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鉄道100年を迎え、各地でSL3重連が運転されていた時のお話しです。
昭和47年10月8日の日曜日。幼なじみ(左端の半ズボンのNくん)と初めて関西本線にSLの旅に出ました。
確か、この日にもらっていたお小遣いは300円。
この朝、早く起きて天王寺まで来てましたがどこまで乗るか決めていなかったので、Nくんと相談しました。
駅の時刻表を見るとデゴイチ伊賀号の次の停車駅は「王寺」と書いてあり、切符売り場の金額表を見ると小児運賃は50円。ここなら予算内で行ける!ということで切符を買おうと思いました。
が、「王寺」が何と読むのかわからず、Nくんもわからない。(当時、小さい改札口では自動販売機は無く窓口販売だったので)、窓口のおじさんに子供で50円の所まで2枚ください。と言ったところ、どこに行くのか言わないと売れないよ。どこまで行くの?と言われて、D51の最初に停まる駅まで。と言ったところ、あ〜「おうじ」ね。
と言って硬券切符を売ってくれました。
ホームに上がると大混雑。一両目のデッキに乗り込みましたがぎゅうぎゅう詰めの状態で発車。
大音量のSLの汽笛や煙が容赦なく入って来ました。初めてのSLの迫力に圧倒されるのも束の間、乗ること数10分で王寺に到着。 さっそくホーム先端を降りて発車シーンを撮影して何枚も撮ったのがこの1コマ。当時何でもないカットでしたが、今もういちど見直してみると、現代ではありえない光景ですよね。
たくさんの小学生がデッキに座ったり、しがみついたり・・。
今なら事故が起きれば鉄道会社の過失が問われたりするので厳重な危険防止をしていますが、当時は走行中でも、車掌さんが通りがかっても、「気をつけてね」と言う程度だったけれど、もう今ではありえない昭和の光景ですね。
ちょうど、ドラマ「飛び出せ青春」で北海道のSLが出て来たのが印象に残っているこの主題歌が流行っていた頃でした。
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デゴイチ伊賀号
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少年時代、旧型客車のデッキにつかまってこうやってよく乗ってました。 |
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昭和47年の夏から秋にかけては鉄道100年記念で、三重連などSLの記念運転が全国各地でありました。 |
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幼い頃に休日の朝、天王寺駅に行くと関西本線のSL、柘植行きの「デゴイチ伊賀号」が旧型客車7両を従えて、湊町から到着して煙を上げていました。毎週機関車が変わるので今日は何号機が牽引するのか楽しみでした。この831号機と944号機はC622号機と似たような「つばめ」マークが付いていました。その他のカマにもいろんなマークが付いていたのでワクワクしていました。 |
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鉄道100年記念の昭和47年の鉄道記念日あたりは、全国各地でSL三重連などのイベント運転が行われ、老若男女問わず、誰もがカメラを向けていたSLブームの真っ最中の11月23日(祝)友人とデゴイチに乗りに行きました。その頃は毎週末と祝日には、早朝、竜華操車場から逆D51に牽かれた旧型客車7両が湊町に回送され、湊町(現在の難波)から客扱いで 柘植まで一往復、「デゴイチ」伊賀号として運転されていました。奈良駅に着くとわずかな停車時間に、発車を撮りに全速力で駅前の三条踏切へダッシュ! |
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