンスには伝えられない後悔の念があったからだ。 程なくして、ジョンスの妻子殺害容疑で、ジョー(タク・トゥイン)とデニー(Holman Peter Ronald)という2人のアメリカ籍の男たちが逮捕される。のらりくらりと取調べを受け、互いに罪を擦り付け合う2人の容疑者。そしてついにはCID(米陸軍犯罪捜査隊)までが介入して来て、まともな取調べすら難しい状況になる。ジョンスは取調室に侵入し容疑者に銃を突きつける。仲間の刑事たちに引き剥がされたジョンスはそのまま辞職届を出し、所在がわからなくなる。 裁判当日、2人の被告に言い渡されたのは、証拠不十分のため無罪という判決だった。警察も当てにならず法で裁くこともできない犯人たちに向かったジョンスの復讐が始まる…。 【感想】 こちらもwowowで再鑑賞後これを書いています。 この映画も実犯罪事件をモチーフにした作品です。 オイラの記憶では珍しいと思うんですが、映画内に2つの実犯罪事件の要素を盛り込んでいます。 一つは「至尊派(チジョンパ)事件」。 ジョンスの妻ジヒョンが巻き込まれた事件のモチーフ。 以下、実犯罪の事件概要。 韓国の犯罪組織「至尊派」が、1993年7月から1994年9月までの約1年間に5人を次々と殺害した事件で、 強要され犯罪に加担したが、その後辛うじて組織から逃走することに成功した女性の通報で事件が発覚。 それによって至尊派を逮捕。至尊派は、首謀者キム某の学校の後輩や刑務所仲間で構成され、富裕層を憎悪し復讐するという目的のために集団を形成して連鎖殺人を行った。当時は一般的に連鎖殺人は単独犯であったため、集団で連鎖殺人を行うのは非常にケースだった。 当初の目的は、富裕層の子女を誘拐して身代金を得てから殺すというものであり、現代百貨店の顧客リストを購入し、犯行対象者を決めた。しかし現代百貨店の顧客=富裕層という短絡的な発想は、結果として苦労して財を築きあげた中堅層の会社経営者夫妻や、飲食店勤務という仕事の都合上でブランド品を数点もっていた20代女性など、ごく平凡な一般庶民に被害者を出すこととなった。 逮捕時、至尊派は全く反省の色を見せず「貧乏人は牛や馬のように働くしかないんだよ!」と発言するなど、むしろ不平等な社会矛盾が自分たちに犯行を行わせたとして、自らの殺人を正当化した。その後の裁判で、1人を除く至尊派構成員5人に死刑が確定し、1年後死刑が執行された。なお、通報した女性は強要され2件の殺人に加担していたが不可抗力だったとして罪に問われなかった。また、「至尊派」という名称は逮捕時に担当刑事がつけた名前で、本人たちはギリシャ語で“野望”という意味の“マスカン”と名乗っていた。 そしてもう一つが、 チョン・ジニョンとチャン・グンソク主演で映画化された「梨泰院(イテウォン)殺人事件」。 ジョンスの妻ジヒョンと愛娘がカフェで無残に殺害されるシーンのモチーフです。 事件概要は…以前書いた『イテウォン殺人事件』の映画感想に書いてあります。 (青字部分が実際の事件の概要部分です)↓ http://blogs.yahoo.co.jp/asa_kndr/52171638.html 法律上は、判例上は正しくてもねぇ…被害者側からみたら…いっつも足りないですよね。 法律で定められた正当な手続きを踏んで、規定の法律に従って出した判決は、正当な判決。 たとえ極刑であっても心底から心の傷が癒えることはないのではないでしょうか。 それがこんな判決結果ではね…被害者家族は救われない…というような映画です。 映画冒頭だったか、最後だったかちょっと忘れましたが、 「この映画はフィクションです」のことわりテロップが流れます。 実際事件をモチーフにしていることは確実なのですが、あくまでもフィクションです。 公開年は『イテウォン殺人事件』が2009年、この『アウトロー』が2010年。 『イテウォン殺人事件』の感想記事に事件経緯として書いていますが、 SBSが報道特番を流しまくって、映画『イテウォン殺人事件』公開となった結果、 「国民情緒法」が発動して…検察が動かざるを得なくなって12年ぶりに捜査が再開されました。 「国民情緒法」…最近のナッツリターンでも話題になりましたね。 実際の法律ではなくて、簡単に言えば、国民感情の逆鱗に触れて国民が騒ぎ出したから、国が動く…的な。 本来なら、騒ぎ出したところで、きちんとやって出た結果がそこにあるなら動いちゃダメなんですが。 ハッキリ言えば、揶揄した表現ですよね。国民感情に左右されてブレるわけですから…法が。 ん〜。 そんな話をしだすと長くなるので、映画感想に戻ります。 …戻るには戻るんですけども(笑) これだけ話題性のある(衝撃的な)事件を2つ盛り込んだということは… 監督さんには少ながらず、この憤りを盛り込もう、という意図はあったのでしょうね。 復讐対象者は、妻子殺害事件の関係者6人+αで、7人。 7という数字を見ると七つの大罪を思い浮かべました。。。 