母の家計簿と日記 昭和33年

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昭和33年12月1日
  赤坂教育会費 40円   バター1ポンド 250円   マーガリン 75円
  砂糖 100円   カニ缶 200円   マヨネーズ 45円   マカロニ 50円
  カレーの素 45円   さかな 90円   玉子 100円   ホーレン草 20円
  林檎 20円   長葱 10円   里芋 10円   菓子 90円
  黒絹縫糸 5匁 130円
昭和33年12月2日
  三郎簡易保険1年分 618円   コクエ名簡易保険新規 2万円 毎月190円
  パン 35円   正明本 120円   カーボン紙 7円   鉛筆サック 20円
  豚コマ 70円   大根 20円   正明薬 75円   さつまいも 35円
  玉ねぎ 30円   カブ 15円   人じん 10円   モヤシ 10円
  生あげ 20円   薄あげ 10円
昭和33年12月3日
  ぱん 30円   林檎 20円   ビスケット 40円   正明医者拂 25円
  豚コマ70円   ハム30円   豚切り身 30円   三郎へ 1000円
  白ス干 30円   油 ゴマ 白絞 60*7+33*3=519円
  スフモス 1.5メートル 150円   スカート地 720円   茶ワン 44円
  茶タク 350円   正明ズボン下 長袖シャツ 320円   牛肉 50円
  ウインナー 50円   バス 30円   キャベツ 35円   人じん 5円
  タクアン 10円
昭和33年12月4日
  ぱん 30円   みかん 30円   丸干 20円   味の素 230円
  海苔2帖 150円   普段用茶 100円   客用茶200匁 150円
  レバーベースト 50円   トリもつ 50円   キャラメル 10円
  障子紙 150円   モヤシ 10円   玉ねぎ 40円   長ねぎ 10円
  白タキ 15円   ホーレン草 15円   ジャガ 15円   アゲ 10円
  うどん玉 24円   和昭級費その他 280円
昭和33年12月5日
  青山3丁目信号燈設置寄付 150円   さかな 80円   モヤシ 10円
  ジャガ 25円   ぱん 30円
昭和33年12月6日
  電気代 44KW 462円   ぱん 60円   さかな 100円   人じん 5円
  干いも 20円   はす 10円   とろろいも 25円   メリケン粉 60円
  和昭11月分貯金 50円   正明掻巻綿 3枚 600円   真綿 50円
  とじ糸 22円   アメ 10円   髪洗粉 20円
昭和33年12月7日
  信子パーマ 550円   ラーメン3人分 120円   キャラメル 20円
  薬性石ケン 40*6=240円   キハツ油 40円   歯みがき粉 45円
  歯ブラシ 45円   オシロイ 200円   ワンダフル 200円
  メンタム 100円   豚コマ 90円   桃の葉クリーム 40円
  メンチカツ、コロッケ 100円   細昆布 20円   長ねぎ 10円
  モヤシ 10円   キャベツ 30円   カブ 15円   流しゴミ受2コ 60円
  階段電気 43円   小学校五年生雑誌1月号 145円
昭和33年12月8日
  支那そば玉 16円   ホーレン草 15円   長葱 10円   りんご 20円
昭和33年12月9日
  ぱん 30円   みかん 25円   りんご 20円   ドロップ 40円
  トンカツ 25円   豚コマ 70円   カマボコ 50円   しめさば 40円
  玉ねぎ 15円   椎茸 15円   大根 10円   アゲ 25円
  和昭給食費12月分 350円   三郎ネクタイ 550円
  自由が丘行 420円   ソース 30円
 
昭和33年12月10日
  正明理髪 70円   菓子 150円   レバーベースト 60円
  京都の母上達へ海苔 上130*3 下100*3 690円   送料 70円
  アコーダイ2切 40円   〆さば 20円   玉子 100円   人じん 5円
  はす 10円   長ねぎ 10円   ホーレン草 10円   みかん 30円
  文芸春秋 120円   
昭和33年12月11日
  森口氏母堂死去香奠 500円   瓦斯代25立方米 515円 
  醤油 135円   ぱん 40円   牛挽肉300匁 105円 
  ホーレン草 15円   玉ねぎ 25円   ジャガ 15円   モヤシ 10円
昭和33年12月12日
  トイレットペーパ4コ 100円   トーフ 15円   あじ 45円
  なまこ 20円   アゲ 10円   白菜 100円 
  キャベツ 20円   タクアン 20円
昭和33年12月13日
  酢2合 20円   世界文学全集 297円   お米20K 1778円
  トンカツメンチ 95円   ぱん 30円   みかん 30円   玉子 100円
  長葱 15円   キャベツ 30円  
昭和33年12月14日
  塩 20円   風呂場スノ子用杉板2枚 200円   角材 75円
  けずり賃 50円   ぱん 40円   牛乳 15円   切手20枚 100円
  豚コマ 70円   かき 50円   魚 75円   モヤシ 10円
  大根 15円   長ねぎ 20円   砂糖 104円   目刺 20円
  マーガリン 75円   ウドン 16円   和昭へ 10円
昭和33年12月15日
  ウドン 16円   アゲ 10円   ぱん 30円   みかん 40円 
  豚コマ 105円
  (ボーナス) 44,698円
  ホーレン草 15円   ハス 18円   玉ねぎ 25円   人じん 5円
  福伸漬 20円   
昭和33年12月16日
  塩干用いか 70円   ぶり 40円   なまこ 20円   ハム 60円
  玉子 100円   モヤシ 10円   キャベツ 15円   長ねぎ 15円
  十姉妹えさ 35円   和昭習字へ 15円   PTA12月分 140円
  三郎ボーナスより 5000円
昭和33年12月17日
  ぱん 30円   林檎 30円   生さけ2切 40円   ワカサギ 80円
  人じん 5円   大根 20円   煮干400匁 100円   豚肉 150円
昭和33年12月18日
  支那そば 24円   モヤシ 10円
昭和33年12月19日
  ぱん 30円   和昭運動靴九文 190円   信子財布 180円
  ハム 60円   手玉袋 10円   ガム 10円   和昭へ 50円
  目刺 20円   サツマアゲ 20円   玉子 60円   人じん 5円
  玉ねぎ 25円   ホーレン草 10円   若〆 20円   つけ落とし 100円
 
