艮斎先生研究室

安積国造神社社家の三男に生まれた安積艮斎先生に関して調べております。

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艮斎、梅の詩

梅の季節。

風雪に耐えて咲く梅の花は、古来、詩人の想像力をかきたててきた。

艮斎の梅の詩の中でも、ここに「遊梅荘」と題した詩を紹介したい。
この詩を揮毫した書幅は多く伝存している。艮斎本人も気に入っていた詩なのではないかと思う。

遊梅荘(梅荘に遊ぶ)    安積艮斎

籬外相看眼忽明  籬外(りがい)相い看れば 眼忽ち明らかなり
満園香雪媚春晴  満園の香雪(こうせつ) 春晴(しゅんせい)に媚ぶ
夜来不識花無恙  夜来(やらい)識らず 花の恙無きを
枉費閑心恨雨声  枉(いたず)らに閑心を費やして雨声を恨む

押韻は下平八庚。

「梅荘」は、梅が植えてある家のこと。観梅して、詩をつくったり酒を飲んだりしたのかも。

垣根の外を見たら、目の前がたちまち明るくなった。
満園の香雪(白梅)が、春の日差しに媚びている。
昨夜、花の無事を確かめられずに、
いたずらに閑な心をついやして、雨音を恨んだものだが。 

起句 まず眼にはいってきた光を表現する。家の縁側にいて、垣根の外の梅園を観た、という位置関係が想像できる。

承句 「満園」は、園いっぱい。「香雪」は香りのある雪のことで、白い花の形容だ。「春晴」は、春の晴れた太陽光。ここで、「忽ち明らかなり」が春の日差しを浴びた白梅の光とわかる。「媚ぶ」という、梅の擬人表現も面白い。

転句 「夜来」の「来」は接尾語で意味は無い。観梅の前夜に時間が戻る。梅は美しい姿を見せてくれるだろうかと心配していたわけだ。

結句 「閑心」は、俗事から離れた閑雅な心。翌日の観梅の遊びを心配するという「閑心」を表現した。

一見すると起句と承句の叙景が詩の中心のようだが、むしろ転句と結句における「閑心」がこの詩のテーマなのではなかろうか。

心の働きを重視する陽明学の影響も、見るべきかもしれない。


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