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防府天満宮で萩往還と別れ、旧山陽道を少し歩くと左側に漆喰が剥がれ落ちた土塀が続き、そこが周防国 分寺だった。 天平13年(741)聖武天皇の勅願により、国ごとに建てられた官寺のひとつで、創建当時の境内に今も伽藍 を残すきわめて珍しい例として知られている。 楼門 かっての門は応永14年(1417)に焼失し、文禄5年(1596)毛利輝元が再建。 明和4年(1768)毛利重就(しげたか=第7代萩藩藩主)が大改修、近くは昭和31年(1956)に解体修理。 この様に建立年代は古いとは言えないが創建当時の境内にあり、大寺院の山門にふさわしい規模と構成を供えた建築物である。 金堂 現在の金堂は毛利重就により建立。安永4年(1775)に着手、天明8年(1788)頃完成したとみられている。 本尊は薬師如来坐像、藤原時代初期の木造日光・月光菩薩立像などが安置されている。 |
山陽紀行
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