 
昭和33年12月20日
  自由が丘行バス代 90円   ぱん 30円   みかん 150円 
  菓子 120円   餅菓子 40円   ブリ 56円   シューマイ 40円 
  フィシュボール 30円   地下鉄 10円   みかん 60円
昭和33年12月21日
  省線 20円   都電 25円   台所コンセント 55円   昼食代 320円
  三郎11月分小遣い 1000円   キャベツ 40円   ホーレン草 15円
  長ねぎ 10円   生さけ 60円   みそ 64円   トーフ 15円
  正月用ゴム印 120円   肉 100円
  以下ボーナスより
  カーテン地 15ヤール 130*15 1950円   コタツ毛布(混毛) 1440円
  婦人用ウイリーナイロン靴下 200*3足 600円
  ソックス(婦人用) 130*2足 260円   レコードプレイヤー 4500円
  電気釜(6合炊 定価3200) 2300円   タイマー(定価1700) 1200円
  万年筆(三郎) 1000円   スタンプ台 150円   本(三郎) 600円
  住所ゴムハンコ 525円
  税金の返り  4104円
昭和33年12月22日
  ぱん 15円   毎日新聞 12月分 330円   豚コマ 70円
  ホーレン草 10円   ジャガ 20円   ガンモドキ 25円
  さつまいも 25円   人じん 5円   菓子 100円   食ぱん 30円
  まぐろ 30円   レコード 400円   三郎へ 600円
昭和33年12月23日
  オカホ餅米 5日分 340円   餅 1064円   徳利 35円   ぱん 30円
  コタツ毛布カバー 65*6+その他260 650円   おはし 45円
  貝柱 30円   長ねぎ 20円   みかん 40円   トンカツメンチ 95円
  お面 20円
昭和33年12月24日
  回覧雑誌 210円   ぱん 30円   菊正宗 1升 840円
  蜂ブドー酒 205円   片栗粉 18円   映画自動車 20円
  きり 25円   明治バター 1ポンド 250円   紅生姜 20円
  メリケン粉 60円   豚コマ 70円   玉子 100円   ホーレン草 15円
  人じん 5円   みかん 40円   長葱 20円   椎茸 20円
  税金(タイ納分) 620円
  以下ボーナスより
  電気汽車 800円   鉛筆けずり 980円   こま 100円
  トランス 550円   カーテンのつり金具 1065円
昭和33年12月25日
  ウドン 40円   アゲ 10円   和昭借自転車 30円   林檎 50円
  家賃 12月分 1700円   自由が丘へ(立教より) 2000円
  牛挽肉 140円   ぱん 10円   玉ねぎ 40円   ジャガ 20円
  ホーレン草 15円   人じん 5円   長ねぎ 10円   里芋 20円
昭和33年12月26日
  信子マフラー 250円   長ブルマー 170円   和昭パンツ 150円
  ズボン下 220円   和昭ソックス 200円   ぱん 70円
  和昭ナイロンサージ 11〜12才 と長ズボン 1000円
  三郎ズボン下 250円   正明オシメカバー 470円   椎茸 70円
  豚肉 140円   マカロニその他 100円   地下鉄回数券 90円
  中野母洋服 500円   トーフ 15円   コンニャク 10円   もやし 10円
  三郎達26日昼食 300円   三郎その他 235円
昭和33年12月27日
  三郎吉田先生へ 1000円   三郎床屋 150円
  三郎25日自由が丘行 200円   和昭正明床屋へ 130円
  牛乳代 878円   白菜 100円   玉子 200円   タクアン 10円
  モヤシ 10円   長ねぎ 25円   キンカン 20円   みかん 20円
  白たき 15円   電話 10円
 
 
昭和33年12月28日
  ぱん 30円   さかな 100円   玉子 200円   ホーレン草 10円
  干柿 10円   年玉 1850円 (恵津子さん 300 毅さん 200 幸子さん
  200 肇一さん 300 治郎さん 200 はるみさん 200 克彦さん 200
  和昭 200 正明 50)   つけ落とし 400
昭和33年12月29日
  積立貯金 1000円   ぱん 40円   アンモニア 20円   黒豆2合 26円
  みそ 64円   味醂2合 145円   もやし 15円   クレンザー 20円
  ちり紙 25円   海苔 520円(60*3帖+70*2帖+100*2帖)
  みかん 300円(百匁20*1貫+600匁100)   キャラコ(2ヤール) 150円
  さつまあげ 20円   トンカツメンチ  110円   豚コマ 140円
  ソース 25円   酢 10円   石炭 600円
昭和33年12月30日
  マカロニ 50円   メリケン粉 45円   なると 25円   長葱1〆 130円
  ホーレン草 15円   みつ葉 45円   ユズ 10円   大根 10円
  とろろいも 35円   ジャガ 20円   人じん はす 玉ねぎ 竹の子 150円
  林檎 50円   モヤシ 10円   さや豆 25円   キャベツ 60円
  トーフ 15円   目刺 20円   かまぼこ 125円   和昭自転車 30円
昭和33年12月31日
  お供餅 67円   お花 60円   おさい箸 12円   ホーレン草 15円
  なまこ 100匁 60円   おさしみ 100匁 110円   なると 20円
  生さけ 40円   サラダ油 1ビン 200円   栗きんとん 50匁 100円
  昆布巻 50匁 45円   青豆 50匁 35円   粉わさび 30円
  和昭自転車 20円
  以下三郎買物
  鶏肉 400g 200円   豚肉 400g 160円   鶏ガラ 45円
  おつまみ 190円   ぶり 6切 210円   筋子 150円
  正月用菓子 158円   粒うに 1ビン 120円   ベーコン 107円
  バター 1/4ポンド 80円   昼飯支那そば 160円   自転車 20円
  鯛 2尾 100円

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昭和33年12月1日晴
   正明朝6度8分 夜7度8分 三郎午後1時過帰宅 昌子さん来られる
昭和33年12月2日(火)晴
   正明朝?? 夕方7度3分 朝起きてすぐ正明腹痛で泣き4回程軟便をした為
  高桑さんへ行き 明日小水を持った行き腎臓を調べて貰う事にする
  ガルシア比大統領昨日午後4時羽根田着 今日は議事堂で親善演説をなさる
昭和33年12月3日   雨後晴 
  正明朝6度7分 夕方6度3分 高桑先生に診て貰ったが何ともないとの診断に
  安心する 昼アパートの人と下水掃除 午後新宿に油と正明掻巻の
  裏地の足りない分を求めに行く
昭和33年12月4日
  久留米の彌永勝太氏より下記1箱(30個入2〆入り)送って下さる
  三郎 森氏のドイツ行送別会を午後5時半より美華に行き 1,2,3・・・
  会の後 午後12時帰宅す 津田の帰り三郎株の(大同等を売り東洋
  レーヨンを買った)決算をした後 自由が丘へ11月分を持って行く
昭和33年12月5日(金)
   三郎昼頃帰りて昨夜遅き為すぐ寝る 立教の帰り西武デパートに寄りて
  ネクタイを1本550円で買って来る
昭和33年12月6日(土)
   正明の掻巻縫い上げ 後綿を入れるばかりとなる
昭和33年12月7日(日)晴
   朝の片付け中 中野の嫂上一人来られる 治郎さんがモギ試験に
  新宿に来た序に寄ったとの事 11時過帰られる 三郎に子供達を頼み
  パーマに行き4時半頃帰宅す 信子朝から食事の後胃にもたれて鈍痛有り
  10時頃みかん1個頂いた後 猶ミカンのかたまりを感じる様になり
  夕食の時迄胃のもたれが有りて 具合悪し 早く寝る
  信子8日朝起きて少し胃を感じたが 後腰が痛くカイロを当てて具合よくなる
  然し食後胃のもたれを感んずる
 
