艮斎先生研究室

安積国造神社社家の三男に生まれた安積艮斎先生に関して調べております。

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骨立無膚

信毎webに以下の記事があった。

斜面

江戸後期、草津白根山に登った儒者安積艮斎(あさかごんさい)は「骨立無膚(こつりつむふ)」と表現した。草木が生えていない湯釜と周辺の風景のことだ。作家の深田久弥は「日本百名山」でこの形容を面白いと引き〈火口壁や火口湖の妙〉に山の特色があると記した

明治以降19回噴火し近年も活動が続いていた。気象庁が監視の目を注ぎ噴火警戒の規制も湯釜を中心に設定してある。きのう黒い噴煙を上げたのは2キロ南の本白根山だ。深田も〈とっくの昔活動をやめて灌木(かんぼく)や岩石に覆われている〉とつづった山である

草津白根山を構成する三山のうち一番南側にある。有史以来、噴火の記録はない。約3千年前に大規模な噴火が発生し、約6キロ南まで溶岩流が押し寄せたとされる。標高2171メートルの頂上は有毒ガスの危険があり立ち入り禁止だったが噴火するとは気象庁も「想定外」だったろう

観測データを蓄積している湯釜に比べ、本白根山は分からないことが多い。富山大の研究者らが一昨年発表した分析によれば南北に4つの火砕丘が並び、最も新しい「鏡池北」は約1500年前にできた。従来の推定より後までマグマ噴火が起きていた

自然災害はいつも人間の意表を突く。御嶽の噴火は秋晴れの下で弁当を広げる登山者を襲った。草津白根山は活動が落ち着いてきたとして昨年6月に噴火警戒レベル1に引き下げていた。今回も犠牲者が出ている。地底のマグマが発する警鐘だろうか。これからの活動にも用心を怠れない。
                                         (1月24日)


この記事のおおもとは、毎日新聞の余録。しかし、同新聞では艮斎の名を出していない。「天保年間にこの山に登った儒者」としか書いていない。毎日新聞の前身の東京日日新聞は、安積艮斎の門人の福地源一郎のおかげで隆盛したのだが。

以下、毎日新聞。

余録(1月24日)

白根山というのは白峰または白嶺から来た名前という。これは深田久弥(ふかだ・きゅうや)の「日本百名山」の草津白根山からの受け売りである。彼はそこで天保年間にこの山に登った儒者の「骨立無膚」という描写を引用している▲全山焼けただれて、骨だけになり、皮膚の肉がない−−という火山の姿である。白根山は明治に入ってからも何度か噴火をくり返し、荒涼たる山容と白濁した青色の水をたたえた湯釜の姿をごらんになったことがある方は多いだろう▲今度の噴火はその南約2キロにある本白根山の鏡池近くで起こった。深田は本白根山も登ったが、山頂は火口の形を残しながらも低木に覆われ、はるか昔に火山活動を止めたことを示していた。噴火が予想されるような山ではなかった▲しかしその噴火はすぐ北側の草津国際スキー場を襲った。付近で訓練をしていた自衛隊員や、スキー客が乗り込んでいたロープウエーのゴンドラが噴石に直撃されたという。1人の生命を奪い、11人を負傷させた山の不意打ちだった▲誰もが思い出すのは4年前、噴火警戒レベル1だった御嶽山の突然の噴火で58人が亡くなった惨事である。今度も噴火の警戒はもっぱら「骨立無膚」の湯釜近辺に向けられ、火山活動が見られなかった鏡池はノーマークだったという▲非情な不意打ちを封じる噴火予知にはまだ非力な人間の科学である。だがここは突然の悲運に見舞われた犠牲者の無念を胸に刻み、惨事の教訓を火山防災の前進に一歩でもつなげたい災害列島の住人だ。


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