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色鮮やかな楼門をくぐると、鳥居の先に唐門が見えました。 唐門に続く石段の手前には、徳川家康御手植えの「実割梅」があります。 なんとこの梅、生前家康が駿府城で自ら世話をしていたもので、 その後、駿府城からここ東照宮へ移植されたそうです。 唐門には、極彩色に彩られた彫刻や金箔が施されており、まさに芸術品です。 日光東照宮と雰囲気がよく似ている久能山東照宮ですが それは、この久能山東照宮が日光東照宮の原型になっているからです。 御社殿は、日光東照宮の社殿や陽明門にも引けをとらない豪華さです。 本殿と拝殿を石の間で接続した「権現造」という様式で、 久能山東照宮によって確立された権現造は、その後日光東照宮などでも用いられました。 ここには、祭神として徳川家康が祀られていることはもちろん知っていましたが、 なんと相殿に、豊臣秀吉と織田信長も祀られているのです! この3人が同じ場所に祀られているなんて、思いもしませんでした。 しかも廟所という家康の完全ホーム・・・信長と秀吉にはすごいアウェー感です。 もう3人とも、神様にまで昇華されているから、関係ないのでしょうか・・・。 でもある意味、”最強の神社”です。 御社殿の奥には廟門があり、さらに参道が続いています。 参道の先には、家康の遺骸が埋葬された場所に神廟(しんびょう)があります。 日光東照宮にある御宝塔と形が似ています。 この神廟は、家康の御遺命に従って、西向きに建てられているそうです。 死後もなお、西国に向けて睨みをきかせている東照大権現です。 ※このスポットの予習編はこちら。
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昔、かかが教わったのは「死ねば遺骸は久能山に治め。葬礼は芝の増上寺、位牌は三河の大樹寺に立て、一年経ったら日光へ勧請せよ。」
という言葉だったような・・
確かな記憶ではないので字があってないかも知れない。
家康ってホントに懐の深い人ですね〜〜〜(^_^;)
2011/7/22(金) 午後 7:46
かかさま★そうなんですか! そこまで指示していたとは知りませんでした。
葬儀は増上寺だったんですね。天下人の葬儀・・・どれだけのものだったのか、想像もできないですね。
2011/7/24(日) 午後 10:23
すごく豪華ですね!こんな所に祀られて幸せなんだろうなと思いましたが、信長や秀吉と一緒に祀られてどんな気分なんですかね?^^
2011/8/1(月) 午前 0:13
レタスさま★この3人が同じ場所に祀られているなんて、ホントビックリですよね!(^^;) 生前はいろいろあった3人ですから・・・(笑)。
つい見てくるのを忘れていたのですが、お守りをチェックしてくればよかったなぁ〜と思ってます。なにか3人にちなんだ面白いものがあったかも。
2011/8/2(火) 午後 9:50
え〜久能山の東照宮にも信長&秀吉!?
日光東照宮にも信長・秀吉の神輿?だったかがあったような・・・
アレ?頼朝だったかな??? なんか記憶が(笑)
でもアウェー感こそありますが天下の三人がいるのって本当すごい!
これを真似て氏康・信玄・謙信と祭る場所はないだろうか(笑)
2011/8/21(日) 午後 2:31 [ 月輪 ]
月輪さま★返コメがこんなに遅くなってしまって、ホントにごめんなさい〜!
日光東照宮にも家康以外の人が祀られているんですか?! それもビックリです。
氏康・信玄・謙信の「”三国同盟”神社」があればいいですねー! 信長・秀吉・家康に負けない、最強感があります(^^)
複数武将が祀られている場所って、探せば意外とあるかもしれないですね。
2011/9/11(日) 午後 4:05
あさひさま。お久しぶりです^^
暑いですが、元気にしてましたか?
早くミラツア行けるといいですね。
たしか信玄と謙信の位牌が同じ場所に祀られてたり、するのはあったと思いますが、数多くの武将が一同にというのは、お墓なら高野山ってありましたよね!
2011/9/11(日) 午後 7:27 [ 月輪 ]
月輪さま★本当にごぶさたしていました。元気です!(^^)
が、ミラツアは来年かな・・・ミラツアに行かない夏はさみしーです(T T)
たしかに高野山は敵味方に限らず、生きた時代も違う歴史的英雄たちが集まっている場所ですね! 日本の最強スポットかも(笑)。
次のミラツアは、京都か高野山がいいなーと思っています。
2011/9/12(月) 午後 7:17