昭和33年12月8日(月)
   三郎津田は休みで 昼食後出掛け3時半頃帰って来る 午前中石田望氏
  国税庁組合と書いた自家用車に乗って来られ 今年一杯で国税庁を
  やめるから他に良い勤先をと頼んで帰られる 三郎夕方になって頭の一部が
  痛いと云う 昌子さん来られず 正明の掻巻に三郎に手伝って貰って
  綿を入れ終わりほっとする
昭和33年12月9日(火)
   三郎午後3時前帰宅されやはり頭が痛い由 信子舌の上がざらざらと
  具合わるし
昭和33年12月10日(水)晴
   朝のうち正明と床屋へ 帰宅して掻巻仕上げる 信子未だ舌の具合わるし
昭和33年12月11日(木)
   三郎昨日森口氏より母堂死去の葉書が有ったので 午後より森口氏宅へ
  香奠を持って行く 78才のお年で有った由 午後7時半頃帰宅
昭和33年12月12日(金)
   三郎立教の追試をして後 株の利子を銀貯し午後5時頃帰宅 間もなく
  H博氏御歳暮(天ぷら油 味の素 詰合せ)と来年のこよみを持って来て
  下さる 11月27日幸子さん女子安産され康子と御命名の由 1合余りの
  お酒を召し上がって帰られる 信子今日は三郎の毛布カバーを洗ひ
  北窓及玄関のショウ子を貼りかへ 夜カバーを縫ひつける
  和昭社会100 算数85のテスト持帰る
昭和33年12月13日(土)
   午後2時頃石田の義姉上来られ 以前貸した丸帯と世界文学全集
  自由が丘母上70才祝積立金11,12月分千円 子供達に菓子を頂く
  1時間程して加藤の義姉上来られ アゲセンベイとやはり積立金11,12月分
  千円を預かる 武彦さん報知新聞に就職決まられ 火曜日曜と勤められて
  居られる由 御一緒に5時頃帰られる 三郎午後8時頃帰宅される
 
昭和33年12月14日(日)晴
   午前中材木屋にてむきを求め 板にカンナをかけて貰ひ 午後風呂場の
  スノ子を作って貰ふ 割合暖かな日だった 和昭のセーター後身を編む
昭和33年12月15日(月)
   夕方4時半頃昌子さん来られる 30分程三郎を待たれたが とうとう帰られる
  三郎会議で午後7時半帰宅
昭和33年12月16日(火)
   和昭文集を皆と作っているとかで昨日今日午後5時過帰宅す
  三郎も会議の為午後8時半頃帰宅す 昨日ボーナスを頂いて帰り
  今朝出勤の時〔持って居ないと困る]と5千円ボーナスより持って出掛ける
  森口氏(日本電機)より香典返しに風呂敷届けられる
  三郎万年筆を千円で求めた由
昭和33年12月17日(水)
   和昭のセータようよう出来上がる 三日目に(12オンス皆使用)
  京都の母上より海苔着いたと便り有り 父上は毎週水曜日に丹波市より
  帰りて木曜日失業保険金を貰ひ 金曜日朝丹波市へ行かれる由
昭和33年12月18日(木)夕方より雨
   午後2時より青小講堂で メガネ小僧 切手なき手紙 の映画見る
  三郎岩原さん松原さんと忘年会をする由 午後9時頃帰宅される
昭和33年12月19日(金)
   三郎立教より午後1時頃帰宅す 信子和昭の父兄会に午後1時半より出掛ける
  級全体の成績発表をして後 4科目の成績の1番良い人 400点満点で
  山田さんが379点で最高 次は高桑さん 3番渡辺てるを君 4番和昭と
  話される 個人面接の折り国語がわるいとの事 読み 意味をとらえる
  音訓の区別に注意するように 又学用品の忘れ物が多いと注意される
  友達の少ない事も今迄と同様らしい
 
昭和33年12月20日(土)
  丁度お昼頃紀子さん来られ(味の素青小袋2こ キャラメル2個)克彦さん
  明日模擬試験を受けに行くので 毅さんを誘いに自由が丘へ行くとの事で
  母上が冬コートを作り度いと先日三郎に話して居られたとの事で
  詳しい話を聞く為一緒に自由が丘へ行く 
  (紀子さんより自由が丘母上の積立金2千円を預かる)
  馨兄上も帰って来られ 和昭だけ宿らせて頂き 6時半頃帰宅したら
  三郎一旦帰宅して 又外出したらしい 午後10時帰宅される
昭和33年12月21日(日)暖かい上天気
  朝片付後三郎 正明と浅草橋の問屋街に行き ボーナスでの予定の
  買物をすませ カーテン 毛布 私と正明は先に帰宅し 三郎は夕暮れに
  レコードプレイヤー(4500円)と電気釜(2300円)
  秋葉原で求めて帰って来る
  和昭は私達より先に帰って来て居り 昨夜は自由が丘へ宿らず
  毅さんと共に克彦さんの家へ行き宿った由 上野迄克彦さんに送って
  貰った由 夜早速電気釜にタイマーをつけて朝食のお米を入れる
  中村隆俊氏より長男毅さん名で内祝として白砂糖2K送って下さる
  朝I田和子さん寄られ 私に??の七分袖肌着を下さる
  税金の返り 4104円
昭和33年12月22日(月)暖かい日
  寝て居る間にうまく御飯出来て居り 主婦には何により
  午前中カバー三枚を洗濯午後縫いつける 三郎はじめて小さなクリスマスの
  レコードその他1枚買って来る
昭和33年12月23日(火)
  三郎津田の帰り5千円を持って子供達にクリスマスの贈物を買って来る
  電気汽車はトランスが古もの所為か走らず 明日買い直す予定
  子供達贈物と大体見当をつけて 貰う日を確かめる
昭和33年12月24日(水)
  三郎午前中年賀状の裏面に今年からゴム印を押す その後5丁目でカーテンの
  金具を買って来て 午後とりつけて下さる そして夕暮迫る頃 新宿へ
  電気自動車のトランスを買ひに行かれる 夜入浴 信子カバー洗い
昭和33年12月25日(木)晴
  和昭通信簿を頂いて帰る 5の数は同じなれど成績の上がった事を褒める
  三郎午前中年賀状の宛名書き 午後自由が丘より何処かに(?)出掛け
  午後6時過帰宅される 信子午前中洗濯 敷布 ねまき等洗い
  午後カーテン作りをする (自由が丘の君子さんへウィリーナイロン長靴下と
  パイルソックス各一足を持って行って頂く)
 
