|
JR加古川駅から徒歩約25分、明姫幹線近くに播磨の法隆寺といわれる古刹、鶴林寺があった。 鶴林寺は、この地で高麗の僧恵便の教えを受けた聖徳太子が秦河勝に命じて建立し、釈迦、文殊、普賢、 四天王を祀り、四天王寺聖霊院と称したのが始まりといわれる。 平安末期鳥羽天皇が勅願寺と定め、「鶴林寺」の勅額を賜ったので、以後刀田山鶴林寺と称することにな った。 鎌倉時代、室町時代と太子信仰の高まりと共に鶴林寺は全盛期を迎え、寺坊30数箇坊、寺領2万5千石と言 われた。 ところが、戦国時代に至り、信長、秀吉の弾圧、更に江戸時代の厳しい宗教政策により衰微した。 しかし、一方「刀田の太子さん」と呼ばれ、庶民の信仰厚く、また、「播磨の法隆寺」とも呼ばれ、多く の文化財を有している。 (アイタタ観音菩薩立像、釈迦三尊像などの仏像や書画などは宝物殿で拝観できる) 今にも雨が降りそうなどんよりした天気で、国宝「太子堂」は屋根の葺き替え工事中だった。 (したがって、一部を除き、昨年秋、冬に撮った出来の良い写真を流用することにする。) 仁王門 室町時代築、寛文12年(1772)大修理改造 県重要文化財 仁王像 本 堂 応永4年(1397)築 国宝 本尊:薬師如来、月光・日光菩薩 薬師三尊と左右の持国天、多聞天 の五体は秘仏で60年に1度の開扉。 直近の開扉は平成9年(1997)
常行堂 太子堂
平安時代(12世紀前半) 重要文化財 天永3年(1112)築 国宝 本尊:阿弥陀如来 本尊:釈迦如来、文殊・普賢菩薩、四天王 元は常行堂と対を成す天台宗最古の法華堂 三重塔 室町時代築 文政年間(1818〜1830)大修理、昭和51年(1976)放火に拠り内部焼損、昭和55年(1970)修復 県重要文化財 右奥は本堂(国宝) 応永14年(1407) 重要文化財 梵鐘(重要文化財)は約千年前の高麗時代に作られた「朝鮮鐘」 護摩堂 永禄6年(1563)築 重要文化財 本尊:不動明王 行者堂 応永13年(1406) 重要文化財 本尊:神変大菩薩(役行者) 元「日吉神社」、 明治以降「行者堂」になった。 法華一石一字塔と観音堂 「法華一石一字塔」は明和8年(1771)に建立された供養塔 「観音堂」は宝永2年(1705)築、本尊:聖観世音菩薩立像(木造) 御前立聖観音菩薩像と善光寺如来 観音堂本尊の聖観音像は秘仏であるため厨子に納められ、厨子の前に御前立聖観音像が安置されていた。 その右隣の段には、善光寺如来(阿弥陀如来を中心に、向かって左に勢至菩薩、右に観音菩薩が並ぶ)が安置してあった。 秦薬師堂と薬師三尊像 本堂の薬師如来が60年に一度しか御開帳しない秘仏であるため、江戸時代大坂の医師津田三碩が発願し、いつでも姿を拝める本堂を御分身として建立した。 薬師像は丈六の堂々たる像で平安時代説、江戸時代説など諸説あり定まっていない。 左右に月光、日光菩薩が立つ。 写真には写っていないが堂内には十二神将像も安置されていた。 鶴林寺 境内配置図 |
全体表示
[ リスト ]




お初です!こんな時間にコメントしちゃってごめんなさい(*´▽`*)
えっと初めてこのブログに書き込みさせてもらいます!σ(゚ー^*)
ちょっと緊張しちゃうんですけど…頑張って書き込みました
そんな素敵なブログを書いてる人ってどんな人なんだろう?って思って早速書き込みをしてみたんです。(o^^o)
でもこのブログ内で私の個人的なことを話しても迷惑だろうし、
色々直接お話ししたほうが速いのかなって思ったのでちゃんと載せておきました↓♪(゚▽^*)ノ⌒☆
ayundamon@i.softbank.jp
もし時間があるときで構わないので、メール頂けたらすぐに返事を出しますね。σ(^○^)
2015/1/10(土) 午後 9:37 [ azu*u*dcun*ttx* ]