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昨日は書き込みができなかったので、 |
☆駅伝全国大会への道
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Y君の日本インカレでの入賞は、 地元の新聞紙も大きく取り上げ、 東海学生連盟の中でも、話題となった。 本人も、大学生活最後の年でもあり、 「絶対 駅伝で全国大会にでるぞ!!」と、張り切っていた。 Y君の思いは、「全国大会の1区で、日本インカレの時と同じように、 全国の大学生達と競いたい」と言うことであった。 ただ「全国大会に出たい」という気持ちではなく、 「強豪チームの選手と戦いたい」という、 意識レベルの高さが、Y君を強い選手にしていった。 この日本インカレの3週間後、
愛知県で「学生駅伝の全国大会の予選」が実施された。 東海地区において長距離種目の男子で入賞したのは、 Y君だけであり、この予選会においても、 我が大学は大いに注目されていた。 |
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先頭の3人が猛烈に、トップを狙ってラストスパート。
ここでは1位と2位とでは、大きな差がある。 その先頭集団から、少し遅れて、Y君を含んだ4人の集団。 第二集団の中で、一番遅くなければ6位に入賞する。 マネージャーと大声でY君の名を叫んでいた。 最後の大障害を跳んだ。順位は6位。 ハードルは一つ!! ラストのハードルを越え、残り60m!! 「いけーY!!」と張り裂けんばかりに、叫んでいた。 そして働々6位で、ガッツポーズを見せてゴールした。 初出場、初入賞の日本インカレであった。 |
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スタート直後、今までにないスローペースで始まった。 |
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スタートして一番心配なことは、 力みすぎて、Y君が腕を抱えてしまう癖が出ることだった。 大きな試合やタイムを狙う大会になると、 よくこの癖が出た。 この癖をなくすために、大学前の坂ダッシュを、 練習後二人でよくやった。 21歳の彼と32才私とでは、体力が全く違うが、 彼が強くなるためという純粋な気持ちと 彼を高校からお預かりした責任感から、 一緒に坂を駆け上がった。 彼は500gのおもりを両手にしていた。 その効果もあり、予選ではその癖も出ず、 後は決勝で、その成果を出すだけであった。 そして、スタートのピストルが鳴り響いた。 この文章とは関係ないが、
「選手のフォームが良くないのを、 おもりや補強運動で無理に治すものではない。」 と今では確信している。 どんな悪いフォームの選手でも、 そこには個性があり、その個性から、 いかに効率のいい走りができるようになるかが、 大切であり、繰り返し繰り返し同じ動きや、 同じメニューをこなす中で、効率の良さは 身につくものである。 しかし、無知な私はY君と、おもり坂ダッシュをやっていた。 何をおいても、彼の「日本のトップを目指す 心」 が、周りの人々を動かしたのである。 |