昭和33年12月26日(金)雨
  雨の中を信子一人日本橋三越へ予定の買物へ行き 午後1時過帰宅したら
  皆留守 I田望氏が来られ組合の自動車に乗せて貰って青山3丁目の
  支那そば屋さんで昼食をすませて又送って貰って帰って来たと云う
  望氏国税庁をやめて本部先生の紹介で 以前三郎が務めていた事が有る
  日本中学に就職が決まったと云う 早く決まって就職難の折柄本当に良かった
  午後3時の育児相談のどうしたら良いでせうに 私が一カ月程前投書した
  正明のオネショについての相談に回答して呉れた 満5才になっての
  は夜尿症で 夕食時水分をあたへない事 塩2瓦(小匙半分)を飲ませ
  又はタクアン等からいものを食べさせ 神経を高ぶらせない様に寝かせる
  両親は2時間毎でも起きてオシッコをさせるようにとの注意で有った
  又気の勝った子供は恥ずかしい気持ちを持たせるのも一方法と
  正明に就寝前塩を2瓦づつオブラートに包み飲ませる
昭和33年12月27日 晴
  正午15度とかで春のような暖かさ 三郎朝から出掛けて立教の吉田先生へ
  お歳暮に行く 海苔1帖190円を5帖入り缶を持って行った由で 昼食を
  御馳走になり夕方帰宅す 吉田先生も自家用車を買はれ
  奥さんが運転なさる由 子供達朝のうち床屋へ(130円)
  信子布団カバー二枚洗ひ 夕方とじつける
  昼及夕方和昭のあみ直しセーターの後身編み上げる
  和昭丸坊主になって帰り 一番の山田君の真似をして 成績も山田君の
  ようになるとの話 青い頭が可愛い
昭和33年12月28日 時々雨
  三郎午前中コタツの中で 午後2時頃より床屋へ行き 鮭缶2個 クロバー
  バター1/4ポンド チョコレート チーズ(小型8個入り)を持って帰る
  信子一日かかって和昭のセーターを編み上げる
昭和33年12月29日 晴
  三郎窓硝子を拭いて呉れる 午前中洗濯等して午後手伝う 夕方4丁目迄
  海苔を買ひに行き 序に渋谷へ前掛用キャロコを買ひに行き みかんを
  買って帰る 夕食後子供達をつれくじ引きに行く いづれも五等なり
  午後7時過K村愛子さん来られ 三郎のワイシャツ(仕立券付き)と子供達に
  アメを頂く みかん1貫600匁(300円)買ふ お餅届く
昭和33年12月30日 晴
  三郎板の間の本棚整理をする 沢山古い切手が出て来て 和昭大よろこびを
  する 夕方三郎花畑の整理 信子午前中黒豆を煮 棚を少し片付け
  ワイシャツのアイロンかけ 夕食後サロンエプロン二枚縫う
昭和33年12月31日 晴 夕方より雨
  三郎朝のうち買物へ行く 昼頃帰宅して一緒にラーメンを食べに行く 
  年越しそばのつもりなり 帰り正明にせがまれて正明に貸自転車を借りて
  乗せる 今年は煮物をほんの少々しただけで 正月用意は別にしなかったので
  午後8時頃にはみな片付けられ 入浴 洗髪 洗濯をすます事が出来た
  何年振りかで ゆっくりとラジオの紅白歌合戦を聞く 京都に行っている
  中野の母上より子供達に千円送って来る 12時頃床につく

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昭和33年11月1日(土)
  朝から外苑で自衛隊の観閲式有りて 掃除後正明にせがまれ見に行く
  三郎立教は記念祭で休み 朝から品川駅へ(イイダコ)釣りの船を申込に
  行ったがすでに2日3日とも満員の由で昼過帰宅す 然し台風24号が
  近づいているとのラジオニュースかえって良かった様だ
昭和33年11月2日(日)
  三郎11時頃より床屋へ行き1時頃帰宅す 昼食後日本橋へ食卓敷物を買ひに
  行き 地下鉄で渋谷に出て夕食を取る ニュース映画見物のつもりが
  なく帰宅
昭和33年11月3日(月) 文化の日
  一日中小雨 昼食中治郎さん迎えに来て 信子一人治郎さんと伊勢丹に行く
  嫂上 はるみさん H井佐代子さんと一緒に中村(立花)さんの男子出生祝に
  犬(スピッツ)のオモチャを千円で求め 夕食のお菜 はるみさんの靴なぞ
  求めて中野の家に戻り 後立花さん宅へ嫂上 はるみさんとお祝に行く
  若奥さん一人毅さんを抱いて出て来られる 私はそのまま高円寺より帰宅す
  三郎は子供達をつれ渋谷でターザンを見せ午後6時頃帰宅す
昭和33年11月4日(火)
  良い天気 昼頃和昭とお揃ひの毛糸を三越本店へ買ひに行く
  三郎午後2時過帰宅して早慶三回戦を見に行く 引き分けで帰る
昭和33年11月6日
  今月より初めて自治会費(20円)を納める
昭和33年11月8日(土)
  津田の数学教師松原氏と風間玲子嬢の結婚式に三郎正午より日立製作所
  目白クラブに行き 午後7時半デコレーションケーキを頂いて帰る
  帰り岩原氏と神田に行った由で真空管買って帰り古いラジオを直す
 
  33.11.8日常任委員会
   自治会会長 富田啓明士(7の9)  会計 及川浩氏(6の7)
   会計 西田政次氏(13の4)
   信号灯設置委員  自治会議長(富田) 佐藤(14号) 高玉 西塔(15号)
   水道メータ委員  1〜10の委員 12号の篠崎氏 14号の佐藤氏
 
