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うさぎ年が始まって〜、早というか、もうというか1月も後少しになりました。
今年の始まりはとても寂しいものでした
先日、新聞の《ひととき》の覧に、〔長生きしてよかった〕と8回目のうさぎ年を迎えた方の記事が載っていました。
うちのおばあちゃんも迎えるはずでした。12月29日とら年が去るとともに旅立ちました。
その日の朝、声がかすれていたのでいつもの病院で診てもらい、私はその日が仕事納めなので娘に来てくれるようにように頼み、仕事に行きました
午後〜、「ばあちゃんが〜〜〜」の電話で急いで帰宅。息子が玄関にうずくまって泣いていた。
娘がベッドの側にいて呼吸の異変に気づき、息子と二人ですぐ病院につれていったがそのときはもう・・・瞳孔がひらいていたと・・・。
大晦日がお葬式、とても寒く雪が舞っていた。
お手伝いをしてくれた近所の方々にお礼を言ったとき
「皆、マサエさんのように逝きたいよ、家で死ねて、家から葬式出してくれて、、もうそれは望めんことや・・」
ここで生まれて95年、どうしても家から出してあげたかった。
おばあちゃんは独身でした。祖父が亡くなって女ばかりが残され、お嫁に行く機会を失ったのだと思う。
だのに恨みがましいことを言ったことはいちどとてなく、いつもいつもただただやさしく見守ってくれて
〜無償の愛〜をたっぷり注いでくれました。
それにちゃんとこたえられたかどうか・・・。
=去年の11月の中ごろ、見た夢のこと=
おばあちゃんをディサービスに送り出して〜〜〜、家には誰もいないはずなのに隣の部屋から何か音が???
障子を開けると12年前に死んだ母がいて体全体が金と銀が混じった色で発光していて
「〜〜お迎えに来たで〜〜〜」と言った。
母だから怖くないけど、今迎えにこられても困るので
「お迎えなんて、来んといて〜〜〜〜、私はまだまだしたいことがいっぱいある〜〜〜」
と言ったところで目が覚めました。
うんと言ったらどうなっていたのだろうと起きてすぐ息子に言い、娘達にも電話した。
友達にも話した。誰かに話しとかなきゃとちょっと不安もあった。
それから1ヶ月半後に、おばあちゃんは逝った・・。不思議な夢なのだけどとてもリアル。
後光が差すというより発光体になり光り輝いていた母、
おばあちゃんもそこへ行けていると思うと心やすらかです。
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やさしい女性の、ご冥福をお祈りさせていただきます。
不思議な夢ですね。
2011/1/27(木) 午前 8:20
poetryfish9さん、こんばんは
やさしいコメントをありがとうございます。
長かったような短かったようなひと月でした。
2011/2/3(木) 午後 9:50 [ asamicoasamico ]