ぶらりぶらり見て歩記

最初の目論見とは異なり、最近は寺社巡りが主になりました(^o^)

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箕面の滝を見た後、車で勝尾寺を訪れた。

勝尾寺は梁塵秘抄にも「聖の住所は何処何処ぞ 箕面よ勝尾よ 播磨なる書写の山・・・南は熊野の

那智とかや」と謡われる古刹である。

以前、次男坊主が遊んでくれた頃、歩いて箕面駅から箕面の滝、箕面ダムを経由して勝尾寺にいったこと

があった。 記憶は確かでは無いが、境内はその頃より随分と整備されている印象を受ける。

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山門
勝尾寺は山号を応頂山、西国33ヶ所第23番札所、法然上人第5番霊所である。
建永2年(承元元年 1207)建永の法難(承元の法難とも)で讃岐国に流された法然上人は同年12月に赦免されたが、入洛することを許されなかったため、許されるまで滞在した。

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多宝塔、二階堂、弁財天
山門を通ると、弁天池越しに、山腹に建つ多宝塔、二階堂が眺められる。
池面には時々ミストが発生させる仕掛けがあり、ミストで幻想的な光景となった。


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本堂                                           神亀4年(727)善仲、善算両上人が山中に草庵を構え、光仁天皇皇子開成が両上人を師として、天平神護元年(765)弥勒寺を創建。6代座主行巡上人が清和天皇の玉体安穏を祈って、効験を示した事により、王の勝つ寺「勝王寺」の寺名を賜う。しかし、寺側は王を控え尾として「勝尾寺」と号するようになった。

重くとも 罪にはのりの 勝尾寺 仏を頼む 身こそやすれ



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勝ダルマ奉納棚                                      名が示すとおり「勝尾寺」には勝運信仰があり、勝運を授かった「勝ダルマ」を多数奉納されていた。


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薬師堂                                         元暦元年(1184)源平の戦で焼失したが、源頼朝により再建

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