昭和33年11月9日(日)
  昼頃より小雨 三郎教科書の間違ひ直しに朝から一生懸命となり 午後5時頃
  実教へ 今夜は帰れないと云いつつ出掛ける 昨土曜日の夜集まる筈だったが
  みんな下調をしたいとの事で一日延びる 昼頃中野の嫂よりI田和子さんの
  結婚相手に高校の理科教師はどうかと葉書来り すぐに石田さんへ
  電話した所 留守で夕方又かけ直し 写真等を持って来て頂く事にする
昭和33年11月10日(月)
  夕方より小雨 午後K村昌子さん修学旅行の土産に京都の八つ橋を持って
  来て下さり 下調をしていないからと帰られる 三郎昨夕とうとう実教へ泊まり
  午後6時疲れて帰宅す 信子和昭のネルバジャマ縫い上げ 残りで正明の
  短パンツ縫う
昭和33年11月11日(火)晴
  後片付のすんだ所へI田和子さん 履歴書と写真を持って来られる
  それですぐ私も又中野へそれを持って頼みに行ったところ
  中野へ吉野の御両親及孫の一吉さん来て居られ 昼食後帰宅す
  中野の父上 大成建設の11日会(トイチ会)に出席しての帰り
  土産物を持って来て下さり泊まられる
昭和33年11月12日(水)雨後曇
  父上午後より正明をつれ体育館へ散歩に行かれ 民踊を見られた由
  父上今夜も泊まられる
  宗谷三度 南極に向けて出発す 越冬隊員最高15人を残すべく 甲板を
  広げヘリコプターを3台 昭和号を1台を乗せて有る由
昭和33年11月13日(木)
   父上午後3時15分より第1回失業保険金を貰ひに新宿職業安定所へ
  行く為午後1時半頃帰られる 三郎3時過帰宅す 夜早々に寝る
 
昭和33年11月14日(金)
   午後0時半頃中野の父上 失業保険を受ける場所を京都へ移す手続きを
  新宿職安ですませて来られる ドーナツ 枝豆もち 一級酒2dl おからの煮つけ
  等下さる 丁度三郎も立教より帰りて共に昼食後 和昭も帰りて渋谷東映地下へ
  日本最初の彩色漫画 白蛇伝を見て後 東急文化地下にて夕食を取り
  父上は中野へ帰られる 一明日京都出発の用意の為に 中野の父上の話に
  北海道のH井さんのお母さん 佐代子さんの結納の為上京された由
昭和33年11月15日
   正明満5才で 7・5・3なれど祝わず 普通と同じに送る
昭和33年11月16日(日)晴
   三郎津田の事務の人達と貸切りバスにて さがみ湖方面に行く為
  6時半過家を出る その為信子は4時頃より眠られず 弁当作りする
  残された子供達と洗濯 掃除後 午後4時発の(こだま)号で京都へ行く父上を
  見送る為出掛ける 大丸で買物後屋上で菓子ぱんの昼食をすませ 東京駅へ
  行く 3時前に行き待つうち父上一人来られる 中野の子供達は吉野の
  オジイチャン オバアチャンと後楽園に行き 嫂上はH井さん母娘と結婚の
  相手のお宅へ 兄上は襖屋さんが来ているので留守番との事
  (こだま)号は此の秋初めて出来たビジネス特急で神戸迄6時間半で行き
  (朝は午前6時から出発する) 京都へは午後10時着の筈 子供達大よろこびで
  見送る 帰宅後風呂を焚く 三郎午後8時過 省線内へ弁当箱忘れた為
  東京駅迄取りに行って来た由 予定より遅く帰宅す
昭和33年11月17日(月)晴
   三郎会議有りて午後5時頃帰宅す
昭和33年11月18日(火)曇後雨
   昌子さん来られず
  森氏12月2日ドイツに行かれる由で 22日実教分より5000円餞別を出す
  送別会は27日(木曜)信濃町美華で行う由 (餞別は3千円となり 残金は 
  送別会費になったらしい 12/4記)
昭和33年11月20日(木)
   京都に行った父より 16日午後10時太郎さん正幸さん裕幸さんに
  迎えられて京都に着いたと手紙来る 三郎お昼頃津田より帰りて教科書の
  間違い直しに忙しい 明朝迄の為 信子和昭の半ズボン仕上げる
  和昭達学校放送研究会の為の授業が午前中有り
昭和33年11月21日(金)
   三郎立教から実教へ行く そのまま帰らず
昭和33年11月22日(土)
   三郎お昼に疲れたを連発しながら帰って来る そしてすぐ寝る 正明の
  長ズボンを信子のスカートの古で作り上げる 今年の予定は此の次ぎ
  正明の掻巻を作る予定
昭和33年11月23日(日) 晴 勤労感謝の日
   8時起床 余り上天気に急に高雄山登山を思ひ立ち 三郎9時起床して
  急ぎ朝食 信濃町駅10時半で都合よく浅川行き来たりて 浅川で11時半頃
  着き バス ケーブルで薬王院に行き 更に見晴台に出て 此処でおでんを
  食べて下山にかかる 好天気にもみじ 紅葉して美しい眺めを充分
  楽しみつつ川の流れに沿ってビワ瀧を見てケーブル口に出る 信濃町の横の
  美華で支那そばの夕食を 相撲九州場所千秋楽をテレビで見つつすませ
  5時半頃帰宅す 子供達も大きくなり 正明は少しも疲れを見せず大よろこびで
  紅葉の山を楽しんで 今日はすべての乗物の都合もよく楽しい一日だった
 
昭和33年11月24日(月)
   洗濯 掃除 白菜洗ひ 昼食 父兄会と授業参観と忙しい一日を送る
  五年生になったので此れから一カ月1度先生と父兄が親しく会合するように
  父兄より盛り上がって決められたとの事 然し今日は14人しか集まらなかった
昭和33年11月25日(火)
   大丸へ三郎のワイシャツを取りに行く 三郎奨学金の生徒を決める会議有りて
  遅くなると家を出て行く 夕方実教の人来たりてすぐ実教へ来てほしいとの事
  津田へ電話して貰ふ
昭和33年11月26日(水)
   三郎今朝3時迄実教にて仕事をして帰宅 就寝 又6時半起床
  津田に出掛け 夕方疲れて帰る
昭和33年11月27日(木)
  皇太子(25才)妃に正田美智子(24才)さん決まり 皇室会議の後
  午前11時半発表される
  午後1時より渋谷公会堂にて・・・
  三郎今夜の森氏との送別会は1週間延びたと断らず出掛け 午後8時半頃
  赤い顔して 岩原さんに出産祝にオルゴール 松阪さんの結婚祝に敷物を
  買って祝って来たと帰り来る 夕食の支度のないまま又出掛けて食べて来る
昭和33年11月28日(金)
   正明朝からぐづつき具合わるし 検温したら7度2分 夕食後8度7分
  然し割合元気 三郎お昼に帰って来る
昭和33年11月29日(土)
   正明朝6度8分 夕食後8度7分 今日は昼 夕食共よく食べる
  夕方実教の方出来上がった仮教科書を持って来られ 明日午後4時迄
  自宅で調べて後 実教へ皆集まる由
  京都に行っている母より 西下後初通信有り
昭和33年11月30日(月)昼より雨
   三郎午後4時より雨の中実教に出掛け 1日午前2時半帰宅す
  教科書の最後の仕上げらしい  正明朝・・夕方・・
  高桑先生(男先生)診察日 水 午前中  木 午後4時迄

