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徒然なるままに
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困った顔

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リトアニアの首都ビリニュスで桜が咲いているそうです。
 
2次世界大戦中、同国に逃れてきた多くのユダヤ人のピザを発行して、
命を救ったことで知られる日本人外交官、
 
杉原千畝(すぎはらちうね)を記念する公園。
 
イメージ 1
         この桜は日本です〜^^
 
 
今では、多くの方に知られている杉原千畝
 
 
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一時に多量のビザ発行を手書きして万年筆が折れ、査証を認める日々。
一日が終わり「ぐったり疲れて、そのままベッドに倒れ込む」状態。
「痛くなって動かなくなった腕」を夫人がマッサージしなくてはならない事態。
オランダ領事館用よりは、やや簡略化された形のゴム印を作成ができてきて発行。
 
 
イメージ 3
 
 
杉原千畝は、ソ連政府や本国から再三の退去命令を受けながら一カ月余り、
寝る間も惜しんで人々へビザを発行。
 
本省からのベルリンへの移動命令が無視できなくなると、
領事館内すべての重要書類を焼却。
 
 
家族と共に今日まで残る老舗ホテル「メトロポリス」に移って、
領事印を荷物に梱包してしまったため、ホテル内で仮通行書を発行した。
 
 
イメージ 4
 
 
ベルリンへ旅立つ車上の人になっても、杉原は車窓から手渡しされたビザを書き続けた。
その間発行されたビザの枚数は、番号が付され記録されているものだけでも2,139枚。
 
 
汽車が走り出し、もうビザを書くことができなくなって、
 
「許して下さい、私にはもう書けない。みなさんのご無事を祈っています」と。
 
「スギハァラ。私たちはあなたを忘れません。もう一度あなたにお会いしますよ」という叫び声があがった。
 
そして「列車と並んで泣きながら走っている人」が、
千畝たちの「姿が見えなくなるまで何度も叫び続けて」いた。
 
 
 
 
ユダヤ人虐殺の影で、こうした日本人がいた。
 
 
 
杉原千畝の言葉
 
私に頼ってくる人々を見捨てるわけには行かない。でなければ私は神に背く。
 
私がしたことは外交官としては間違っていたかもしれない。
しかし、私には頼ってきた何千もの人を見殺しにすることはできなかった。
 
 
 
リトアニアで咲いた桜のニュースを読んで、
杉原千畝の愛ある信念と、勇気ある日々のあったことを思い出しました。
 
 
皆様もお元気でよい日でありますように。

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