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「石の宝殿といふは、きゝふれ世に云はやすきところなれば、けふのさちありて立ちよりける。 いかさま其大なる事人力のやすくには及ぶべきも見えず。 謂れまちまちとりつたへたり。 まへに生石子(ヲヽシコ)大明神とて社ありける。・・・」 (才磨「椎の葉」) JR神戸線宝殿駅から南西へ約20分歩くと生石神社に着いた。 日本三奇の一つといわれる御神体の大岩石造物は、切妻風の宮殿が横たわる姿と言われ、本当に水の上に 浮かんだように見えた。 言い伝えによると、 出雲から大己貴神(オオムナチノミコト)、少彦名神(フクナヒコナノミコト)の2神がこの地に降り立ち、国土経営にふさわ しい石の宝殿を一夜で造ろうとしたが、阿賀神(アガノカミ)の反乱を受け鎮圧するうちに夜明けを迎えた。 宝殿を完成させることはできなっかったが、2神の霊はこの石に籠り、永遠に国土を鎮めると誓う。 悪疫が流行した時、2神が天皇の夢枕に現れ、神社が創建されたという。 それゆえ、生石神社の御神体は2神が未完生に終わった大岩の石造物で、無病息災・平癒の神として知ら れる。 神社入口 拝殿 中央が通路になっている所謂「割拝殿」である。 御神体 御神体である石造物は三方を岩壁に囲まれ、神秘的な雰囲気を漂わせていた。 御神体の石造物 大岩の石造物は切妻風の宮殿が横たわる姿と言われ、底の池の水の上に浮かんだように見えることから「浮石」とも言われる。 江戸時代から 塩釜神社の「塩釜」、霧島山の「天の逆鉾」と共に「日本三奇」の一つとされる。 御神体と拝殿 御神体の背後の崖上から眺めると御神体である石造物の大きさが理解できる。 石造物は横幅6.4m、奥行7.2m、高さ5.7m。 霊岩 石宝殿を造った時の割った岩片と言われる。 大正天皇御行碑 神社の背後には岩山となっており、登ってみると頂上にはこの碑がたっていた。 竜山石採石場 周辺は「竜山石」と呼ばれる凝灰岩の採石場が点在する。 |
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