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昭和33年10月1日(水)
  大東京が出来て60周年の大東京祭とかで和昭達休み 子供達をつれ
  清尾さん宅を訪ねる 克彦さん市ヶ谷の病院へ鼻の治療に行って
  午後1時過帰宅され 子供達大よろこびで帰るのを忘れ ようよう真黒になった
  午後6時過送って頂いてお花茶屋より戻る 7時半帰宅
  三郎夕食に出掛け留守  間もなく帰る 私達の留守中船山氏来られた由
昭和33年10月2日(木)
  午前中畑にヒヤシンス アイリス ラッパ水仙の球根を植える 午後より
  中野の母上にあげる毛織単衣を縫い初める
昭和33年10月3日(金)
  立教も試験にて三郎監督に行く 帰り伊勢丹に寄って粗品(風呂敷)を
  貰って来る 午前10時より花自動車を見に行く
昭和33年10月4日(土)
  三郎一時間目より立教へ 昼頃食事と答案を置きに帰り 再び東大へ行き
  午後6時過酔って夕食もすませ帰る 夕食の支度中中野の両親
  天理教支庁の秋の大祭の帰り寄られ泊まられる
  おさしみ うなぎ 玉子 20世紀を頂く
昭和33年10月5日(日)
  朝から一日中雨 朝のうち母上にあげる毛織単衣を仕上げをする
  昼食後三郎に留守を頼み 母上の七分コート生地を新宿に捜しに行く
  1米1,200円の生地 2米30㎝ 裏地2米50㎝求め 生地を仕立てる為
  あずかって帰る
昭和33年10月6日(月)
  三郎津田は休みで夕方昌子さんを教えた後 雨の中を実教へ行く
  午後10時頃帰宅す 夕方和子さん来られて 私の丸帯を友達の結婚祝に
  貸して下さい よければ明朝伊勢丹へ行く前 寄ってあずかるから・・・
  と仰言って帰られる  小野林さん21日横浜につくと絵葉書有り
 
昭和33年10月7日(火)
  朝和子さん寄って下さって本を持って来て下さり 丸帯を持って行く
  (21日東條会館で式とのこと) 三郎遅く津田へ行き7時半頃帰宅す
  和昭明日の遠足の用意をする
昭和33年10月8日
  良い天気となり和昭6時半学校に集合し 午後5時半頃長瀞より帰る  
  大変良い所だったらしく住んでみたいとの事 午後3時頃より外苑球場で
  立教対法政の試合を見る 0対1で法政勝つ
  正明人数の少ない外野席を遊び廻る(三郎休み)
  実教出版社より今年の教科書印税(85000)として72250送って来る
  (税12750) 三郎名義の郵貯にあずけ 後東洋レーヨンを買う為
  7万円差引おろす
昭和33年10月9日(木)
  三郎休み 採点す 夕食の支度中三郎床屋へ行くと出掛け 午後10時頃
  有楽町で映画と夕食をすませて帰り 又お腹がすいたと夕食を食べる 
  一人都合の良い時に好きな所に行けるようになり度し
昭和33年10月10日(金)
  三郎休み
昭和33年10月11日(土)
  三郎休み 昼前中野の父上有楽町の11(トイチ)日会に出席の前寄って
  先日の傘を返しに来て下さる 夕食の後片付中 森氏突然来られる
  間もなくドイツ留学生としてドイツに行かれるとの事 三郎所沢氏に電話し
  午後9時頃所沢氏来られビールを飲みつつ森氏にドイツに行く時に
  用意すべき品々を話される 森氏に教科書グループは一人5千円の
  おせんべつと一万円を期限なしに貸す事を決められる
  11月8日に津田の??氏も結婚されるし 高円寺の中村医師のお宅も近々
  出産の予定だし 中野の両親は京都へ と出費多し
  午後12時近くお二人帰られる
昭和33年10月12日(日)
  午前9時頃朝食中治郎さんおいも掘りだからと和昭迎えに来て下さる
  二人出掛けた後 正明も行き度いと泣き出し とうとう三郎に留守を頼みて
  出掛ける 大きなさつまいもを一斗樽に3.5杯程運び 後麦をまく様たがやす
  母上は狩野さんの奥さんと戸越銀座のせん座祭に午後3時より出掛ける
  入浴 夕食を頂いて午後8時過帰宅す 母上の定期貯金預かる
  中野の母上の七分コートに 表布W巾2米30㎝(W巾一米1200円)
  (袖総裏地は肩滑だけ)裏地大巾
昭和33年10月13日(月)
  三郎一日中採点 信子売る位子供達の衣類を静岡伊豆地方の水害者へ
  信濃町駅より送る 午後3時半頃昌子さん来られる
昭和33年10月14日(火)
  生あたたかい一日だった 三郎一週間振りに津田へ 信子主婦の友社へ
  母上の七分コート作り方の本を捜しに出掛けたが高いので求めず
  大丸へ出て帰る 三郎午後9時過帰宅す いろいろ会う人が有った由とか??
 昭和33年10月15日(水)
  一日中アイロンかけ 所沢氏より午後5時過電報有り 三郎すぐ実教へ電話す
昭和33年10月16日(木)
  三郎午後5時過帰宅される 信子中野の母上の毛織布の七分コートを
  教科書を見ず裁断す コートは在学中縫ったまま20年振りなり
 
