ほしぞら高原鉄道Yahoo支店

Nゲージ架空鉄道『ほしぞら高原鉄道』の思い当たった事を綴るページです。

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92704 0-2000系東海道山陽新幹線
 時は1999年。9月18日のあるニュースに悲しんでいる自分がいました。
 この日、東海道新幹線から0系新幹線が引退。前頭部に『長い間のご利用ありがとうございました 0系 最終運転日1999年9月18日』と書かれた0系が最後のお勤めをし、こだま473号として名古屋まで力走する映像を見ていました。
 新幹線の中では一番好きなのは100系とは言います。しかし、幼少期の自分にとって、身近な存在だったのは0系の方でした。大阪の枚方に祖母の兄が住んでいて、自分が幼少期のころに亡くなったのです。その49日法要とか一周忌の法要とかへ参列する際、祖母に手を引かれて三島から京都まで乗車。決まって、乗るのは0系こだま号でした。
 当時はまだ、300系は雲の上の存在(4歳ごろの時はまだデビューしてませんでした)。帰りは最速達のひかりで名古屋まで。そこで後続のひかり(名古屋〜東京間で2駅停車)で静岡まで(三島停車のひかりはあったと思いますが、おそらく時間的には通過列車。静岡の次は終点東京)。そこから0系のこだま号に乗り換えて三島に帰る…というパターンだったと記憶しています。当時は100系に乗りたい、0系は古臭くて嫌だ…とか思っていたのかもしれません。今になって思えば恥ずかしい。今や0系に乗った事がない人がいるのに、それに乗る機会に恵まれてたのだから。贅沢といえば贅沢です。
 そんなこんなで、次第に姿を消していった0系。このラストランを報じるニュースと、鉄道ファンの特集『(1999年9月号)さらば東海道新幹線0系』の記事は、この車両の偉大さを感じるのに十分でした。当時はNゲージの世界に飛び込んだばかり。300系3両1本をエンドレス基本のレール上で爆走させていた時期…そして、時は訪れます。TOMIXから0系新幹線が出ているというのを知ったのです。手伝いして小遣いをためて…買うのに相当必死だったような気がします。そして、爆走の餌食になっていたのは言うまでもありません。全6両編成中、下り先頭車21-2000の次…2両目に動力車が来ていたから、走らせ方次第ではよく脱線した。確か、上り方先頭車22-2000を先頭に6両編成で走らせたら、MAX…当時のコントローラーN-500でMAXスピード…スケールスピードは測ったことないですが、恐らく400km/h?でカーブに突っ込んだら脱線したような。前に連結されている車両が吹っ飛ばされるように脱線。この失敗から、スピードに気をつけ、落ち着いた走行をするようになりました。あれだけの無茶な運転をしながら、今まで故障も起こさないで走ってくれていることには感謝したいところ…。

その後、TOMIXのレールが規格替わりしたことに伴う、線路買い替え時にベーシックセットEX0系新幹線、山陽路でのさよなら運転を記念したセットの発売により、3編成18両を保有。地味な印象な新幹線でしたが、そんな中でも輝いていた車両だったでしょう…。

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