事件担当検事(引継後の検事)が7人の中に入るあたりは…ただあの電話だけ…というよりも、 実際の事件の一連の出国禁止命令解いていたあたりがモチーフかな、と思います。 復讐物の映画としては、なかなか見応えがありました。 実際の事件がモチーフということで、「面白かった」と言うには語弊がありそうですが。 被害者側の心理を表現した立派な社会派映画だと思います。 こんな復讐が出来ずに苦しんで耐えている人々がどれだけ多いか…そんな気持ちになりました。 ボワ〜っとしか覚えていないので、正確な数字が出せないんですが… 「韓国で金持ちと貧乏人が同じく公平な裁判を受けられていると思うか?」という、 どこかの大学教授が論文のためにしたアンケートで公平ではない側が7割程という結果でしたか。 ナッツリターンで国民情緒法を調べてて、どっかで読んだんですけども。 ま、かといってそういう世論に押されて動くのもね。 動かなければ国民に攻撃され、動けば国際的に揶揄される…不憫といえば不憫ですけどね…。 どのみち信用度が薄いと思われてるのが、そもそも、ですかね。 金持ちと貧乏人の公正な裁判…という話で言えば… この映画のモチーフ至尊派事件を追ったドキュメンタリー映画があるんですが。 事件自体のドキュメンタリーではなく…死刑執行までが異例の早さだったというドキュメンタリー。 『Non-fiction Diary』2014年7月に韓国で公開された映画です。 2013年の釜山国際映画祭で上映されて、その後あんまり有名ではない映画祭ですが、 ちょこちょこと映画賞を取ってるようです。(シッチェス・カタロニア国際映画祭とか) 日本でのDVD化はおそらくないでしょう。 でも『アウトロー』キッカケで見たいと思っている映画の1つです。 『Non-fiction Diary』(2014) (Daum映画解説より) 20年前、皆が目撃した殺人事件。すべてのものは実際状況である! 1994年秋夕、全国民を衝撃に落とした史上初めの至尊派連鎖殺人が静かになる前、聖水大橋が崩れて翌年の 95年には三豊デパートが相次いで崩壊される。 そして 20年後、死亡者との冷ややかな出会いを始める! <製作ノート> 90年代韓国社会には何の事があっただろうか? 映画は当時韓国社会を驚愕させた至尊派で始める。 至尊派を検挙した二人の刑事の回顧談と当時資料画面を活用して至尊派を取るようになった経緯から至尊派の死刑までを大きいフレームで盛り出している。 しかし 〈ノンフィクションダイアリー〉は至尊派の犯罪ストーリーに焦点を合わせた映画ではない。 至尊派を経由して韓国近現代史の基点にあった 1990年代を反芻させる。 聖水大橋崩壊事件と三豊デパート崩壊事件を呼んで来て、90年代政権と 5.18 主動者に対する処罰問題まで編み出しながらうちの社会の法制島と死刑制も、引き続き政治と権力の問題まで柔軟に解く。 そして 2013年今日のやっぱり、その流れの延長線の中にイッウムを換気させる。 正園席監督の 〈ノンフィクションダイアリー〉は忘れた事件をまた召還する方式でインタビューとマスコミの資料画面を活用して記録に対する ‘記録’をしている。 そしてこの記録は現社会に対する ‘報告書’と同時に ‘記憶に対する記録’ でもある。(ホン・ヒョスク/2013年第18回釜山国際映画祭) <演出意図> 1994年全南光栄で 20代前半の子供達が集まって “富裕者を憎悪する”という掛け声の下、社会的不平等の怒りで始まった至尊派の犯行はいざ ‘富裕者’はただ一人も殺すことができなかったまま検挙されながら一切りついた。 「人肉を食べた」「我らは悪魔の種を持って生れついた」と言う言葉で語られる彼らの犯罪ストーリーは、資本主義の矛盾を犯行動機で標榜した最初の連鎖殺人犯であると同時に、韓国の圧縮された成長過程でただ一番も表面化されなかった階級的ブラックコメディであるでしょう。 皆がすべて知るように韓国の近現代史はその成長の速度と同じくらい多くのものを隠蔽して自らを肯定して来たし、本事件の当事者の大部分は死亡あるいはインタビューを拒否した。 今日この前代未聞の事件記録が大部分削除されたり残っていないという事実は私たちに多くのことを示唆する。 このような ‘記憶喪失症’は、当時の韓国社会の富裕層と知識人が至尊派の怒りに対してどんなに大きい恐怖心を持っていたのかを逆説的に証明することでもある。 去る 5年間この事件を調査してきた私にしつこく付きまとうことは、‘記録する’と言う行為に対する冷情な質問である。 去る歳月、誰も注目しなかった事件の残された部分の中から発見される日常のイメージは同時代芸術家として実践する ‘記録的闘争’に近い。 ↑死刑制度廃止論を叫ぶ映画ではないそうですが… 死刑制度に疑問を投げかける映画ではあるようです。 すみません。
今回は『アウトロー』の感想からずいぶんあちこちに飛びました<(_)> 実犯罪モチーフの映画を観たあとは、なにかと考えることが多いですね。 |

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