昭和33年10月17日(金)
  三郎午前中立教へ 午後津田に行き午後7時近く帰宅す 七分コートのボタン
  及糸を新宿に買いに行く 和昭テストを貰って来る 級の中で11番だった由
  (算 国 理 社)
昭和33年10月18日(土)
  朝から雨 三郎立教より東大に行き午後6時前帰宅す
  信子母上の七分コートを縫いはじめる
昭和33年10月19日(日) 快晴
  三郎子供達 例の通り8時起床 朝食後正明にせがまれ三郎重い腰を
  ようよう 羽田飛行場へとつれて行って呉れる 暖かい日ざしの中を
  飛行機が飛び立つのをあかずに眺め 空港内を見物す 国内線では
  新婚旅行に行く人 それを見送る訪問着姿の人達! 流石に空港らしい
  午後3時半頃帰途路につく
昭和33年10月20日(月)
  昌子さん来られず
昭和33年10月21日(火)
  今朝六時横浜にアメリカより小野林氏帰られた筈
昭和33年10月23日(木)
  母上のコートのヘチマ衿をつけ終わって もう一息と云う所へ 中野の父上
  吉野から送って来た松茸5本と大阪ずし 豆餅 あんもち等を持って来て下さる
  午後2時頃三郎津田より帰って一息して後 実教出版社へ出掛けるに付き
  中野の父上も帰る事になり 共にタクシーに乗り 父上は四谷で降り
  省線へ乗り換えた筈 三郎午後12時少し前に帰宅す
  立教の運動会雨の為明日に延期となる
昭和33年10月24日(金)
  今日も昨日同様朝のうち少し雨が有ったが 立教の運動会有りて
  三郎実教出版社へ出掛け 午後11時過帰宅す
  中野の母上の七分コート 今日午後でようよう完成の運びとなり
  ほっとすると共に肩の荷が降りる 午前11時頃石田の義兄上来られ
  和子さん及節子さんの写真を持って来られる その時の話にK川靖子さんの
  御主人 名古屋へ転任となり 一週間中にお引越の由
昭和33年10月25日(金)
  お昼頃より雨となる 三郎実教へ行き午後8時半頃帰宅す 午後5時10分頃
  S尾克彦さん来られる ヨーカン パイナップル 缶図目1個頂く
  夜賑やかにゲームで遊ぶ
昭和33年10月26日(日)
  朝から一日中雨降り 家の中でゲームで遊ぶ 午後石田の義兄上コタツの
  やぐらを広くする所を調べに来られ すぐ帰られたが 三郎そのまま
  コタツに電気を入れる
 
昭和33年10月27日(月)
  8日振りに晴れる 小野林さんより福岡に帰郷したと便り有り 又中野の嫂より
  中村さん(立花)に男子誕生されたのでお祝に一緒に行きませう 電話下さい
  との事 24日北海道より上京されたH井佐代子さんが26日午後中野の家で
  見合されたと有り 昼頃中野へ電話したが嫂留守なり
昭和33年10月28日(火)
  又雨 然も非常に寒し 夜コタツを入れる 朝中野へ電話して今度の金曜日に
  伊勢丹で出合ひ お祝に行く事に決める 又佐代子さんの縁談
  進行中との事
昭和33年10月29日(水)
  昨日税務所より 今日午後1時迄に出頭するよう葉書有りて十時半頃出掛ける
  3人程待たされた後 和嶋なる人より2か所以上より20万円以上貰っている
  人は3月末に届を出さなければいけないのに届が出ていないから
  明日中に源泉徴収票と遅れた理由をもっともらしく書いて 歎願署を
  出すよう云われる すぐ国分寺の三郎の所へ電話して 津田より貰って来る
  様連絡す 帰り渋谷に出てお菜を求めて帰る
昭和33年10月30日(木)
  朝中野の嫂より31日の立花さん行きを30日に変えると速達有り
  急いで中野へ電話して出て来た治郎さんに断る 続いて実教へ電話して
  源泉徴収票を頼み 市ヶ谷迄出掛け貰って来る 帰り自衛隊の観閲式の
  練習を見て 昼食後和昭に留守を頼み 税務所へ行く 都合よくすらすらと
  ゆき 実教出版社の票は返して呉れて 津田と立教分の足りない税額
  9930円を支払う様に云われて帰宅す 三郎午後6時15分頃帰りて
  税を分割にして拂込むようにして来なかったと叱られる 
昭和33年10月31日(金)
  良い天気 三郎立教へ行く日なれど休みらしく 十時頃自由が丘へと
  出掛け 以後は何処に廻ったのか午後5時頃帰宅す 夕食後青年会館で
  午後6時から津田の学生の音楽会に出掛ける 自由が丘の母上は
  両眼の焦点が合わず 一間位離れると1ツのものが沢山に見へる由
 

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昭和33年9月1日(月)
  和昭登校す 三郎も又実教へ出掛け 午後4時昌子さんが来る為タクシーで
  戻り昌子さんを教えて後 午後6時過又実教へ出掛け午後12近く迄
  待てど帰らず
昭和33年9月2日(火)
  午後1時半より正明が健康診断で保健所に行く
  正明背丈体重共に上の部なれど 胸囲は中の部なり
  歯は手入れの必要有りとのこと 午後9時近く三郎帰宅す
  留守中実教出版へ電話もかけなかったと叱られる
昭和33年9月3日(水)
  三郎今朝7時半より津田の第二学期はじまる 帰宅午後5時
昭和33年9月4日(木)
  三郎津田は休みで朝食後実教へ行く 泊りがけで徹夜とのこと
  午前中アイロンかけ 昼食中中野の母上来られ なす きゅうり 小松菜等
  持って来て下さる 午後2時に新宿で人と待ち合わせ他家訪問の由
  私達は保健所に行きレントゲン写真を取る 来週月曜午前中にわかる由
  続いて青小へ行き 夏休み工作展を見学す 和昭今日より給食有り
昭和33年9月5日(金)
  三郎午後12時近く帰宅す
昭和33年9月6日(土)
  凄い残暑で33度5分の由 三郎昼食後実教へ行き 7日午前1時に帰宅す
 
昭和33年9月7日(日)
  昨日より暑い位の好天気になる 三郎疲れて11時頃朝食を取り午後1時頃より
  夕方迄寝る 午後6時頃角野氏来られ玄関で話して帰られる
  和昭六大学野球を下の子達と見に行く
昭和33年9月8日(月)
  レントゲン結果を聞きに行く 正明は31年初夏に慶応病院で撮った時にも
  影が有ると云われたが 今回も汚い影が大分有るから半年後に
  健康診断するように云われる 検便を頼み序に歯医者へ行き 上下8本の
  治療を頼む 午後昌子さん来られ教えた後 5時半頃三郎実教へ行き
  12時近く帰宅す 三郎出掛けた後に馨兄上来られ数学の本三冊渡す
  お土産に二十世紀頂く
昭和33年9月9日(火)
  三郎満44才の誕生日迎へる 朝贈物の品と御馳走の品を伺ったところ
  「10何年一緒にいて僕のほしいものがわからないのか」と奥歯に物の
  はさまった様な言葉を残して出勤される 意地のわるいお姑さんみたいな感じ
  十時頃中野の母上お野菜を持って来て下さり 七分コートの布地を
  一緒に捜して呉れないかとの頼みに一緒に新宿へ行けど 合生地ばかりで
  見つからず 夕食のお菜を求めて帰宅す ビールを抜きて手料理で
  祝ったが機嫌わるし
昭和33年9月10日(水)
  午前中保健所に検便の結果を聞く 回虫はいない由 帰り歯医者へ行く
  然し正明は一昨日の治療を思い出し 痛いから嫌と玄関より戻る
  5・6回出たり這入ったりしてようよう治療して貰う 三郎津田の帰り実教へ
  行き野球のテレビを見て来たと10時帰宅す
昭和33年9月11日(木)
  夕方より俄雨と雷有り 三郎実教へ行った処雷で停電になった由 7時半帰宅す
昭和33年9月12日(金)
  夕方俄雨と雷有り 1時間程停電す 三郎遅く実教より帰る
昭和33年9月13日(土)
  青山南町1丁目に北一マートと云う市場出来 今日 明日大売出しなり
  三郎午後11時頃実教より帰宅す
 
