ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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玄靴亮鹹佑箸い錣譴拭崙塔」

筑紫観世音寺の造営が成り、落慶供養の日導師となった玄靴腰輿に乗って供養していると、 にわかに黒雲が垂れさがって、彼の身を捕捉し、宙に運搬し去った。 後日、玄靴亮鵑脇猯俵淑〇の南大門に落ちていた。 よって時人はあわれんでその首を葬り、塚を造ってやった。 (松本清張「眩人」終章)  梅雨の晴れ間に、奈良在住のKさん ...すべて表示すべて表示

慈尊院境内南側に長い石段が続いていた。 慈尊院鎮守社であった丹生官省符(ニュウカンショウブ)神社である。 弘仁7年(816)弘法大師空海が慈尊院を拓いた時、守り神として丹生明神と高野明神の2神を祀ったの始ま りとされる。 元々は、紀ノ川河畔に鎮座していたが、洪水を避けて文明6年(1474)現在地に遷座た。 そ ...すべて表示すべて表示

高野山にはの、女 (オナゴ) は入れえへんがのう、この慈尊院までは上れるんやよし。そやよってに、 ここは女人高野と云うんやして。花は知ってたわの。 (有吉佐和子「紀ノ川」第一部) 有吉佐和子の「紀ノ川」は九度山の旧家の娘・花が、嫁ぐ日の朝、祖母・豊乃に連れられて訪れた慈尊院の 情景で始まる。 その慈尊院は道の駅「柿の里く ...すべて表示すべて表示



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