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娘と二人旅(最終話)
オペラ駅から地下鉄に乗る。切符の買い方が分からないので、前の人をマネる。
お父さんのも買って、自分で!、・・・・、コンコルド駅で降り、広場を見る。
そこから、2kmシャンゼリゼ通りを歩き凱旋門を目指す。マロニエの木は葉を落と
しており、ロマンチックでもなんでもない。小雨も降っているので皆、早足。
また地下鉄に乗りエッフェル塔を見物。カフェで食事を摂り、買い物のあと、三越に
戻る。荷物を受け取り空港へ。12時間後は日本だ!
今回の滞在費はお手伝いをしたので、食事を含め無料でした。旅費は、何を思った
のか娘が出してくれました。お世話になったENEE家の皆様と共に、感謝、感謝。
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娘と二人旅(その8)
帰国の日。Am7時半過ぎ、朝食を済ませEkuさんに駅まで送ってもらう。外はまだ
真っ暗。ヘッドライトつけてる。8:03分サンロ発。カーンで乗り換えパリへ向う。
空いてる席に座ろうとしたとき、3つ前の席に、上品な日本人のような女性と目が
合う、こんな所に旅行者でない、一人だけの人居ないよな。と思っていたら、30分
ほど後、トイレ?に立ったその人が”日本の方ですか?"と声をかけてくれた。
ハイ、娘と二人旅です!それは々、好い旅を! 又、日本語。
11時前パリ着。飛行機発まで8時間ほどあるので、三越に荷物を預け、マップを
持って見物へ
つづく
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娘と二人旅(その7)
ロータリーと言えば、四日市にもあつた。子供の頃なのでハッキリ覚えていないが、
市役所の前の大きな交差店がそうだった。中央に円形の緑地帯があり、そこを廻り
ながら進路を変えていく。今でも、左折のときは信号に従わず、一停だけで行けるの
はその名残り。
2月7日(日)最後の日。 お昼に30名ほどのお客。誕生祝を兼ねてとか。
お一人、25ユーロでコース料理、飲物、ワイン、シードル付きなのでお値打ち。
例のごとく、娘はデザート作り、私は洗い物。皿、ナイフ、食器類などがどんどん
返ってくる。返却は大人も、子供もお手伝い。洗浄器が間に合わない。戦争みたい。
4時ごろ、やっと一段落。キッチンにテーブルを出して、まかない食で豪華なお昼
ご飯。パーティは続いてる。明日は帰国の日なので早めにトランクをまとめ、ご主人に
挨拶。やっと、ジョークが言い合えるようになったのにお別れ。明日は早いので、
会えないかも。フランス流に握手して、再会できるとイイねと。今晩は記念に、
おばあさんのシャンブルドッドに泊る。ダブルベッドで一人、ゴロン〃。
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娘と二人旅(その6)
パン焼きはお兄さんが担当。週末しか作らないので翌朝まで続く。製粉も自家製。
焼いたパンの底に薄っすらと灰が焼却付着する。それが石釜で焼いた証拠。
お前もやってみろと言うので、長いヘラの先に生地を乗せてもらい、サッと釜の
奥に置いてくる。出来立てのパンを貰った。
2月6日(土)娘が、今日は電車に乗ってカーン(CAEN)へいくと言う。駅まで
どうするの?、車で。だれが運転するの?、お父さん。エー〜 国外免許持ってきた
けど。左ハンドル、右側走行、ギアミッション、シフトレバー右側やで・・・ 早く!
右走行、走行、右方優先々と念仏を唱え、交差点はロータリーを廻りながら進むので
やっかい。やっと駅に着く。カーンでは路面電車に乗り、ノルマンデー城、
ST.ピエール教会を見学。留守番の奥さん(我家の)におみやげを忘れずに買う。
急いで戻り、夜はお店のお手伝い。長い一日終わる。
つづく
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娘と二人旅(その5)
その後、ご主人のお母さんがやってるシャンブルドッド(引用 シャンブルとは寝室
、オット(オートhôte)とはオーナーないしホストのこと。一般家庭のゲストルーム
を宿泊に提供し、大抵は朝食が宿泊料に含まれる。)を見学。キッチンが薄黄色で
統一されており、可愛い。泊まってみたくなったので最終日に予約をしてもらう。
Pm7時30分過ぎから三々五々お客さんが集まり、カンパーイ!もなく始まる。
給仕とか食器の返却をお客も手伝いながら、金曜日なので夜遅くまで。私たち、
家族の息子さんもキッチンにテーブルを出して夕食をとる。9時ごろ奥様(Eku)の
案内でパン焼きを見学。1Kgの生地が100ヶ以上入る石釜3基に、剪定したリンゴの
小枝の束を燃やし、釜を250℃に加熱。その後オキと灰を取り出し余熱で焼き上げる。
石から遠赤外線が発せられるので、大きな生地も中はしっとり、外はこんがり仕上が
るとか。
つづく
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