昭和33年9月14日(日)
  三郎今日で実教は終わると午前10時頃出掛け 午後9時頃帰る
  お昼子供達をつれ中野へ行き 落花生の残りをいったのを届ける
  母上からなす きゅうり 大根 トーモロコシを頂いて帰る
  美華で子供達に支那そばを食べさせて帰る
昭和33年9月15日(月) 老人の日
  中野の両親は兄達の招待で新宿松竹の喜劇を夕方より見物の筈
  夕方昌子さん来られる 正明歯二本つめる
  中野の父上稲葉建設をやめる 満67才1ケ月
  治江さんより今月5日退院したとの手紙来る
昭和33年9月16日(火)
  三郎会議有りて午後8時頃帰宅す
昭和33年9月17日(水)
  台風21号四国沖辺に来ている為 朝から凄い雨がとこ時降る  出水の為
  地下鉄も一時不通の由 和昭昼頃一旦下校 昼食後午後2時学校に集まり
  青年会館へ音楽を聞きに行く 夜和昭少しも勉強しないので三郎より小言有り
昭和33年9月18日
  夜明けより雨・風強く 台風21号伊豆沖より東京湾に入り 千葉市より上陸
  午前十時鹿島灘に抜けた由 8時頃より台風の眼の中に入りて
  風・雨やむ その後暫く風雨強く 午後より晴天となる
  小学校休み 三郎も休む
昭和33年9月19日(金)
  三郎午前中で帰宅す 正明の歯2本つめて ひどい虫歯の4本は治療は
  終わったが 未だほんの少しの虫歯4本の治療は又の機会をみての事にする
  昭和33年9月20日(土)
  和昭運動会の練習有りて昼食代として20円持って行く
  三郎午後5時半頃帰宅す
昭和33年9月21日(日) 晴
  青中の運動会 正明寝起きより青中の賑やかに引かれ朝食も取らず
  ゴザを青中の隣の道路に下に敷きて生徒達の用意をよろこんで見学す
  朝食後和昭と校庭に入りて幼児競走に出てドロップを貰って帰る
  三郎午前中一時間程外出す
昭和33年9月22日(月) 朝曇後雨
  昌子さん来られず 三郎4時頃帰宅す
昭和33年9月23日(火)お彼岸  曇
  掃除後子供達をつれ 三郎は採点の為留守番を頼み出掛ける
  清尾さんと克彦さんそして3時頃大崎駅で待合は墓詣りをすませた
  石田の義姉と紀子さん来られる 午後5時に私達だけ帰る
  途中正明に誕生祝に雨傘を買って帰る
昭和33年9月24日(水)
  正明満5才の誕生日 一日中雨で昨日求めた雨傘をよろこんでさして歩く
  お昼近く中野の母上 H井博也さんの法律事務所へ行く前に寄って
  きゅうりを持って来て下さる N沢博美さんに相原さんが離婚訴訟を
  起こした為 H井博也さんに相談の為午後3時頃出掛けられる
  正明の希望でお赤飯をふかし カレーライスを作り 三郎にビール一本
  つけて祝う 三郎は帰りチョコレート ジュース缶4個 ゲームを買って来る
 昭和33年9月25日(木)
  朝のうち少し曇って居たが間もなく又雨となる 朝洗濯中下を見ると
  窪田さんと丸山さんがダストシュートの下を掃除していたので降りて行く
  我家で風呂の石炭ガラを捨てるので(完全に荷造りして捨てるのだが
  下では落ちた時破れて了ふとか) 下がつまって了ふとか で 随分沢山の
  土を穴の中からサベルですくい上げて掃除する
  アパートは此んな時嫌な思いをする 三郎午後2時頃帰宅す
昭和33年9月26日(金)
  台風22号・・・・昭和24年のキテイ台風級の大きい台風とのこと・・・
  静岡県の東方より上陸との事(午後7時現在) 午後より雨、風激しい
  午前11時より午後2時近く迄一時停電し それから水道は止まり出なくなる
  台風22号は東京気象台初まって以来の豪雨をともなって江の島より上陸
  27日午前1時頃東京通過 鹿島灘へ抜けた由
  東北の風と雨の為 階段に水が凄く流れ込んで来る
  台風22号の後 お野菜が値上がりす
昭和33年9月27日(土)
  省線 東海道線その他の交通が雨の為 被害を受け止まる 三郎も
  千駄ヶ谷迄歩き新宿に出たが池袋に行く途中が止まり帰宅す
  地下室のお隣の方は少し水が這入ったが私達の方は助かる
  伊豆の大仁とかの地方は大被害を受けた由
昭和33年9月28日(日)
  素晴らしい秋晴の運動会となる 朝4時半頃起きておすし作り 午前8時
  急いで見物に行く 午後4時過迄 和昭は徒競走 機械体操 棒倒し
  騎馬戦 たま投げを見る 三郎忙しくて見に行く暇なかった由
昭和33年9月29日(月) 晴   
  三郎今日より試験との事 午前中津田に行く 午後12時半過中野の母上
  歯医者で抜歯の帰り寄られる 夕方中野へ帰られる
  中野の家は台風22号の雨で床下すれすれ浸水の由 台所はすっかり
  浸かり 26日夜は寝られなかった由
  中野へ引っ越してはじめての事で びっくりする
昭和33年9月30日(火)
  青山北一アパート自治会に入会申込をする
  銀座松屋へ粗品を貰いに行ったら 特売場で丸山さんと会ひ
  正明 克美ちゃんと売場を走り廻り 充分買物出来ず
  午後久留米の彌永氏より銘菓(甘いお菓子)送って頂く

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